2.頸椎変性疾患
 (1)頸椎症性脊髄症・神経根症,頸椎椎間板ヘルニア

Q1
【62歳・男性 運送業】
数年前より両手の指先のしびれがあり、とくにうがい、目薬さしなど首を後にそらすと強くなります。最近は箸がうまく使えず、字もへたになってきたように思います。また、歩行中、脚の運びがぎこちなく、とくにつま先がひっかかりやすく転倒しそうになることがあります。どんな原因が考えられるでしょうか。

 頸椎症性脊髄症(けいついしょうせいせきずいしょう)が考えられます。両手の指先のしびれが首を後ろにそらす運動で誘発されるのは頸椎に原因があります。箸がうまく使えない、書字が乱れる、上着のボタンのかけはずしがうまくできない、小銭をつかみにくいなどは両手の巧緻運動障害(こうちうんどうしょうがい)と言います。また、歩行障害も加わってきており、頸部脊髄の圧迫症状と言えます。このような症状が、滑って転倒して首をひねった後、あるいは交通事故後などに急に起こり、精密検査をして頸椎症性脊髄症と診断されることが多くみられます(図1)。
 頸椎症は椎間板の退行性変性が原因で、脊髄圧迫による脊髄症(せきずいしょう) myelopathyと脊髄から枝分かれした神経の圧迫による神経根症(しんけいこんしょう) radiculopathyに分類されます。ご質問の内容は脊髄症状の典型例です。神経根症では首のうしろの痛みで発症することが多く、その後、上肢痛あるいは手指のしびれが出現し、さらに脱力に進行します。
 治療はまずは安静、頸椎カラー、鎮痛剤などの保存的治療から開始します。多くは保存的治療で症状がかなり軽快します。脊髄症では手指の巧緻運動障害、歩行障害、膀胱・直腸障害など日常生活動作に大きな支障をきたす場合、神経根症では難治性の激しい上肢の痛み、脱力あるいは筋の萎縮を呈する場合などに手術的治療が選択されます。
 この分野の手術法はめざましい発達を遂げています。脊椎インストルメントというチタン製の人工椎体やプレート、ハイドロキシアパタイトhydroxyapatiteという骨の基質からなる物質などが使用され、術後早期の離床、退院、職場復帰が可能になっています。
 ここで、頸椎症(頸部脊椎症とも言います)cervical spondylosisの治療方針に深く影響する脊髄症状と神経根症状の違いについて簡単に述べます。「手の脱力感」は一見脊髄症状と誤認されがちですが、正しくは神経根症状です。脊髄症状における運動障害は両手の巧緻運動障害と痙性歩行障害です。一方、神経根症状はデルマトームに一致した領域の上肢〜手指のしびれ、痛み、そして筋力低下が主症状です。保存的治療に奏効しない場合、日常生活あるいは仕事に大きな支障をきたす場合に手術を考慮します。
 脊髄症状が2椎間レベル以下で、前方要素が圧迫原因となり、頸椎X線撮影側面像の屈曲・正中・伸展位で不安定性がある場合などは頸椎前方除圧固定術(けいついぜんぽうじょあつこていじゅつ)(
図2,3)などの前方アプローチが選択されます。チタン製ケージ(図4,6)は現在各種形状のものが発売されています。チタンケージによる椎間固定は安全に確実な固定が可能で、1椎間の手術では術後数日での退院も可能です、従来、頸椎前方固定術で使用していた自家腸骨からの移植骨採取を必要としないことから、術後の腸骨採取部の痛みがありません。また、腸骨採取部近傍を通る外側大腿皮神経の損傷による大腿外側近位部の痛み・しびれ(Meralgia Parestheticaと言います)も術後に起こることはありません。チタンケージは手術用顕微鏡下での操作が前提であることから、使用者は脳神経外科医が大半を占め、今後益々使用症例が増加することが予想されます。術後の後療法(頸椎カラー装着など)もいたってシンプルです。但し、固定が強固なために、固定椎間の上・下椎間に過度の負荷がかかり、不安定性を生ずることがあり、最近ではチタンケージの使用は2椎間までが妥当とされています。3椎間レベル以上の狭窄があり、不安定性がなく、頸椎の彎曲alignmentが前弯を維持されている場合には頸椎椎弓形成術(けいついついきゅうけいせいじゅつ)(図1,5)が一般に選択されます。神経根症状が主体の場合は骨棘などの前方要素が圧迫要因であることから基本的には前方アプローチが選択されますが、後方アプローチによる開窓術も一法です。
 頸部脊椎症を有する方は超高齢化社会を反映して潜在的に多くいることが推測されます。また、日頃無症状でも転倒あるいは軽微な外傷を契機に四肢麻痺などを呈する「骨損傷のない頸髄損傷」に遭遇することがあり、このような例は根底に強い頸椎症が存在します。
 骨棘形成が軽度あるいは頸椎椎間板ヘルニア(
図6)(椎間板の退行性変性に陥った椎間板が後方に脱出し、脊髄あるいは神経根を圧迫するもの)の場合、医療材料費の高騰を抑えることを目的としてボックスタイプのチタンケージで頸椎前方固定する方法(図6)が最近普及してきています。ケージの中には自家頸椎骨あるいはハイドロキシアパタイトを充填します。

図1 頸椎症性脊髄症のMRI所見
頸部の矢状断面像(a, b)と横断面像(c, d)。頸椎椎弓形成術前(a, c)および術後(b, d)。第3/4頸椎から第5/6頸椎レベル間(
→←)で脊髄が強く圧迫され、偏平化しています(a, c)。手術後、脊髄の圧迫は解除されています(b, d)。d中の*はハイドロキシアパタイトという人工骨の棘突起間スペーサーです。

図2 チタン製ケージ()による第5/6頸椎および第6/7頸椎レベルの頸椎前方除圧固定術後の頸椎単純X線撮影側面像(左)および正面像(右)。

図3 第4/5頸椎および第5/6頸椎レベル(上左)で脊髄圧迫を示す頸椎症性脊髄症例に対する頸椎前方除圧固定術。
上右:椎間板ヘルニア摘出後に露出・減圧された硬膜
    (術中写真)。
中:チタン製ケージ留置後の術中写真。
下:術後の頸椎単純X線撮影側面像(下左)
   および正面像(下右)。
図5 頸椎椎弓形成術の一例
a:棘突起から一側傍脊柱筋のみを剥離し、棘突起基部で
  切断する。
b:棘突起の正中を割断し、椎弓に外側溝を作成し、棘突起
  を観音開きにします。
c:展開した棘突起間にハイドロキシアパタイト製スペー
  サーを留置します。
d:棘突起間スペーサーを留置した術中写真。
e:術後の頸椎単純X線撮影の正面像。f: 術後の頸椎CT
  矢状断面像。

図4 チタン製ケージ(人工椎間スペーサー)。
M-cage,アムテック製

図6 第5/6頸椎レベルの頸椎椎間板ヘルニアの一例。
a:頸椎MRIのT2強調像。C5/6レベルで椎間板ヘルニア(→)により脊髄が強く圧迫されている。
b:第5/6頚椎間に挿入留置されたチタン製ケージ。
c:ハイドロキシアパタイトを充填したボックスタイプのチタン製ケージ
  (Cornerstone-SRTM, Medtronic Sofamor Danek社製)。
頸椎前方除圧固定術後の頸椎単純X線撮影側面像(d)および正面像(e)。

 頸椎椎体の変形が強く、神経圧迫要素になっている場合あるいは頸椎の後彎変形が強い場合には椎体切除術(ついたいせつじょじゅつ)(vertebrectomy,corpectomy)を必要とします。従来、腸骨などの自家骨あるいはハイドロキシアパタイトを椎体切除部に移植しましたが、最近ではチタン製人工椎体(中に椎体切除で採取した自家頸椎骨を充填します)とチタン製プレートの併用による頸椎前方除圧固定術が行われます(図7,8)。米国では骨バンクからのallograftの骨移植後に、1椎間でもチタンプレートで固定することが多いようです。その理由として、後療法の簡略化、在院日数の短縮、そして術後早期の職場復帰が挙げられます。
 頸椎椎弓形成術(棘突起正中割断式、片開き式など)では、術後の後頸部痛を防止する目的で、後頸部筋を可能な限り温存する方法を採用しています
(図1,5)。棘突起スペーサーは各種形状のハイドロキシアパタイトが使用されています。欧米の専門雑誌にもこのような頸椎椎弓形成術の論文が散見されるようになり、欧米でも徐々に普及してきていると推測されます。

図7 頸椎症性脊髄症に対する頸椎前方除圧固定術。
左:第5頚椎椎体切除後に露出された硬膜。
中央:自家頸椎骨を充填したチタン製人工
    椎体留置後に、使用したチタン製
    プレート(ZEPHIRTM: Medtronic
    Sofamor Danek社製)。
右:頸椎前方除圧固定術後の頸椎CTの
   矢状断面像。

図8 頸椎症性脊髄症に対する頸椎前方除圧固定術。
上:C4、 C5椎体切除後、自家頸椎骨を充填
   したチタン製人工椎体(PyrameshTM,
   Medtronic Sofamor Danek社製)。
下左:チタン製プレート(Atlantis visionTM,
   Medtronic Sofamor Danek社製)
   の装着。
下右:術後の頸椎CTの矢状断面像。