広報誌 SOUTHERN CROSS

 


裏磐梯診療所でインタビューに答える大原宏夫先生
 日本の高齢化が急速に進行するなか、2025年(平成37年)には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に達し、日本の医療や介護サービスが危機的な状況を迎えると言われています。これが「2025年問題」と呼ばれるものです。
 これに対して、厚生労働省では、医療・介護について地域の包括的な支援・サービス提供体制の構築を推進しています。
 これは、「地域包括ケアシステム」と呼ばれるもので、その中身は2025年を目途に「重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される」ことを目指す、というものです。

「高齢者が増え、病院に長期入院するようになり、ベッドが満床状態になれば、必要な治療を受けられない人が増えてしまうかもしれません。簡単に病院を増やすことはできませんし、少子高齢化社会では、医療費、社会保障費の財源も厳しくなった。そこで、高齢で認知症や慢性疾患を抱えても、地域で暮らせる仕組みをつくることが急務とされているわけです」

 そう説明するのは脳神経外科医で在宅医療に取り組む総合南東北病院在宅医療センター所長の大原宏夫先生。
 厚生労働省の調査では、「介護を受けながら自宅で暮らしたい」と望む高齢者が7割を占めていることもあり、政府は在宅の方向に向けて医療介護サービスの整備をしていく考えだと言います。
 実現に向けては多くの課題があります。「地域包括ケアシステム」には、住まい・医療・介護・予防・生活支援という5つのサービスが含まれていますが、それらを必要に応じて届けられる提供体制が十分に整備されなければなりません。また、医療と福祉介護チームの円滑な連携も必要です。
 こうした体制がもしもしっかりと地域にあれば、適切な治療を受けた高齢者の多くが早期退院し、リハビリ施設などを経て、再び自宅に戻ることもできるでしょう。
 今年春には診療報酬も改定され、救急病床から在宅医療重視へと政策的な誘導が始まっています。私たちをとりまく医療の世界は今後どうなるっていくのか、考えてみました。






 檜原湖畔の患者さんの家を、大原宏夫先生は看護師とともに定期的に訪ねている。何かあれば総合南東北病院などに一時入院できる体制を整えながら、患者さんたちが自宅で暮らす在宅療養を支えているのだ。
 家族の方への挨拶を済ませ、大原先生はお年寄りの女性に声をかける。顔色を確認して、心拍数を測り、聴診器を胸にあてる。そこが患者さんの自宅であることを除けば、診療の風景は病院と変わらない。
 2025年問題を控えて、「地域包括ケアシステム」という聞き慣れない言葉も耳にするようになった。私たちを取り巻く医療は、今後どう変わっていくのだろうか。大原先生にお話しをうかがうことにした。

在宅医療とは

これからの医療のイメージをひとことで表すと、「ほぼ在宅、ときどき入院」という言葉で表されると思います。普段は在宅、医療が必要なら病院で治療する。地域包括ケアシステムです。地域全体をひとつの単位として、在宅医療にチームとして取り組んでいくことになります。
 2025年問題に向けた医療改革によって、患者や家族が置き去りにされるのではないかという不安の声もあるようですが、医療や介護制度が破綻しないようにするための措置ですから、地域としての体制整備が急がれます。そのなかで、在宅医療ということも大切な位置づけになってきます。
 では、在宅医療とは何か、というと、これはちょっと独特ですね。医者と患者さんの関係が、病院の医療とは違ってきます。
 医者というのは、どうしても患者さんとの上下関係ができたりしますからね。在宅はそうはいきません。患者さんのご自宅にお邪魔するという関係です。
 患者さんには患者さんの考えや気持ちがあり、家族の方の苦労がある。ですから、医者は対等の立場で対応しないと、うまくコミュニケーションがとれないんですね。そうしたことを斟酌できないと、在宅医療はやっていけない。
 総合診療科ともちょっと違っています。能力的には総合医の能力がないと駄目だということにはなりますが、患者さんや家族の気持ちを汲み取る力が求められますね。

看取りについて

 私が所属する日本在宅医学会では、「生きているときから、亡くなられるときまで、患者さんを見守る。寄り添う。」ということが言われています。これからの在宅医療では、看取りも大事になってきます。
 世の中の生活は、死と切り離せない。老人が一緒に暮らしていて、亡くなった、ということを体験しながら、日本人はこれまで生きてきたのに、今や病院死が当たり前という時代になった。
 在宅医療の看取りとは、あくまでも自然の経緯のなかで亡くなるのを見守るということです。死についての考え方も変わってくるし、今でも住み慣れた家で死を迎えたいと願う方もいらっしゃいますが、昔は皆そうだったわけですね。
 病院は医者が死を宣告します。今、心電図がとまりました、と。宣告を受けることが病院の死です。看取りとは、家族が見送って、医者が駆けつけて、死を確認する。それが在宅医の大事な仕事になります。家族が亡くなったと受け入れたときが死なんですね。ですから、平穏死が一番いい。

家族との信頼関係

 これからは高齢化のなかで、お年寄りが増える。しかし、病院はこれ以上増やせない。地域で生活しながら最後を迎えられるシステムも作ろうということになっています。ですから、在宅医療というのは、患者さん個人だけではなく、家族とつきあっていく関係が大事になります。
 たとえば、がんの末期の患者さんの場合、家でどう過ごしたらいいかということを、家族の方に理解させてあげないと駄目なわけです。
 ですから、まず家族の話をよくお聞きする。そうすると、「おとうさんがもう駄目だとは、とても信じられない」と、家族の気持ち、思いというものがだんだん出てきます。まず、それを受け止めてやらないと、話が始まりません。
 病院では、医者は治療に専念しますから、そんな話をされても十分には応じられないところがありますが、在宅医はそれを受け入れて、じゃあ、どうするか、ということを一緒に考えます。
 病院のベッドで頸に固定器具をつけて寝ていた患者さんが、家に帰ってきたら、痛くてたまらない。じゃあ、そういうものをはずすようにしたり、〝痛み〟の訴えをよく聞きながら、麻薬を使って痛みが取れるようにする。そうすると、患者さんもだんだんとなごやかになってきます。それは、生活の質を向上させるお手伝いをするということです。
 信頼関係ができてくると、家族の方も電話をかけてきたりして、打ちとけて何でも相談してくれるようになってきます。あとは家庭生活を営みながらの療養に移っていって、死を迎えるときも、「介護しているうちに、最期は苦しまずに見送りました」と話してくれたりします。そこまで寄り添うのが在宅医療です。
 病気がここまで進行して、もうやるべき治療がないと言われて家に戻られた患者さんの生活をどうするか、最期まで穏やかに看取れるようにするためにはどうしたらよいかを考えていくわけです。

地域包括ケアシステム

 今年4月から実施された診療報酬改定は、患者さんを病院から追い出すんじゃないか、という不安を持たれた方もいるかもしれませんが、病院の代わりに今度は地域が支える。地域包括ケアシステムというのは、そういう考え方です。
 介護保険が導入されて、地域で生き、生活しながら介護サービスを利用するシステムも定着してきましたが、そこに在宅医療も入り、面倒を見ていきましょう、というかたちでしょうか。
 全体の枠組みとしては、限られた医療資源を有効に使い、暮らしを支える医療のかたちを整えていこうということだと思います。
 もしも脳卒中で救急搬送されれば、緊急手術を受けて、その後はリハビリ、在宅療養、そして社会復帰へ、ということになります。
 在宅でも、リハビリや訪問看護、訪問診療がある。ヘルパーさんも行く。点滴も管理できる。
 地域包括システムとしての在宅医療は、病院とほぼ同じなんですね。地域が大きな病院で、それぞれの病室が家庭、というイメージです。
 地域包括ケアシステムで言われているこうした小地域、つまり病院、診療所の範囲というのは、概念としては中学校の学区の広さが望ましいとされています。
 しかし、それはあくまでも基準であって、地域によっても実情の違いというのはあるわけですね。都市部と過疎地域では大分違ってくるでしょう。
 また、自分と合う医師を見つけるというのもひとつの要素ですよね。それは許される範囲だと思いますが、課題として解決していかなければならないことも多いだろうと思います。

認知症との闘い


 高齢になって多いのはがんと認知症。高齢化社会は認知症との闘いでもあります。
 がんには、どんどん体をむしばみ、痛みを与えるがんもありますが、落ち着いているものもありますから、決して苦しみながら亡くなるということではありません。
 一方、認知症も、在宅医療をする上では避けることができないものとなりました。
 認知症は、脳血管性の認知症とアルツハイマー型の認知症と二つに分けられます。アミロイドβとかタウとか、最近話題になっていますが(注)、これらはアルツハイマー型です。
 脳血管障害にともなって、似たような症状の認知症になる場合もありますが、やはり多いのはアルツハイマー型です。特殊なPET検査でも早期発見が可能になってきたり、進行を遅らせる薬も出てきていますから、できれば早い時期に見つけるようにしたいですね。
 根本治療薬はまだなく、どのように在宅療養を送って頂けるか、取り組みが急がれる疾患です。









地域医療としての課題

 在宅で看取りまでいく患者さんの多くは、がんの末期の方が多いです。ですから、在宅医療は緩和ケアと一体です。
 他方、がん以外の病気や、脳卒中の後遺症の方などは、自宅で長期間寝て過ごすことになります。その結果として最期に死が訪れるわけです。ですから、そうした方へはケアが大切です。
 現在、老々介護、独居の方も増えていますから、当然地域としてのケアが必要になります。
 地域包括ケアシステムはチーム制、多職種連携で、互いに情報を共有して患者さんを見守るようなシステムになります。食べるというのは大事ですから、訪問歯科もそこに含まれてきます。
 私の患者さんには若い方もおられます。高齢者だけではありません。人工呼吸器が必要だったり、神経難病の方もいらっしゃいます。病院で治療することがなくなってしまい、自宅で経過をみるだけというような方ですね。
 地域包括ケアというのは、どんな年齢の患者さんも含まれます。重篤な患者さんもいるわけですから、これからは地域ごとの病院医療と、在宅医療とのつながりを作っていかないと駄目でしょうね。
 病診連携というこれまでのシステムは、病院と診療所をつなぐものでしたが、それが地域との関係になって来ます。ですから、うまく軌道に乗るまでは大変だろうと思います。
 病院としての役割は、より専門特化していくことになるのではないでしょうか。