広報誌 SOUTHERN CROSS

 


適切な外傷救急医療の実現と

難治性骨折―後遺障害の機能再建へ向けて



外傷センターとは、病気ではなく、外傷(ケガ)を治療するセンターで、外傷の救急医療からリハビリテーション、骨折後遺障害の機能再建までを含みます。
救急医療については、治療の遅れが死に繋がる危険性の高い重傷外傷や脊髄損傷から単純な骨折まで、すべての外傷患者さんを対象としています。
外傷は、ケガをした直後は意識もはっきりして大したケガではなさそうに見えても、1時間ぐらい経つと急にショック状態になり死亡することがあります。そのような事態を避けるにはなるべく早く適切な治療を開始しなければなりません。
また、骨折は適切な時期に適切な治療をしなければ、骨が繋がらなかったり変形して繋がったりします。
骨が曲がって繋がったり、短くなって繋がったり、繋がらなかったりしたら、運動機能に障害が残ります。
外傷センターでは、このような機能障害や死亡を最少にすることを目指して治療するとともに、このような後遺障害が起こってしまった患者さんを広く受け入れ、イリザロフ法など様々な治療法を駆使して元どおりに機能再建します。
当初は二次救急外傷(命に関わらないケガ)の治療から始めますが、なるべく早くヘリコプター搬送を用いた広域かつ24時間受入れ可能な態勢にしていく予定です。



全身にわたるすべてのケガを対象とする

外傷センターについて


Trauma & Reconstruction Center

年間90万人に迫る方が交通事故で負傷し、そのうちの約5%の方が後遺障害で苦しんでいると言われています。
命は救われても、骨がつかず治癒しない偽関節や、骨が短くなったり曲がったままで治ってしまう変形治癒骨折などの機能障害で不自由な日常生活を送る方が多いのです。
しかし、そうした骨折も、救急時の適切な治療によって機能回復する可能性は高まると言います。
チッピング法と呼ばれる独自の治療法を開発し、難治性骨折治療のエキスパートとして知られる松下隆センター長に、外傷センターの理念とこれからの取り組みについてうかがいました。


外傷センターとは
新しく開設された外傷センターとは、どのような診療科でしょうか。

外傷センターは、ケガについてはすべて診療の対象としていく予定です。難治性骨折や重傷外傷だけに限りませんし、四肢の骨折だけにも限りません。全身のケガが対象です。
整形外科で取り扱うケガは、手・足・腕・脚や背骨、骨盤にかかわるものが多いのですが、ケガには頭部、胸部、腹部のケガもあります。
総合南東北病院外傷センターでは、ケガであればそれら全部を診るわけです。

すると、外傷センターは救急医療に位置づけられるようなポジションと考えて良いのでしょうか。
救急医療では、約8割が疾病、約2割が外傷です。この外傷患者さんを治療するのが外傷センターの役目です。外傷の治療で第一に重視されるのはもちろん救命ですが、外傷の治療では救命に加えて運動機能を元どおりに戻すことも同様に重要です。通常の3次救命救急センターでは救命だけが重視され、機能回復はおろそかにされていると言わざるを得ません。外傷部門を強化することは、この機能回復に有用であることはもちろんですが、救急率を高めることにも繋がることが知られています。
日本の救急医療は、1次、2次、3次という救急医療体制で行われていますが、救急搬送があった場合、病気ではなくケガであれば1次から3次まですべて外傷センターが受け入れて、外傷の専門チームで治療します。 必要であれば頭の外傷は脳外科の先生に、胸や腹の外傷は外科の先生に手術をお願いすることもあります。これまでの診療科別の分け方ではありません。
事故で患者さんが運ばれてくれば、まず命を救う処置が必要です。しかし、同時に骨折の適切な診断と治療とを行うことが必要であり、これがなされなければ、後遺障害が残ってしまいます。1週間も経つと骨折部に骨ができはじめますので、骨折の適切な治療が行われないまま2週間も経つと、転位したまま骨同士がつきはじめます。また、骨の見えている骨折(開放骨折)では、6時間以内に適切な手術を行わなければ感染して骨髄炎になることが多いのです。
命の危険がある多発外傷では、初期治療の時には四肢の骨折は創外固定で簡単に仮固定することが多いのですが、もし骨折が関節面に及んでいたら、救命のための手術の横で、可能な限り関節の面だけはぴったり合わせて元どおりにしておく手術を行います。
高齢者では寝ていると体力がどんどん落ちてしまいますから、なるべく早く手術してどんどんリハビリテーションを行い、筋力を維持しなくてはなりません。また、時間が経って骨が繋がってみたら、関節が硬くなって手も足も棒のようになってしまったということにならないように、早い段階から関節の動きを保つためのリハビリテーションも必要です。
命を助けることと機能回復を、最大限のバランスで同時にやっていくのが、外傷専門医の務めです。

海外における外傷センター
ドイツの外傷センターは制度的に整備されているのでしょうか。
ドイツでは50キロ圏内に1カ所外傷センターを設けてヘリで搬送し、10分以内に現場での救急処置を開始し、30分以内に外傷センターでの専門医による治療を開始できる体勢が整備されています。国全体として外傷センターのシステムが整えられてきました。
ドイツでは外傷科は歴史的にひとつの独立した診療科でした。整形外科も外科も別に存在します。EU体勢になって少しシステムが変わってきたところもありますが、基本的に外傷の救急と疾病の救急とは別れており、ケガはすべて、外傷専門医が診療にあたるのがドイツのスタイルです。バックグランドは整形外科が最も数が多いですが、脳外科も胸部外科も腹部外科も外傷の治療が得意なドクターが集まって、外傷センターをつくっているんです。
本格的な外傷センターでは、ケガをしたばかりの新鮮外傷だけでなく、一度治療してこじれたもの、時間が経ってしまった難治例の治療や再建も行っているところが多いです。
当院でも、そうした外傷センターを目指しています。


今後の外傷センターについての構想をうかがえますか。
今後3~5年後を目標に、チームを20人以上の体勢に拡充し、福島県内全域から重傷外傷や難治骨折の患者を受け入れ、福島県から治らない骨折をなくしたいと考えています。
全国でも、本格的な外傷センターはまだほとんどないのですが、福島県の治療実績を上げることで、外傷センターの重要性が認知されるようにしたいと思っています。
現状の外傷センターのスタッフは8人で、前職の帝京大学から6人、埼玉医科大学総合医療センターから2人来ています。8人では毎日の救急外傷に対応できないので、週末は総合南東北病院整形外科のドクター4人にカバーしてもらっており、合計12人の体制で救急外傷に対応しています。
ただし、整形外科には病気の患者さんの治療がありますので、なるべく早く少なくとも4人増員し、ケガは外傷センターの医師が全部やるという分業体制にして行かなくてはならないと思っています。病気の定時手術を行う整形外科とケガの救急手術を行う外傷センターとは、分業したほうが双方にとってメリットが大きいと思います。ですから、これは分業であると同時に協力体制でもあるわけです。他科との連携も同様です。


再建についての取り組み
外傷センターでは、再建や機能回復にも積極的に取り組むということですが。
再建とは、一般的に言えば、外傷などで失われた部分を、患者さん自身の体の組織を使うなどして復元する治療です。
海外では外傷センターはトラウマセンターといいますが、トップレベルのレベル1トラウマセンターは、トラウマ&リコンストラクションセンターと呼ばれるところが多く、外傷の救急と再建の両方をやっています。
救急の現場では、救命の段階から、機能を元に戻すことを考えた適切な治療が重要になります。つまり、ケガや骨折を治すということは、機能回復、日常動作回復ということと同じ意味です。

治療が難しい骨折の例
重度外傷の骨折で、治療が難しくなるのはどのようなケースでしょうか。
骨折にもいろいろな種類がありますが、骨が砕けたり、皮膚から骨が飛び出したり、骨が一部なくなったり、骨の周りの皮膚や筋肉がなくなったり、そうした骨折は治療が難しくなります。
一般に複雑骨折という言葉があり、骨が粉々になった複雑な骨折、という意味で使われます。
しかし、医学用語でいう複雑骨折とは、開放骨折と呼ばれる皮膚を突き破って骨が飛び出した骨折のことです。骨が粉々になった骨折は、粉砕骨折と呼んでいます。
つまり、医学的には複雑骨折とは言わず、開放骨折か粉砕骨折を使います。開放粉砕骨折というものもあります。


[開放骨折]
骨が皮膚をつき破って表に出てきている場合を考えてみてください。体の中は無菌状態です。外界は細菌だらけ。そこに骨が顔を出したということは、骨に細菌がついてしまったということです。そのままそれを中に戻してとめたりすれば、化膿して感染性偽関節や、骨髄炎になってしまいます。それから治すのは大変です。
開放骨折を受傷して6時間くらいすると、骨髄炎になる確率が高くなります。時間的制約がありますから、素早い適切な診断と治療が必要です。
すぐに手術しなければなりません。
[粉砕骨折]
骨が二つに折れただけではなく、ばらばらになったものを粉砕骨折と言います。普通の骨折にくらべれば固定するのがやっかいです。
[関節内骨折]
関節内骨折は、関節の中が骨折しているケースです。
関節の表面はつるつるの軟骨でできていて、摩擦なくスムーズに動いています。そこが割れたら、きれいに元どおりに戻さないと段差がついてしまい、関節を動かしたときに痛かったりぐらぐらしたりしますし、軟骨が急速にすり減ったりします。お年寄りに多い変形性関節症と同じ状態にすぐになってしまいます。

高齢者の骨折
今後の20~30年間は高齢者の骨折が大きな問題になる、という指摘がありますが。
高齢者で増えている骨折に、大腿骨転子部骨折や大腿骨頚部骨折というものがあります。足の付け根のあたりの骨折です。
高齢者が寝たきりになる原因の主なものに転倒骨折が指摘されていますが、高齢の方は骨粗しょう症で骨がもろくなったり、ちょっとしたことで体のバランスも崩して転倒しやすいために、骨折を起こしやすいんですね。

いろいろな部位に骨折は起きますが、大腿骨の付け根はすぐに適切な手術をしなければ寝たきりになりやすいので治療が難しい骨折です。
2040年くらいまでに高齢者の骨折の数は現在の2倍近くになるだろうという予測もあります。3人に1人が高齢者になるという超高齢化社会では、高齢者と呼ばれる65歳以上の人口も、75歳以上の後期高齢者も、85歳以上の超高齢者も増えていきますが、これからの社会は特に85歳以上の数が増えていきます。
大腿骨頸部骨折や転子部骨折は85歳ぐらいから骨折の確率が急増しますから、人数が増える以上に骨折の数が増えることが予測されるわけです。

リハビリの重要性
QOL(生活の質)を高め、日常の機能を回復するためには、リハビリとの連携も重要とのお話しですが。
患者さんがケガや骨折をする前と同じ日常生活が送れるよう、私たちは機能回復を重視しています。
若い人なら1カ月くらい寝ていても体がおかしくなることはないですが、高齢者は1日寝てしまうと、回復するのに4、5日かかると言われます。1週間も寝てしまうと大変です。ですから、高齢者の骨折では、1日も寝たきりにせず、手術した翌日から立ってもらうようにしたいわけです。
そのためには、立って足をついたくらいで崩れるような骨の固定ではだめです。良い手術をして、立っても大丈夫なしっかりした固定をし、理学療法士の皆さんも安心してリハビリに取り組める手術をしなくてはなりません。
今の医療制度の問題ですが、急性期病院の入院は14日を標準としています。しかし、骨折の場合、杖をついて歩けるところまでリハビリをしようと思うと、14日では足りないわけですね。十分にリハビリをして杖をついて帰るようにしてあげないと、寝たきりに繋がる確率が高くなってしまいます。
リハビリは大事です。脳外科でもそうですが、渡邉理事長は理解があって、ここはリハビリが充実しています。恵まれていますね。



難治性骨折(偽関節)――イリザロフ法を発展させた独自療法

チッピング(粉砕術)とイリザロフ法


Chipping & Ilizarov Technique


変形した骨を人為的にもう一度骨折させ、骨と骨の間に隙間をつくり、創外固定器で固定しながら少しずつ引き離し、その隙間に骨を自然形成させ、最終的に骨を延ばす。
これは、体の再生能力を上手に利用するイリザロフ法と呼ばれる治療法です。
松下隆先生はこのイリザロフ法に独自に開発したチッピングという方法を組み合わせ、難治性骨折の一つである偽関節に新たな治療法をもたらしました。
イリザロフ法、そしてチッピングとはどのような治療法なのでしょうか。
重症外傷による後遺障害の機能回復の実際についてお話をうかがいました。


オリジナルの術式「チッピング法」と偽関節
難治化した変形治癒骨折や偽関節などの治療法について教えてください。
骨折の後遺障害としては、手術したけれど骨がつかなかったり、ついたけれど曲がっていたり、短くなっていたり、感染してうみが出ているようなケースがあります。外傷センターでは、そうした後遺障害も治療し再建しています。
偽関節というのは、骨折したところの骨がうまく繋がらないでぐらぐらするような状態です。本来は関節以外のところが動いてはいけないはずですが、あってはいけないところに関節のようなものができてしまう。それが偽関節です。
骨折は、どんなにいい治療をしても、骨癒合率は100%にはなりません。20例のうち1例くらいは何故か骨が繋がらないことがあるんです。ましてや難しい骨折だと、1割くらい骨がつかないケースが出てきます。それをつけるために、多くは骨移植と言って、骨盤の骨をそこに植えることで骨癒合を促進します。
ただし、残念ながらその成功率も9割なんです。またつかないのが1割出てきます。それで、また同じように手術をするのですが、やはりその成功率も9割です。骨癒合が遅れている場合を遷延治癒骨折と言いますが、どうしてもつかない場合もあって、それを偽関節と言います。
チッピング法は日本語では骨粉砕術という言い方をしています。骨移植よりも治療成績が良くて、体のほかの部位から骨をとる犠牲を払いません。
チッピング法は、20年くらい前に考案して始めました。論文にして発表したのが、2007年です。外国でも少しずつ理解されて、普及してきました。
偽関節を治したり、誰もつけることができなかった骨折を治療する、などのケースで非常に有効です。
私の偽関節に対する骨癒合のための手術回数の平均値は、1回を少し越える程度です。かなりの割合の方が1回の手術でつきます。


イリザロフ法とチッピング法について


チッピング法とは具体的にどのようなものなのでしょうか。また、イリザロフ法とどのように違っているのでしょうか。
イリザロフ法の原理を簡単に説明すると、創外固定器という器具を体の外から骨につけて、骨を切って、毎日1ミリくらいの速度で延ばしていくと、間に骨ができてきます。筋肉も神経も血管も皮膚も、ゆっくりひっぱっていると、自然に形成されて長くなるというものです。
均等に延ばせば長さを延ばすことができるのですから、不均一に延ばせば曲がるわけです。つまり、曲がっているものは真っ直ぐに戻せるということにもなります。
ひねりながら延ばせば、ねじれていた足も元に戻ります。このようにして、通常の変型矯正にはイリザロフ法が用いられてきました。

それに対してチッピング法とは、偽関節を骨移植せず治すために私が考えた、つかない骨折をつけるための方法です。イリザロフ法は骨を延ばす方法です。それが基本的な違いです。
私は両方を組み合わせて治療しています。
偽関節になって、何度も手術している人は、たいがい骨が短くなっています。ちゃんと骨がついていないから曲がって変形していることも多く見受けられます。
最初はそれをチッピング法でくっつけて、また違うところで骨を切って延ばしたりする治療をしていたのですが、チッピングをすれば骨ができて治るんだから、その際にイリザロフ法で行うのと同じようにそこで延ばせば、骨ができて、しかも変形も治療できるのではないか、と考えたわけです。
実際にチッピング法で骨ができてきたところを上手に延ばして、ひねって曲げてやる。すると、骨がくっつくだけでなく変形も治るんです。イリザロフ法とチッピング法を合わせた治療ですね。

チッピングの実際


チッピング法は、テレビなどでも「不可能を可能にする最先端医療」として取り上げられていますが(「世界一受けたい授業」)、 実際の症例をご紹介頂けますか。
チッピング、つまり粉砕術は、全身麻酔の下、癒合させたい骨の端をばらばらに粉砕していきます。その際、皮膚を少しだけ切ってそこからノミを差し込んで粉砕し、粉砕した骨が周りの軟部組織から剥がれないようにするのが大切です。
気動式粉砕器という専用の機器も開発しました。実際に治療しているところを見ると、道路工事のようだと思うかもしれませんが、この機械はつきぬけると止まる仕組みになっていて安全です。
放射線の透視装置も使って観察しながら行っています。
経験が少ないと、手作業では30分以上かかる面倒な手術です。
先日手術したのは、バイクの事故でケガをした若い女性の患者さんです。開放骨折で、最初に治療したほかの病院からの紹介です。
骨は、内側に25度くらいねじれていました。
診断はレントゲンの画像とCTスキャンの画像を計測して、どれだけ曲がっているか、ねじれているかを計算します。
チッピング法で治る確率は、現在95%を越えてはいますが、20人~30人に1人くらいはやはりつかない方も出てきます。その場合はもう一度チッピングします。
術前のレントゲン写真を見ると黒い隙間があります(資料a)。軟部組織の硬いもので埋まっていて、骨は繋がっていません。
偽関節近くのネジを3本抜いて隙間をつくり、偽関節の部分をチッピング法で細かく砕いて、骨がつくように手術しました(資料b)

通常、骨折すると折れた骨を修復しようと隙間に骨髄液などが流れ込み、仮骨が作られ、仮骨が作りかえられて徐々に正常な骨に代わります。
チッピング法でも、砕いた骨の間に骨髄液などが充満し、骨のもとになるものが流れ込んできて、骨の再生が促されます。
普通は、軟部組織をていねいに剥離して手術をしますが、チッピング法では、周囲の軟部組織をなるべく損傷しないように偽関節部も含めて上下の骨を細かく砕きます。
手術後は、通常2~3週間で退院し、そのあとは月1度くらいの通院をして、3~4か月すると骨がつくようになります。
ねじれも補正しています。



骨を延ばす治療
イリザロフ法を用いて、足を延ばす、というお話をうかがいましたが、実際にそのようなことが可能なのでしょうか。
分かりやすい例としては、低身長の方の症例があります。
1985年頃、東京大学にいたときの患者さんですが、25センチくらい脚を延ばすことができました。それが最長の記録ですが、患者さんはとても喜んでくれました。講演などで症例を紹介をすると、やはり皆さん驚かれますね。
イリザロフ法で骨が延びやすいのは圧倒的に若い人です。しかし、成長期の治療には、独特の難しさもあります。治療が終わってからもまだ骨が延びるということです。
人それぞれの成長の仕方は、なかなか予測できません。せっかく左右の脚の長さを揃えても、また差ができることもあります。ですから、お子さんの場合は大学生くらいになって骨の成長が止まってから手術しようか、ということもあります。
骨折した骨は、それが刺激になって延びる傾向にあります。
たいがい問題にならない程度ですが、ときどき、支障が出るほど長くなることもあります。2センチくらい過成長すると、歩いていても違和感が生じ、動作にも影響が出てきます。
イリザロフ法が広く知られるようになる前は長い方の脚を短く切って両足を揃えていましたが、今は誰も足を短くするのを望みませんから、短い方を長くして揃える処置をしています。


高齢者の治療
高齢の方や末期のがん患者さんの場合、QOLを保つためには、骨癒合以外の治療の選択肢もあり得るということですが。
骨折の治療は、骨をつけて元通りに治すこと、つまり骨癒合を達成することだけを意味するものではありません。
若い人なら別ですが、高齢の方や、がんになった患者さんにとって必要な機能回復は何かと考えると、なるべく早く日常機能に支障なく元気に暮らせるようにする治療です。 帝京大学のときの患者さんですが、ほかの病院で11か月寝かされていた80歳の女性がいました。骨がどうしてもつかない状態で、私のところにやってきました。
そこで、骨をつなぐのではなく、金属のプレート3枚と12本のケーブルで固定する手術をしたら、何日かで立ち、歩行器で歩いて、20日ほどで杖をついて歩くようになり、自分で歩いて退院していきました。
その方は退院してから9年間、ケーブルが切れることもなく元気に過ごし長寿をまっとうされました。骨は治らなくても、歩くという機能を回復できたわけですね。
ところで、人工の金属よりも骨が丈夫だということはご存じでしょうか。何故かと言うと、常に骨は生まれ変わっているからです。しかし、金属はそうはいきません。
若い人なら、3年から5年で骨は生まれ変わります。骨をつくる骨芽細胞と、骨を壊す破骨細胞が骨の中で働いて、骨をつくり変えているのです。
お年寄りの場合でも10年くらいで全身の骨が作りかえられます。ですから、100年の人生でも、骨は長持ちするわけです。
それに対して、どんな金属も100年は持ちません。壊れてしまいます。けれども20年しか持たない金属でも、20年持てばいい場合には有効です。さらに素材は良いものが開発されていますから、インプラント(骨折部を固定する金属製のプレートやネジなど)の耐用年数は伸びる傾向にあります。
高齢者や末期がんの患者さんなど余命が短い患者さんの治療は、若い人の治療と同じで良いわけではありません。期待できる余命が短い方の治療では、治療にかける時間と再建できる機能、その機能を活かして生きていける期間、そういうことも考えて治療することが大切です。

QOLを重視する治療法の選択肢
金属でしっかり固定すると、痛みも抑えることができるのでしょうか。
骨折をして痛いのは、折れているところが動くからです。ギブスを巻いて固定すれば、痛みが治まるのはご存じですね。。
折れたときは炎症やハレ、内出血も起きますから、そうした痛みもありまが、多くの場合、骨が動くから痛みを感じるのです。
骨の表面には骨膜という丈夫な膜があり、痛みを感じる神経が集まっています。弁慶の泣き所をぶつけると、もの凄い痛みがありますが、骨には神経はありません。骨の表面の骨膜が痛いのです。
ですから、骨に心棒を入れてねじできっちりとめてしまえば、たとえ骨はつかなくても、折れたところは動かないので痛くありません。
がんが骨に転移すると骨がもろくなってしまい、骨が折れることがあります。病的骨折と言われますが、こうした場合には、そのような治療が求められることもあります。
末期がんの患者さんの場合、半年で骨折が治る可能性は低いわけですから、どれだけ長くQOLを高く過ごせる治療ができるか、ということですね。医者が大事にすべきことは、患者さんが生きがいをもって一番楽しく暮らすためには、どう治すのが良いのか、という問いかけです。
これからも、そうしたことも考えて治療法の選択肢を提示できるようにしたいと思います。

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