ピロリ菌と 胃の病気
 一般的に「ピロリ菌」とよばれますが、これは通称で正式名はヘリコバクター・ピロリ。ヘリコは螺旋、バクターは細菌、ピロリは胃の幽門部(出口付近)であり、「胃の幽門部付近に住みつく螺旋状の細菌」という意味です。
 強酸性の厳しい環境下でも生き延びるピロリ菌とは、いったいどんな菌なのでしょう。そして、人にどんな影響を及ぼしているのでしょう。
ピロリ菌と胃炎・潰瘍
 胃の内部は強酸性の胃液に守られているので、定住できる細菌はいないという、長い間信じられてきた「常識」が覆ったのは1983年のこと。オーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルによってピロリ菌が発見されたのです。マーシャルは培養したピロリ菌を自ら飲んで胃炎にかかり、原因菌であることを身をもって実証しました。
 ピロリ菌には、免疫力の弱い乳幼児期に経口感染すると考えられます。2005年時点での世界の感染者(自覚症状のない健康保菌者を含む)の割合を見ると、開発途上国では小児でも70%以上ですが、先進国は若年層ほど低く、40代以上でも50%程度と推定されます。日本人の40代以上では80%ですが、世代が下がると10〜40%程度であるため、途上国と先進国の中間型といえるでしょう(表1参照)。これは年配の人々の乳幼児期には環境が衛生的とはいえず、感染する機会が多かったためと考えられます。
 ではどうして、ピロリ菌は胃に住み着くことができるのでしょう。
 胃液は強酸性なので、胃粘膜(上皮細胞)を保護するため厚さ1mm程度の粘液層に覆われています。ピロリ菌は粘液層にもぐりこみ、ウレアーゼという酵素を分泌します。ウレアーゼは粘液中の尿素を分解してアンモニアを生成します。アルカリ性のアンモニアが菌周囲の酸を中和するので、強酸性の環境でも生きることが可能なのです。
 ピロリ菌はアンモニアのバリアに守られ、胃粘液層でゆっくり増殖します。またアンモニアの刺激により周囲のピロリ菌が集まってくるため、粘液層内に巣が形成されます。ここで生成・分泌される種々の毒素や分解酵素の作用により粘液がはがされ、むきだしになった粘膜上皮が傷つき、胃炎や潰瘍が生じるのです。
ピロリ菌が生産・分泌する毒素や分解酵素により、粘膜層が薄くなる・なくなる、上皮細胞が傷つく・はがされる、などの影響を受ける。すると、胃粘膜に炎症が起きたり、胃酸によって繊維障害が起きるため、胃炎や胃潰瘍が発生すると考えられる(図は胃潰瘍のケース)。
ピロリ菌を除去 治療するためには
 ピロリ菌に感染しているかどうか検査するには、次のような方法があります。
(1)内視鏡で組織の一部を採取して行う方法
@迅速ウレアーゼ試験
 尿素とpH指示薬の入った試験管に組織片を入れる。ピロリ菌が存在する場合、アンモニアを生成するため色調が変化する。
A組織鏡検法
 組織片を染色し、顕微鏡で菌の有無を直接観察する。
B培養法
 組織から菌を分離培養する。
(2)内視鏡を使用しない方法
@尿素呼気テスト
 ピロリ菌が尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解する性質を利用。特殊な尿素を含む検査薬を内服し、その前後で呼気に含まれる特殊な二酸化炭素量を測定、大幅に増加すれば感染が確認される。簡便で精度が高いため広く行われている。
A血液中や尿中の抗体検査
 ピロリ菌に感染後、血液中で抗体が作られ、尿中にも排泄されることを利用した検査。迅速な判定が可能。
B便中の抗原検査
 診断や研究用に作られたピロリ菌の抗体を用い、便中の抗原と反応させる検査。
 ピロリ菌は、胃潰瘍・十二指腸漬瘍・萎縮性胃炎・胃がん・MALTリンパ腫(悪性度は低いが抗がん剤が効きにくい腫瘍)の原因になるといわれます。ただし、感染者のなかでもこれらにかかるのはごく一部。例えば胃潰瘍は3%、胃がんは0・3%程度の発症率です。しかし胃潰瘍・十二指腸潰瘍患者の80%以上がピロリ菌に感染している(表2参照)ので、除菌は再発防止になるという医学的データがでています。一方、胃がんはピロリ菌だけでなく生活習慣の複合要因によって発症するので、除菌さえすれば安心なのではありません。
ピロリ菌の検出率      表2
胃に異常はない 10%未満
胃炎 50〜70%
胃潰瘍 70〜90%
十二指腸潰瘍 80〜90%
胃がん 60〜80%
 日本ヘリコバクター学会では、除菌治療に関して疾患別にランク付けしています。
@Aランク(除菌治療が勧められる)
 胃潰瘍・十二指腸潰瘍・MALTリンパ腫
ABランク(除菌治療が望ましい)
 早期胃がんのため内視鏡的粘膜切除術を行った人・萎縮性胃炎(将来的に胃がんを発生する恐れがある)
BCランク(除菌治療が検討されている)
 FD(機能性胃腸症。病変がないのに痛みやもたれなど胃の不快な症状が続く状態。日本人の4人に1人がFDだといわれる)
 今のところ日本では、除菌治療に健康保険が適用されるのは胃潰瘍と十二指腸潰瘍です。治療には、クラリスロマイシン、アモキシシリンという2種類の抗生物質と、胃酸過多防止のためのプロトンポンプ阻害剤の3剤をセットで1週間内服します。除菌の成功率は約80%で、副作用として軟便や下痢、発疹、味覚障害などが現れることがありますが、一般に症状は軽く、一過性です。また除菌成功後の10〜20%の人に逆流性食道炎が起きることが知られています。これは、胃液がアンモニアで中和されなくなるため一時的に胃内の酸性度が上昇し、逆流した胃液が食道粘膜を傷つけることによって起きるもの。ほとんど短期間で治まりますが、食道がんの発生リスクを高める可能性を指摘する研究者もいます。
 とかく悪者扱いされがちなピロリ菌ですが、3千年前のミイラの便からも痕跡が検出されるほど、太古より人間と共生してきました。胃・十二指腸潰癌や胃がんの原因となる一方、逆流性食道炎や食道がんのリスクを下げたり、花粉症を予防したりするという有用性も完全には否定されていません。また、菌株によって毒性が強いものと弱いものがあるため、弱毒菌は除菌の必要がないのではないか、ということも議論の的になっています。今後の研究を待つ必要はありますが、除菌が必要かどうかや、また治療法に関しても、数年単位で大きく変わる可能性があります。疑問な点はどうぞお気軽に主治医にご相談ください。

ピロリ菌を減らす作用のある食品  表3
・梅干 ・梅肉エキス※1
・ココア ・ブロッコリー・スプラウト※2
・LG21などの乳酸菌
いずれも効果のほどは未知数。
あくまで菌を減らすための補助と考え、
単一食品の過剰摂取は避けましょう。
※1 梅果汁をペースト状に煮詰めたもの
※2 ブロッコリーの新芽
(除菌治療中の方は、摂取する前に主治医にご相談ください)


−すぐに役立つ暮らしの健康情報−こんにちわ 2007年3月号:メディカル・ライフ教育出版 より転載
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