土の匂いと手間を楽しむ暮らし
丁寧に生きるということ
 インタビュールーム 境野米子
 ちょっと体がだるい。疲れがたまっている。そんなとき、みなさんはどうしていますか?体調のすぐれないときこそ、生活習慣を見直してみるいい機会です。からだの正直な声に耳を澄ましてみましょう。今回は、福島県の山里の古民家を修復し、自然とともに暮らしながら、体に優しい玄米がゆや野草茶の魅力を数々の著作や講演で伝えている生活評論家・境野米子さんにご登場いただきました。
 「今年の桜はどうかしら?」撮影中、お二人のそんな会話が聞こえてきた。野の花の挿絵でも知られる米子さんは、特にしだれ桜への興味を強く持たれているようだ。地元で古くから愛されてきたいのちへの共感があるのだろう。旦那さんの境野健兒さんは福島大学行政政策学類・地域文化講座教授。健兒さんが福島大学で教鞭をとることになり、家族は福島へ移り住んだ。30年前のことである。古民家での暮らしは今年で10年目を迎えた。米子さんはここで「暮らし研究工房」を主宰し、息子さんとともに食や暮らし方を通して、自然といのちの尊さをわたしたちに伝えている。
 
 
 境野米子さんのお住まいは、阿武隈山系の山里に佇む、美しい茅葺きの古民家である。あたりには静かな田園風景が広がる。季節の移ろいや野に咲く草花のいのちと向き合い、米子さんはそこで土に根ざした暮らしを続けている。
 野菜料理、野草茶、玄米粥、自然素材の入浴剤。もちろんお酒も庭先で採れた果実や野草を使い、出来上がるまでの手間を楽しむ。
 米子さんは、もともと大学で薬学を学び、東京都立衛生研究所で公害や食品に含まれる化学物質や残留農薬の研究に携わってきた薬剤師である。薬草にも詳しければ、当然健康への意識も高い。お子さんが病気がちだったこともあり、特に食や農への関心は強かった。
 「ですから福島に来てからは、田植えも何も知らないのに、自分で有機米を育てたり、野菜を作ってみたりしました。味噌も無農薬で自分でつくりました。そのうちに、家中が味噌や漬け物や収穫したいろいろな作物に占領されてしまい、とうとう家を代えざるを得なくなってしまったんです」
 どうせ住むなら広々とした古い農家の暮らしを、と物件を探し始めたのが10年少し前のこと。地元の不動産会社の紹介で、ようやく今の古民家に出会うことができた。

 

茅葺きの古民家で暮らす

 子育てで土と関わる暮らしは、かねてからの理想でもあった。しかし、150年前に建てられた古民家はさすがに痛みも激しく、家族は二の足を踏んだ。けれども一目惚れしてしまった米子さんは、ここに住むことを強く望んだという。
 「わたしがここに住もうと頑張ったときには、首を傾げていたくせに、住み始めたら、男二人のほうがいつの間にかのめり込んでしまいました。囲炉裏の前に座り込んで楽しそうに火の見張り役をしています。車で道を走っていても薪になりそうなものを見つけると、あれは貰えるんじゃないか、なんて二人で話しているんですよ(笑)」
 茅葺き屋根は今では田舎でも珍しい。葺替えの人手や維持、管理が難しいからだ。けれども、飛騨高山の合掌造りの葺替えに多くのボランティアが駆けつけるように、気がつけばいつの間にかたくさんの人が集まり、手助けをしてくれていた。古民家の修復に取り組む東京の建築士の力も大きかったし、地元の大工の棟梁や職人さんたちも久しぶりの”大仕事”を意気に感じ、力を尽くしてくれた。「この家がひとを呼ぶ」のだと米子さんはいう。
 古民家再生、それは古くからある建物を蘇らせただけではない。そこに息づいてきた人の営みを取り戻し、人と人との関わりや絆を再生することも意味していたのだろう。米子さんの賑やかで楽しい毎日がはじまった。

いのちを支えてくれた 玄米がゆの魅力
 ところがそんな折り、米子さんは突然、体の不調に襲われる。医師の診断は膠原病。「人一倍体と健康に気を使い、自然な食を実践してきた自分がどうして?」と、米子さんはかなり落ち込んでしまったという。自分にとって楽しいことをしているときは、ストレスや体の変化には気づきにくいものらしい。体がいちどきに悲鳴をあげたようなものだ。
 治療が難しいとされる病である。それならばいっそ自分が取り組んできた食を通して闘ってみよう、と米子さんは考えた。旦那さんは反対したが、友人の医師とも相談し、独特の実践で知られる大阪の甲田医師のもとで断食と食餌療法に取り組むことを決意する。
 「素人考えでやるのは危険ですが、経験豊富な甲田医師の手厚いサポートのもとで行われた断食。はじめて出された玄米粥のおいしさにはまいってしまいました」その魅力を伝えるため、米子さんはその後、110種類ものお粥料理を考案する(『おかゆ一杯の底力』〔創森社〕 )。今でも米子さんの食事の基本は玄米粥であり、体調がすぐれないときの”心強い味方”だという。
 さて、病の経験から、米子さんは毎日の暮らしぶりも意識的に変えた。夜更かしが多かった暮らしは完全な朝方に。今では夜明け前、家族が起きてくるまでの時間を執筆にあてている。「そのかわり夜は早くて、家族が帰宅する頃には寝てしまっているんですよ」と米子さんは笑う。病も快癒し、今では普段の生活にまったく支障はない。
 スローライフやスローフードという言葉を、最近よく耳にするようになった。有機農法や自然食品、田舎暮らしや古民家再生も関心を集めている。けれどもそれらは10年、20年と米子さんが取り組んできたことである。時代が米子さんの後を追いかけているようなものだ。
 米子さんはいう。「だけど、自然志向の玄米粥も野草茶も、健康にいいからといって、無理に押しつけるのはあまり感心しません」
 その自然体が、多くのひとの共感を呼ぶ。

野や山の恵みとともに
 築150年の茅葺きの古民家で使う水は昔と同じ井戸水を利用している。米子さんはさらに木炭浄化槽を設置し、家庭の雑排水の浄化にも取り組む。古くから伝わる暮らし方を愛し、環境や自然への思いやりもかかさない。
 「これからは収穫の時期。野草や薬草は花の咲く短い時期に収穫を済ませなければなりません。そのあとの陰干しもありますし、山菜採りも。これからは毎日が忙しくなります」
 そう語る米子さんだが、苦にする様子は少しもない。「昔のひとは皆がやっていたことですから」
 新鮮な旬の味わいとして、あるいは保存がきく常備菜として、たくさんの自然の恵みが食卓を彩る。手をかけて甘露煮にしたイチジクや酢漬けにしたふきのとう。優しい味わいの玄米粥には滋味深い野草茶が添えられる。
 特別なことではないのかもしれない。野や山の恵みに感謝し手間ひまを楽しむ気持ちが、少しだけあればいい。現代に生きるわたしたちが忘れてしまった暮らし方を教えられた気がする。 
 
「手づくりの暮らし」への提案
写真左/玄米がゆと常備菜の付け合せ。フキノトウ味噌、フキノトウ甘酢漬け、フキ甘酢漬け、
      ツクシ甘酢漬け、カタクリの花甘酢漬け、フキと夏みかんの皮の砂糖漬け、イチジク
      甘煮、ウメの甘煮、煮豆、おから煮。見た目にも美しく、食欲をそそる。これらの食材
      が“野山の季節の恵み”であり、“ただ”で収穫できるというのは驚きだ。
写真中/肌にやさしいバラの花やビワの葉などの手作り化粧品。野草やハーブのありったけの
      いのちのエキスがつまっている。
写真右/野草や蜜柑の皮を乾燥させてつくった入浴剤。乾燥食材のあまりものも、まんべん
      なく利用する。 


体の疲れを癒し、老廃物を出すおかゆ
黒米の玄米がゆ
「材料」
・玄米半カップ(100グラム)   ・黒米大匙1
・水2カップ   ・塩少々
・クコ大匙1   ・ハスの実6個
・桜の花の塩漬け適宜
「作り方」
@玄米は電動ミルまたは、ミキサー(またはゴマすり器)などで15〜20秒ミキシングして砕く。
 (ミキサーを使うときは1カップの水を入れてミキシングし、加熱するときには1カップの水を
 加える)
A鍋に粉にした玄米と黒米、水、クコ、ハスの実、塩を入れ、中火でかき回しながら加熱する。
 沸騰してきたらフタをして吹きこぼれないように弱火で10分炊く。
B桜の花の塩漬けはさっと水につけて塩を落とし、かゆの上に乗せる。




境野米子
(さかいの・こめこ)
生活評論家・薬剤師。
東京都立衛生研究所で食品添加物や残留農薬などについて研究。健康、野菜料理、化粧品の選び方などについて月刊誌に連載し、講演でも全国を駆け巡る。


〔主な著書〕

「化学物質に頼らない 自然暮らしの知恵袋」「アトピーっ子の満足レシピ」(家の光協会)、「素肌にやさしい手づくり化粧品」「玄米食完全マニュアル」「病と闘う食事」「おかゆ一杯の底力」(創森社)、「安心できる化粧品選び」(岩波書店)他多数
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