2008年2月 総合南東北病院 広報誌「サザンクロス」
がん治療の未来へ向けて
陽子線治療とその可能性
 

不破信和先生 [南東北がん陽子線治療センター長]に聞く

陽子線による前立腺がんの治療予約が、いよいよ7月から始まるという。切らずに、外来で、仕事をしながら治療できる究極のがん治療≠ェようやく始まることになるのだ。この「南東北がん陽子線治療センター」は、陽子線治療を軸に、抗がん剤治療などの成果も組み入れ、がん撲滅≠フ医療を進めていくという。言わば民間初のがんセンター≠ナある。そのセンター長に就任された不破信和先生に、センターが目指すがん治療の未来について、お話を伺うことができた。
 
不破信和 先生 ひとりでも多くの方に、陽子線治療の効果を理解してほしいと考えています。

一般財団法人 脳神経疾患研究所 附属
南東北がん陽子線治療センター センター長
不破信和先生 [Dr. Nobukazu Fuwa]

南東北がん陽子線治療センター
URL http://www.southerntohoku-proton.com/
「民間初のがんセンターを目指して」
 私は23年間、愛知県がんセンターで診療にあたってきました。日本初の公立のがんの専門病院で、中部地方全体のがん医療を臨床面でフォローしています。私はそこで、がんの放射線治療を軸に、抗がん剤治療を合わせて、研究と臨床にあたってきました。ですから、そうしたがん治療の可能性を探るなかで、陽子線に出合ったわけです。陽子線はたぶん外科と考え方が似ています。腫瘍だけを狙う。外科は切りとってしまうわけですが、陽子線は壊死させるわけですね。副作用がないのは陽子線の特長です。患者さんにとっては、切らない分、楽ですよ。  
 陽子線を比喩的に言えば、一流の外科医が執刀する切れ味の鋭いメスのようなものです。通常の放射線治療装置であるライナックとはものが違うんです。一度これを経験してしまうと通常のライナックには戻れない。もちろん、一般の放射線治療は対象例としての積み上げは圧倒的に多いわけで、そういう意味でも重要な治療なんだけど、一度この切れ味を見てしまうと、ムダが多過ぎて通常のライナックには戻れない。放射線治療の専門家はだいたいそんな感想を持つようですね。

この、究極の放射線治療とも言える陽子線装置を民間で初めて導入するのが、南東北がん陽子線治療センターです。今年10月のオープンに向けて、周到な準備が進んでいますが、将来的には陽子線治療センターが核になって、民間初のがん専門病院としての役割を担っていきたい。文字通り民間初のがんセンターを目指したいと考えています。  
 だから、陽子線だけでなく、抗がん剤などの治療にも取り組んでいくことになります。そのためには、ほかの病院にも理解をいただき、がんに立ち向かうような連携、共闘を深めていきたい。それは非常に重要ですよね。たとえば、近くの病院で抗がん剤治療を受けて、ここで陽子線治療を受けて、また戻っていただく。そんなかたちで、近隣の施設ともタイアップしてやっていくようになると思います。
 
 
 
がん陽子線治療センター
 南東北がん陽子線治療センターの陽子線装置は、静岡県のがんセンターに入っているものをベースに設計されたものです。先進医療機器として国の認可を得ており、医療用に特化された装置として、今後世界にも普及していくことでしょう。加えて、ここには陽子線照射後の範囲が確認できるPET-CT装置があります。このことはセンターの大きな特色と言えます。  
 陽子線を照射する治療用の部屋は3つあって、いろいろな方向から照射できる特殊な部屋が2つと、水平ポートという固定式の部屋が一つあります。  
 静岡がんセンターと違うのは、静岡の装置の固定ポートは座位でしか照射できないもので、そうすると、目だけにしか照射できないのですが、ここはフラットな寝台型で、寝ている姿勢で照射できる。そのメリットは、前立腺がんをターゲットとして利用できることです。陽子線治療が成果を上げているがんを見てみますと、アメリカの有名なロマリンダという施設では、6割が前立腺がん。静岡がんセンターや兵庫県立粒子線医療センターでも4割を占めています。ですから、固定ポートで前立腺がんを対象にできるというメリットは大きいんですね。

ところで、一般財団法人脳神経疾患研究所附属総合南東北病院を中心とした南東北病院グループの特色なのですが、ここには大きな眼科クリニックがある。そして脳外科の専門の医者が10人近くも揃っている。ですから、目の腫瘍や脳腫瘍も対象として治療をしていくことができると思います。  
 目の腫瘍は日本では放医研くらいしかやっていない。千葉県にある国立の放射線医療研究所です。静岡のがんセンターでも兵庫の粒子線センターでも、陽子線治療が必要な患者さんは放医研に送っています。たとえば、特殊なメラノーマという悪性黒色腫などですが、そういう患者さんも、ここでは治療できるようになると思います。
  
南東北がん陽子治療センター

http://www.southerntohoku-proton.com
南東北がん陽子治療センター
 
 
 
陽子線治療のメリット副作用を抑えた治療の実現
 陽子線治療のメリットについて、お話しておきたいと思います。  陽子線は従来のライナックに比べて、明らかに線量分布、つまりがんへの放射線の集中性が高いんです。ですから、放射線治療の副作用というものを抑えたがん治療が可能になります。  
 最近は食道がんに対して、放射線と抗がん剤を合わせることで、手術とほぼ同等の成績が得られています。ところが、がんは治るんだけれど、食道というのは心臓のすぐ横にありますから、あとで心臓のダメージ、つまり副作用で亡くなられる方も出てくる。けれども陽子線を用いることで、そういう方はかなり減ることになると思います。  
 食道がんは、手術の場合でも実は死亡率が2〜3%あるんですね。手術をしてから1カ月くらいの死亡率なのですが、それ以後のことも含めて考えると、もっと数字は大きくなる。それだけリスクの高い手術だということですが、それが陽子線だとかなり少なくなると思います。  
 陽子線治療は、子どもへの使用にも有効です。アメリカの文献でも、そうした報告がなされていて、10年後、20年後のがんの発症率が、陽子線は少ないだろうと期待されています。もっとも、通常の放射線治療でも、がんの発症の割合は0.5%以下と小さいのですが、それでも陽子線だとかなり減ることになるでしょう。  
 陽子線は肝臓がんにも大きな効果があります。肝臓がんは3センチ以内のがんですと、特殊な針を入れて、そこからラジオ波を出して燃やすという治療法があるんですが、残念ながら3センチくらいまでの腫瘍にしか有効ではない。ところが陽子線というのは、かなり大きながんに対しても有効なんですね。陽子線治療に関して世界で最も経験のある筑波大学では、そうした実績が積み重ねられています。

それと、これは世界的にもまだ行なわれていないんですが、進行肺がんへの陽子線治療も考えています。肺がんは、男性で1番、女性でも2番目の死亡率です。ところが、見つかる段階が3期といって、手術できない肺がんが大部分なんですね。そういう方に対しても、多分陽子線治療はかなりインパクトのある治療ができるだろうと考えています。  
 肺も通常の放射線に対して非常に敏感で、愛知県がんセンターでもかなり肺がんの治療を行なってきましたが、そのデータで言うと、5%の方が放射線による副作用で亡くなられる。陽子線はそういうリスクをかなり減らしてくれることになるでしょう。副作用を減らして、がんの制御率が上がるということなんですね。  
 愛知県がんセンターにいたとき、T期肺がんという早期の肺がんで、肺や心臓の機能が悪いという患者さんの場合、僕は筑波大学を紹介して陽子線治療を受けていただいていたんですが、皆さん良くなって帰ってこられるんです。なかには、酸素吸入をしていた方が、帰ってくるときはそれがいらない状態になっている方もいて、陽子線治療の実力を思い知らされました。体に負担が少なくて、がんを治せる機械だな、という実感です。自分がそういう患者さんを見るにつけ、陽子線をやりたいという気持ちも大きくなっていったんですね。
 
不破信和 先生
陽子線を軸にした新しい治療法の展開
 僕は愛知県がんセンターで放射線だけをやってきたわけではなくて、抗がん剤治療も合わせて取り組んできました。ですから、ここのセンターでは陽子線、放射線と抗がん剤を組み合わせた治療、それを考えています。

手術できるのは、比較的元気のある人なんですよ。陽子線は手術のできないような人でも適用になるし、今は照射治療に1カ月くらいかかるんだけど、将来的には4回の照射で終わる可能性もあるんです。さきほど、放射線と抗がん剤を組み合わせた治療で、手術と変わらない成績が出ているという話をしましたが、陽子線治療を軸にすることで、ひょっとすると手術を上回る成績が出る可能性があります。  
 たとえば、頭頸部がんのなかの舌がんですと、放射線治療と抗がん剤治療を合わせることで、手術と変わらない成績が出ています。ただ、どうしても放射線が顎の骨などに当たってしまう問題もあるんですが、陽子線だと、それが解決できるわけです。陽子線治療を軸にした、これまでのがん治療の新しい展開が可能になるんですね。  
 陽子線治療の適用範囲として、私が現在考えているのは、食道がん、前立腺がん、進行期のものを含めた肺がん、頭頸部がん、上顎がん、副鼻腔のあたりのがん。それと脳と目の治療。それから目と目の間のというんですけれども、脳に近くて手術もできないようなものですね。手術をすると顔の半分がなくなってしまいかねない。兵庫においては非常に多い症例なんですが、陽子線で非常によく治るということで、そういう方にとっては、なくてはならない治療装置ということになります。  
 さらに、リンパ巣と原発巣が一体になっているようながん。固まってあるもので、しかも手術もできないものは適用していきたいと考えています。  
 それと、兵庫県がんセンターでは転移の人にも最近では陽子線治療をしています。放射線治療も受けて、もう何もできないという人もやっている。だから、再発の人も含めて、適用は広い。陽子線の真価が発揮されるのはこれからだと思います。ですから、研究も含めて、より効果的ながん治療を進めていきたいと考えています。
 
 
陽子線治療とその適用範囲について
 陽子線治療の適用範囲として、私が現在考えているのは、食道がん、前立腺がん、進行期のものを含めた肺がん、頭頸部がん、上顎がん、副鼻腔のあたりのがん。それと脳と目の治療。それから目と目の間のというんですけれども、脳に近くて手術もできないようなものですね。手術をすると顔の半分がなくなってしまいかねない。兵庫においては非常に多い症例なんですが、陽子線で非常によく治るということで、そういう方にとっては、なくてはならない治療装置ということになります。  
 さらに、リンパ巣と原発巣が一体になっているようながん。固まってあるもので、しかも手術もできないものは適用していきたいと考えています。  
 それと、兵庫県がんセンターでは転移の人にも最近では陽子線治療をしています。放射線治療も受けて、もう何もできないという人もやっている。だから、再発の人も含めて、適用は広い。陽子線の真価が発揮されるのはこれからだと思います。ですから、研究も含めて、より効果的ながん治療を進めていきたいと考えています。
 
 
[ 陽子線(粒子線)治療とこれまでの放射線治療(エックス線・ガンマ線)を比べてみると? ]
 
 
陽子線治療の実際と経済的側面について
 南東北がん陽子線治療センターは、入院のベットも備えていますが、数に限りがあるので、入院の方は本院のベッドも利用していただくことになります。近くのホテルに宿泊をして治療を受けるということも考えられるでしょう。基本は外来での治療ですから、通える方なら、午前中に治療を受けて、午後から仕事をすることもできる。それが現実の治療風景になると思うんです。  
 治療は1日30分で終わってしまいますから、それだけ時間に余裕ができます。あとは映画やゴルフなどで遊んでいられます。実際に兵庫のセンターは隣にゴルフ場があって、朝のうちに治療を受けて、午後はゴルフをしている人もいます。

費用的には先進医療です。一般の保険診療と先端の新しい医療の隙間を埋めようとする制度で、以前は高度先進医療といわれていたものですが、その認定を受けた陽子線の機械が導入されています。治療費は日本国内だと大体300万円前後という水準です。高額だと思われがちですが、これがアメリカだと800万円位かかる。高い、安いというのはなかなか難しい問題ですね。抗がん剤治療などでも、全体として見ると陽子線治療よりもかかってしまうというケースも一方にはありますし。  
 今は民間の保険契約で先進医療対応の保険も広まっていて、これに入ると500万円位出るものもあるようです。ですから、今の状況ではそうした民間保険に入ることが一番です。

ただ、これからの僕らの役割というのは、治療成績をきちんと出して、従来のものよりも効果が高いという実績を示して、マスコミも含めてですが、患者さん団体と一緒に国に働きかけて、保険収載の方向を模索していきたい。そうすることによって本当に経済的に苦しい方にも、恩恵があるようにしていきたいと思いますね。  
 これからの日本では3人に1人はがんで亡くなる。男性は2人に1人ががんにかかり、女性も3人に1人ががんになる。できるだけ保険には入っておきたい。私も入っていますよ(笑)。今のうちなら月数百円の差で先進医療対応になると思いますから。


「僕がもしもがんになったら? もちろん陽子線治療を受けますよ。」 (笑)
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