物語りに描かれた食
江戸のロハスに触れて

おいしい食卓

江戸の粋をかき込んでみる
 何時頃から流行し始めたのだろうか。今では「深川飯」を供する店も珍しくはない。江戸深川の名物として手の込んだ炊き込み風のものもあるが、今回は最も原型に近いと思われる形で食してみたい。  
 江戸町人の食卓は、どうやらスローフードそのものである。深川に多く住んでいた漁師や職人たちが、生き馬の目を抜く忙しい最中、旺盛な食欲でかき込んだこの料理を再現し、浅蜊と葱の滋味溢れる旨さを満喫してみよう。江戸の活気に満ちた長屋の暮らしぶりが蘇ってくるかもしれない。


 池波正太郎著『剣客商売』から『待ち伏せ』の一節。深川の裏長屋で夕餉(ゆうげ)の振舞い支度を始めた又六(鰻売り)のおっかさん、おみねは、断るいとまも与えずに、たちまち大治郎へ膳を出す。
 
 いまが旬の浅蜊の剥身と葱の五分切を、薄味の出汁もたっぷりと煮て、これを土鍋ごと持ち出して来たおみねは、汁もろとも炊きたての飯へかけて、大治郎へ出した。  深川の人びとは、これを「ぶっかけ」などとよぶ。  それに大根の浅漬のみの食膳であったが、大治郎は舌を鳴らさんばかりに四杯も食べてしまった。  
剣客商売『待ち伏せ』より
 
 早い話が、隅田川河口で採れる浅蜊の味噌汁をかけただけの飯である。簡素だが、その旨さと食べやすさで、大治郎は四杯も平らげてしまう。  
 大治郎とは、物語りの老主人公、無外流の達人、秋山小兵衛の息子。若き剣客である。辻で鰻を売る又六は、大治郎の剣の腕を見て、「十日で強くしてくれ」と道場に弟子入りした。「悪い奴に馬鹿にされたくない」というのがその理由だった(『悪い虫』)。  
 大治郎のように四杯もかっ込んでは胃がもたれて後から大変だが、天然の浅蜊の旬はおおむね春と秋。この季節、一度は試しておいて損はない。
 
 
浅蜊と葱のぶっかけ
池波正太郎著『剣客商売』から「深川飯」を喰らう
材料(2人分)
400cc程度
白葱 1本(2cm程度のぶつ切りにする)
味噌 大さじ3〜5
浅蜊のむき身 1パック程度
ご飯 2膳強
だしの素 適量

* 醤油で味付けする方法もある。浅蜊のむき身は冷凍のものでも可
 
作り方
鍋に水を張り、葱を水から煮る。
ある程度煮えたら火を止め、味噌を溶き入れる。そもそも味噌汁をご飯にかけたような料理であるから、味噌の濃さは味噌汁程度。好みで加減する。好みでだしの素も。
浅蜊のむき身を加え、軽く煮たてる。丼飯にぶっかけ、威勢よくかっ込む。





料理の作り方は、池波正太郎をこよなく愛する落語人にして江戸文化研究家、池断腸亭錠志(だんちょうてい・じょうじ)さんのご承諾を頂き、氏のレシピを参考にまとめています。


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