2008年9月、福島県甲子高原から会津下郷へ抜ける289号線がようやく開通し、阿武隈川源流域を眼下に望む甲子大橋は新たな観光名所となっている。秘境とも呼ばれる源流域から発する阿武隈川は、長い距離を経てどのように水の旅を終えるのだろうか。伝統食の味を楽しみながら、阿武隈川を一本の水の流れとして見つめ直す新たな視点の手がかりとしたい。

阿武隈川旧河口「鳥の海」
 阿武隈川は栃木、福島の両県にまたがる旭岳を源流とする東北第二の大河である。甲子高原の奥深い源流域に始まる約239キロの流れは福島県中央部を北へ貫き、阿武隈山系に寄り添いながら、宮城県亘理町の荒浜で太平洋へとほとばしる。
 そこは海と川の幸に恵まれた豊穰の海である。近海魚や貝類が豊富で、海釣りのメッカとしても知られている。
 水揚げで賑わう鳥の海荒浜港は現在の阿武隈川河口のすぐ南にある。そこは阿武隈川の流れが変わり、古い河口が取り残されてできた汽水湖である。鳥の海と呼ばれる通り、水鳥の繁殖地としても知られ、海とは狭い水路で結ばれている。釣り客を乗せて、カレイやヒラメ、アイナメといった近海物を狙う釣り船が行き交い、護岸から釣り糸を垂れる家族連れの姿も多く見られる。ここは釣り好きを虜にするエリアらしい。付近の水田地帯に整備された水路も、フナやタナゴといった小魚釣りの有名なスポットなのだという。
 もちろん付近を散策をするだけでも気分は爽快だ。漁市場の周辺には炭火に浜焼きの旨そうな匂いが鼻をくすぐる。思わず足を止めて一串。塩焼きの大きなカレイにかぶりつき、舌鼓を打つ。ふるまいのアラ汁も旨い。ふと店内に目をやると、黒墨の堂々たる魚拓が見えた。体調1メートルを超えるヒラメである。漁師で釣り船も営んでいるという店の主に聞くと、お客さんが釣り上げた獲物だという。これからはメバルのシーズンだというが、自分で釣りをしなくても、目の前の海をこんな旨そうな魚がのんびり泳いでいると思うと愉快になる。
「はらこめし」に舌鼓を打つ
 海と川が出合う荒浜は鮭漁が盛んな地域でもある。秋から冬にかけて銀鱗を光らせて大群の鮭が阿武隈川を遡る。そんな光景が伝統の郷土食を培ってきた。有名な「はらこめし」である。これは亘理町をはじめ、その周辺で食される郷土食で、地元の寿司屋や旅館、食堂はもとより、各家庭でも〝わが家の味〟を競うのだという。本場の味を一度は味わってみなければなるまい。

鳥の海は外海と狭い道路で結ばれた汽水湖で、バードウオッチングや

フィッシングのメッカ。沿岸に鳥の海の漁港があり、近くに浜焼きの店や

はらこめしを供する飲食店も多い。中央に蛭塚と呼ばれる小島があり、

橋を徒歩で渡って散策が楽しめる。

 浜焼きの店の奥には簡単な椅子とテーブルが置かれていて、食事ができるようになっていた。「はらこめし」がメニューにある。注文してみると、どんぶりの中はいくらと鮭の切り身で溢れていた。少し醤油色に染まった鮭の身といくらが食欲を掻き立てる。
 「はらこめし」は見た目にはイクラ丼と似ているが、実際に食べてみると、両者の違いがよく分かる。イクラをワサビ醤油で食べるイクラ丼ももちろん旨いのだが、こちらは出し汁で煮込んだ鮭の身を、炊き上がったご飯に混ぜ合わせ、味付けしたいくらと鮭の身を盛り付ける。やわらかな鮭の身がとにかく旨い。これならば、生臭が嫌いだという人も虜にされてしまうだろう。
 どんぶりを平らげて店を出る。さて、どうするか。せっかくだからほかの店の味も確かめておきたい。腹ごなしにのんびりと十分ほど歩き、「はらこめし」の幟はためく「わたり温泉鳥の海」に到着。1階にある「亘理ふれあい市場」で新鮮な魚介類や地元産の野菜などを物色してからエレベーターで4階に上り、食事処で「はらこめし」を注文。珍しいので鮭の白子のから揚げがついた膳を注文した。色鮮やかないくらと鮭が美しい。
 一口にはらこめしと言っても、家庭や作り手でその味は違う。昔は自分の家で「はらこめし」を作ると、親戚や近所にお裾分けしていたという。それぞれに工夫した味を食べ比べてみるのは楽しい。「うちではこんな作り方をするのよ」と、家に伝わる作り方を披露しあい、ひとしきり話は盛り上がったことだろう。
河口から源流を思う
 阿武隈川の河口に立って源流を思う。澄み渡る山の空気と渓谷を流れる清冽な水が、阿武隈川につながっている。日本一の清流、荒川(福島)の水も阿武隈川に注ぎ込む。上流のブナや多くの落葉樹の森が川と海の命を支えてきた。
 これから冬へ、そして春にかけて、荒浜周辺はほっき貝の水揚げで賑わう。食通にはたまらない「ほっきめし」のシーズンである。この味もまた郷土に伝わる伝統の味。季節の移り変わりが旬の味を運んでくる。