がん検査能力が再評価されるなかで

 体内組織の形を見るのではなく、糖分消費の活発さを画像としてとらえるPET(ペット)。がんを検出できる新たな検査機器として普及してきた。PET画像診断を中心に、さまざまな検査を組み合わせPETがんドックは、健康な人のがんを早期発見する健診として有効だが、最近ではがんの治療方針を決定したり、治療の効果や再発・転移を確かめる手段としても、PET検査は重要性を増している。先進的な医療機器の発展は、医療とその周辺の姿を少しずつ変えつつあるようだ。


PETのがん検地能力と新たに期待される役割
 「PET」見直される力―そんな大見出しの記事が新聞に掲載された。2009年11月17日の朝日新聞である。
 がんを早期発見する『夢の検診法』として誕生したFDG-PET。この10年以内の短い期間に急激に実用化と普及が進み、がん医療の世界に市民権を得た。
 2003年にはFDG-PET検査が保険適応となり、日本核医学会の推定では、全国で259カ所の病院がPETを導入しているという。
 PETの検査能力に対する誤解も生じた。2006年には、国立がんセンターが公開したデータをめぐって、PETの検査能力を疑問視する報道もあった。
 資料を発表したセンターの担当者は、それがPETの有効性を否定するものではなく、『ほかの検査では通常は余り見つからない緊急性の低いがんも多かった。それで相対的にPETの成績が落ちた』ことを公式に説明し、報道が数値を科学的に分析した上でなされたものでないことを指摘した。
 その後、横浜市立大学などが、国内のPETを併用した検診結果を検証したが、『PETが検知できなかったがんは2割以下にとどまる。前立腺と胃は6割以上だが、大腸などは個別に臓器を調べるほかの検診方法とほぼ互角である』という結論だった。『助かる可能性のある人が新たに見つかるのは確か』なのだ。
 同記事はまた、PET検査が治療方針の検討や化学療法の効果の確認手段として重要性を増す現状を紹介している。
 たとえば、分子標的薬という新しい抗がん剤は、正常細胞への影響をなくしてがん細胞の増殖だけを阻害しようとするものだが、がんの形状を見るだけの検査では分かりにくい効果の判定を、PETを用いてがんの活動を画像化することで、より早く行い、患者に適したより良い治療法に移行できる可能性を高める。
 PETをめぐる状況は大きく前進している。しかし、こうしたPETの普及は供給過剰な状況を迎えつつあるのではないか、と記事のなかで指摘するのは会津大学の奥真也教授だ。奥教授によれば、『PETを導入した病院を調査してみると、赤字施設もある』という。
PETをめぐる状況
 奥教授に直接お会いして、意見を聞いてみることにした。
 「病院経営にとって、自由に価格を設定できる健診の経営的魅力からPETを導入する病院が急増した時代がありました。しかし、導入には多大な資金的負担が必要であり、逆に経営を圧迫することもあり得るわけです。セーフティーネットもないまま、導入する医療機関が増えてしまう。もっと国が総量規制などで関与する必要が生じているのではないでしょうか。
 一方でさまざまな検査法を組み合わせ、科学的に研ぎ澄ました精度の高い魅力的な健診を提供するような病院側の努力も必要になっています。その点、先駆的な役割を担ってこられた総合南東北病院のあり方はとても参考になると考えています」と奥教授は言う。
 新聞記事には、ある大学医師の言葉が紹介されていた。PETの役割が再評価されるなかでも、『PETのない病院では知識の乏しい医師や、PET施設に患者を奪われることを恐れる医師が、患者に検査を勧めない場合もある』という。しかし、そのために見つかるはずのがんが見落とされることもある。
 乳房の切除手術を受けたある乳がん患者の女性は、PETのない病院では『がん再発はない』とされ、PET検査も勧めてくれなかったというが、再発の不安から思い切って別の病院でPET検査を受け、見つけることができたという。『患者自身も勉強し、積極的に動くべきです』という女性の言葉を紹介し、記事はしめくくられていた。

PET健診を含めた予防医学の将来像をめぐって

会津大学先端情報科学研究センター
医学・医療クラスター 奥 信也教授

 紹介した新聞記事の中でコメントを寄せている奥真也先生は会津大学教授。東京大学と埼玉医科大学で臨床医の傍ら、PET(ペット)などを用いた核医学と電子カルテや病院情報システムを対象とする医療情報学の研究に取り組んできた。
 また、2004年6月からは東大病院が臨床医学の発展と医療関連産業の育成を目的として産学連携で設立した『22世紀医療センター』の中心メンバーとして特定健診の制度設計にも携わった。
 医療経済学者として紹介されることもあるが、本来は放射線科の医師。「会津大学では医工連携の出口研究によって社会への貢献も果たしていきたい」と語る。
 がんが国民病とされる今、がん健診はより一層重要性を増している。PETの実力が再評価されるなかで、これからの予防医学とその周辺の姿はどう変わっていくのだろうか。
 医学と工学の境界領域研究から地域医療の将来モデルまで、縦横に展開されるお話しは、医療全体への大きな問題提起にも思えた。興味深いお話の内容を、号をあらためて報告してみたい。