福島県は只見川水系、伊南水系、久慈川水系、阿武隈川水系、各地で渓流釣りが盛んだ。初心者には危険な場所も多く、身の丈に合ったポイントを選びたい。
特に夏の大雨やゲリラ豪雨には細心の注意を。遊漁料や禁漁期間は地域、魚種によって異なる。只見川本・支流(片門ダム上流~滝ダム下流域)の遊漁料は岩魚・山女の場合、日釣1000円、年釣3000円。(要確認)

森と沢と野生への畏怖を胸に

森の清らかな水を集め、沢はいつか大河へと姿を変える。深い山と森が育む川は魚たちの棲み処となり、釣りを愛する人々を魅了する。人影のない渓谷の底には、日常とは別の時間が流れているようだ。釣り道楽という言葉があるが、半端な気持ちでは遭難の危険もある。渓流釣りをするには、本格的な沢登りに挑む覚悟が必要だ。奥会津の険しい山峡へ一人の釣り師と連れ立ち、聞き語りを通して〝釣り〟の魅力を探ってみた。

一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。

三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。

八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。

永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。

開高健・著『オーパ!』所収(中国古諺 )

 六十を過ぎて、渓流釣りは一度止めた。体がもたなくなってきたからね。思い出してもひやっとすることは何度もあった。特に春の渓流は怖い。谷の雪が雪崩になって川に滑り込んでくる。
 川沿いの凍った雪の上を歩いていても、足下がよくわからない。雪解けの頃は中が空洞になっていて、雪のトンネルに落ちてしまいそうになる。ほとんどが単独の釣り行だから、怪我をしたらもうお手上げ。水も想像以上に増水する。朝歩いて渡った川が夕方帰ろうとすると大変な急流になっていたりする。山の闇は深いから、生きた心地がしない。熊もいるし、遭難の怖さは言葉では表せない。
 それでもシーズンには毎週のように渓流釣りに出かけていたんだからね。もうやめたつもりだったけど、仕事を引退してから二年、時間を持て余すようになって、また虫が騒ぎ始めてきた。
 渓流に入るのは命がけ、と言う。決してそれは誇張ではない。そもそも十メートル近く崖を這い降りなければ川にはたどり着けない。歩道が整備されているわけではなく、枯れ葉が積もり滑りやすくなった地表に足場を探し、斜面に生えた樹の枝に必死でしがみつく。岩場に滑落したらどうなるか。
 しかし、怖さを感じるから慎重にもなる。出かけるときは必ず無事帰れるように準備は怠らない。
 川釣りでは底にフェルトを貼ったゴム長は必需品。川の中は想像以上に滑りやすい。目の前の岩場には清冽な水がしぶきながら落下する。久しぶりに竿を握るというが、渓流を目の前にすれば、六十五歳の体にも慣れ親しんだ感覚がすぐに蘇ってくる。
 釣り上げたときの感触が忘れられない。狙うのは岩魚(いわな)が多い。岩魚は敏感だから、誰もまだ川に入っていない早朝か、午後三時過ぎたあたりが一番釣れる。持ち帰るのは三尾くらいで、あとは川に戻してやる。食べるのも、リリースするのも、岩魚に対する敬意であり、川への愛着も深くなる。
 ルアーも、フライも、テンカラも試したが、餌釣りが一番だね。そういうのはアタリが来ないと、疑似餌が悪いのかと余計な迷いが生じる。自分の性には合わなかった。
 もっとも、餌釣りでも釣れなければ、釣れない理由をあれこれ考えてしまう。岩場や水の様子、日の差し方、岩魚の様子。釣り師が短気だと言われるのはそのせいかもしれないが、次のポイントを探して川をさ迷うことになる。
 フライはスポーツとしても人気がある。ロッドを繰り返し振りながら、羽虫などの擬餌針を飛ばす。その仕草が洒落ていて格好がいい。ルアーも美しいものがあって、部屋で手入れをしているとき、見ているだけでもほれぼれするときがある。だけど木の枝が張り出しているようなところでは不向き。餌釣りは悪天候や障害物が多い場所では有利になる。何よりも確実に釣れる。
 その日のアタリはなかなか来ない。岩魚は冷水域を好む。昼近い川は水温も上がってしまっているだろう。もっとも、釣果を期待して来たわけでもない。久しぶりの渓流釣りだ。日差しは強さを増した。釣り糸をたわませて水面を渉る風が心地よい。
 音を立てないように注意して川に近づく。奴らは危険を察知すれば数時間は岩場に身を潜ませる。水系ごとに少しずつ斑点の模様に違いがあるのが面白いね。誰もいない渓流で岩魚と闘うのは狩りをするような感覚。集中力が高まり無心になれる。
 雨上がりで川が濁っているときは、岩魚に気づかれないで近づける。入れ食いになるのはそんなとき。自然の道理です。
 岩魚は悪食で鼻のいい魚。山に入り、ヤマブドウの幹の中に棲み着くブドウ虫を探して餌にする。沢の虫をその場で捕まえて餌にすることもある。食いつく岩魚の食欲にはあきれてしまうことがあるね。しっかりと針を飲み込んでいたりする。
 一つのポイントは三十分くらい試し、川を遡っていく。福島県の川は、四十年かけて大体は試した。初めていくところは様子が分からないから危険だ。少し渓流を遡ると滝が邪魔する。仕方なく降りてきた崖をよじ登り、滝の先へまた降りる。そのうちに自分だけのポイントが決まる。
 その日訪れたのもそんな渓流のひとつ。只見川から支流の谷へ進み、さらに沢を遡る。滝と滝に閉ざされた五十メートルほどの流れで岩魚は育つ。渓流は谷底だ。雪の塊が少し解けずに残っている。
 ここには三十年前から通い続けている。昔は奥只見の銀山湖にも出かけたが、今はあまりいかない。只見川はそこからやって来る。四十年も前だと、作家の開高健さんが大岩魚の伝説を作った頃。当時の銀山湖はまだ秘境のようなところで、私もワカサギを餌にして大岩魚を釣った。だけど、開高さんは別格。人生のスケールがでかい。
 銀山湖は今でも釣りの聖地だが、しっかり整備されているから釣りを始めたら行ってみるといい。ボートで釣るときは、流木には気をつけるといい。
 四十センチを超える大物は命を奪う気がして後ろめたい。いい加減な気持ちで釣り上げるのは申し訳ない気がしてくる。しかし、今日のところはそんな心配は無用だろう。そう笑い合った瞬間、竿が揺れ、アタリが来た。岩魚が糸の先で美しい体を踊らせる。
 源流域に入るのは骨が折れる。プロの釣り師たちに誘われたこともあるが、彼らの釣行は尋常じゃない。川を泳いで渡り、何日もテント暮らしをする。足手まといになるからと断ってきたが、一度同行してみたかったね。
 あそこで大物が釣れるらしいと聞くと、一度は行ってみたくなるよ。昔は口コミぐらいしか情報もなかったけど、今はインターネットの時代だから、人の気配がなかったポイントにも、人がぞろぞろ入っていたりする。日本にはもう人が入らない川はなくなってしまったかもしれないな。
 その日は岩魚三尾が釣れた。正午を挟んで一時間ほどの釣果だ。本当は、早朝から川に入り、午前中だけで十五尾は下らないという。森閑として賑やかな渓流にはリリースした岩魚たちが野生の身を潜ませる。岩陰に隠れ、流れくる虫を狙う獰猛な面構えが目に浮かんでくる。

開高健記念館

奥会津の銀山湖(奥只見湖)とゆかりの深い作家、故・開高健氏は釣りを愛した作家として知られる。1930年大阪に生まれ、57年 『裸の王様』で芥川賞を受賞。70年夏には『夏の闇』執筆構想のため銀山平に3か月滞在し、巨大岩魚の魚影を追うことになった。『悠々として急げ』は開高氏が生前よく口にした言葉。
75年には銀山湖のイワナの乱獲に危機感を抱き、「奥只見の魚を育てる会」を結成、自ら会長となり稚魚の放流や禁猟区の設定をはじめ、自然保護等に尽力した。
89年、食道癌に肺炎を併発し58歳で死去。『奥只見の魚を育てる会』の活動は現在に受け継がれ、銀山湖に流れ込む北之又川には60cm級の大岩魚が群れるまでに実を結んでいる。
茅ヶ崎市にある開高健氏の邸宅は、現在『開高健記念館』として一般公開されている。
書斎の壁にはイトウやキングサーモンなど自身が釣り上げた剥製、ルアーなどが、ありし日のままに飾られ、生前の様子を偲ぶことができる。



開高健記念館
茅ヶ崎市東海岸南6-6-64 tel. 0467-87-0567
  
奥会津の田舎蕎麦とアザキ大根
奥会津、只見川流域はそばの山地。地粉十割の田舎そばが旨い。
薬味はアザキ大根。金山町、三島町などの山間部で採れる希少価値の高い伝統野菜だ。長さは二十センチほどしかなくて硬く、水分が少ない。辛さが強いので、そばの薬味として絶品である。
一本の大根から何本も根が分岐していて、収穫には手間がかかる。
青首大根、赤筋大根に比べてタンパク質、脂質、灰分,カリウム、鉄、亜鉛などの栄養素が高い。