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瀬戸晥一先生の活動は多岐にわたる。鶴見大学歯学部第一口腔外科教授としての臨床と研究、口腔外科医育成は言うまでもないが、同大学附属病院長、歯学部長の要職のなか、日本学術会議会員として歯学委員会委員長を務め、国際医療ボランティア活動でもアジアの歯科医療発展に大きな貢献を果たしてきた。
学会活動としては日本口腔外科学会や日本顎顔面インプラント学会などの理事長を歴任。口腔医療をめぐる諸外国の実情にも詳しく、数々の政策提言でも知られる。
瀬戸先生は東京医科歯科大学出身。スイス政府留学生としてバーゼル大学医学部顎顔面外科学教室に学んだ。総合南東北病院には昨年6月に着任された。
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口腔外科とは
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口腔外科について、まずご説明しましょう。歯科の中の専門分野ですから、親知らずなどの抜歯や、アゴの炎症の処置などももちろん行いますが、それ以外にもたくさんの病気が口の中には集中しています。
例えば、舌や歯ぐきにできるがん、口内炎をはじめとする様々な口の粘膜の病気、顎の関節の病気や、骨折などの顔面外傷、ドライマウスなどの唾液腺の病気、手術や交通事故で顔面やアゴを欠損した方への特殊な顎顔面補綴なども行い、最近ではインプラントに力を入れています。
その中で、私がライフワークにしているのは口腔がん治療と口腔機能回復です。外科手術などで生存率を高めるとともに、手術後の機能再建に力を入れてきました。
口の機能は会話、咀嚼、嚥下など、高度な文化、生存機能が複雑に絡み合っているので、がんの手術で欠損が出ると、大きな機能障害が避けられません。また、口は顔の中心にありますので、審美的な要素は欠かせません。機能と審美を回復させるのが口腔外科の使命です。
上顎と下顎のバランスがとれず、咬み合わせが悪く受け口になっている場合でも、矯正治療と外科手術でキレイに治ります。当院でも秋から歯科矯正を開設し、顎の変形の治療を始めます。
咬み合わせの不調による顎関節症の患者さんも多く口腔外科を訪れます。内視鏡下の治療、手術などを行いますが、大部分はマウスピースのようなものの装用で治癒します。
当院のように、各診療科とも世界的なエキスパートが揃っている臨床環境の中で、口腔医療を展開できるのは幸せです。
口腔外科開設後、まず手をつけたのはオーラルケアです。口の中は身体で最大の感染源です。日本人は、顎の骨の中の歯の周囲に病巣を残していても平気ですが、ここからバイ菌が侵入して心臓や呼吸器などに致命的な病気を引き起こすことは稀ではないのです。
骨の中に病原体の塊りがあって、これが血液を介して身体中にばらまかれ、感染性心内膜炎の原因になることがあるのです。
つまり、口の中からの感染から身体を守ることが重要であり、それが高齢者歯科医療の基本でもあります。
また、放射線や化学療法によるがん治療で患者さんを苦しめるのは口内炎です。この口内炎対策をするのも口腔外科の重要な仕事です。同様に、骨粗しょう症に対する治療薬、ビスフォスフォネートにより、顎の骨が腐ることがあります。これも薬の投与と平行して口腔管理が必要です。
当院では、これらの高齢者に頻発する病気の予防と治療に際して、内科、外科等あらゆる診療科と密接に連絡をとりながら、一緒に医療を進めています。
歯科口腔外科は法律上の標榜科名ですが、このように説明していると、将来的にはむしろ歯科を〝口腔科〟と言ったほうがいいかもしれませんね。歯を含めて口腔の疾患を治療し、機能回復に取り組む、それが口腔科の概念です。
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医科と歯科の間を埋める/口腔医療の確立を目指して
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口腔がんと陽子線治療
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スリランカでの検診風景
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前職の大学時代、私が教室や関連病院で行った口腔がん手術は800例を超えますが、40年以上前は治癒率も低く、命が助かることが主眼でした。そのために思い切った拡大手術を行い、5年生存率は86・2%に達しました。
しかし、口腔がんの場合、切除部が顎の骨、顔面、頚部に及ぶため、術後に咀嚼や嚥下、会話障害、顔の変形などの後遺症を残します。命は助かっても、社会に復帰できなくては意味がありません。
そこで顕微鏡を用いて血管をつなぐ移植手術などにより、高い治癒率を維持したまま、人間に備わる口腔機能を回復する手術を志向してきました。ところが、舌の場合、半分以上を切りとると、機能回復は難しくなります。舌は、話す、食べる、味わうという異なる重要な機能を果たします。再建しても全機能を補うことができない。この繊細で、高度な運動機能を移植手術だけでは回復できないのです。
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スリランカ・ペラデニア大学でのオペ
治療法は手術が今でも主流ですが、放射線治療や、化学療法、動脈から抗がん剤を入れる超選択的動注療法、そして陽子線治療などがあります。最近では機能を温存し、切らずに治す方法がクローズアップされてきました。
南東北がん陽子線治療センターでは、こうした難しい頭頚部のがん症例の比重が高く、センター長の不破信和先生は口腔がんに対する逆行性超選択的動注療法を応用した草分けであり、日本でも最高の成績を挙げています。
陽子線はかなり進行したがんでも治せます。しかし、リンパ節転移への効果は十分立証されていないことや、経済的には保険医療になっていないという弱点もあります。初期のがんであれば、手術で機能も温存できますから、口腔外科としてはその適応を見極めて、治療を振り分けていくことも大事だと考えています。
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口腔がんの早期発見と口腔医療
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seminer on Oral Cancer&Maxillofacial Sugery(スリランカ・コロンボ/1995)
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口腔がんは、進行すれば手術をしても大きな機能障害は避けられず、放射線治療や化学療法では痛みや口内炎など重大な有害事象が現れ、末期になると息が苦しくなったり、ひどい痛みで地獄の苦しみと闘わなければなりません。陽子線治療は保険外なので経済的負担は大きく、いずれの治療でも再発したり、転移すれば命とりになります。
これを考えますと、結局のところ〝口腔がんは、早期発見につきる〟と言えます。口のなかは直接のぞけます。早期に小さな病変を発見し、病巣を除去することができます。そこで歯科医の教育が大事になります。歯科医が口腔がんを頭に入れていれば、早期発見が実現でき、そうすれば合理的な治療ができる。歯科にかからない人はほぼいないですから、その役割は大きいのです。
本年4月に口腔外科外来を開設したのを機に、PET検診を受診された方々の口腔検診をさせていただくことにしました。PETでは見つからない小さな前がん病変が結構発見されるんですよ。
皆さんは驚くほど口の中に関心がないようですが、時々口腔外科でチェックする必要があるとつくづく感じます。案外、口腔検診、口腔ケアを丹念に行うことが、健康寿命を長くするカギなのかもしれません。
これは世界的な潮流ですが、がん治療で化学療法を受ける患者さんはすべて、事前に歯の治療をすべきです。口腔合併症が大幅に軽減されます。
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インプラントの普及発展へ
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総合南東北病院では、顎顔面インプラントセンターを口腔外科の中に開設しました。専用CTを導入し、安全で確実な治療を実践します。
インプラントは21世紀歯科医療の柱です。
チタンの歯根部を歯槽骨に統合(インテグレーション)させ、その一端を汚い口腔内(体外)に顔を出させて、咬合圧、感染など、あらゆる試練に耐えて十年機能させるわけですから、今のところ再生医療を含めて医科におけるどのような人工臓器と比べても引けをとらない機能回復医学と言えます。
歯を蘇らせることは古くからの人類の願望で、いろいろな試みがなされてきましたが、スウェーデンのブローネマルクが、チタンと骨が結合組織を介さずに密着する骨統合を理論づけたのが始まりです。
しかし、画期的開発から50年を経てもなおベーシックサイエンスが整備されておらず、教育も未だにメーカー主導で行われております。
そのためにインプラント技術に齟齬を生ずることがあり、トラブルの原因となっているのです。そこで日本顎顔面インプラント学会を中心として、インプラント技術の国際的標準化と症例登録制を推進してまいりたいと思っています。
その上でインプラントを国民医療、すなわち健康保険に導入したいと考えているのです。
何よりもまず今すぐにしなければならないのは、インプラントのトラブルをレスキューすることです。そのなかで中心的役割を果たすのは全国の医学部や総合病院の口腔外科です。当院の口腔外科はそのモデル施設となります。
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高度医療の国際連携
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最高レベルの高度医療を展開している総合南東北病院は、いよいよ世界に飛翔する時がきました。
当院は渡邉一夫理事長の総指揮のもとにアジア、中東をはじめ諸外国の病院と連携を深めており、『すべては患者さんのために』の理念を国際的に敷衍しつつあります。
この流れの中で、観光が基調の〝メディカルツーリズム〟の枠を越え、高度治療を含む〝ホスピタルシェアリング〟の概念を進めております。
これは、連携病院の医師間で緊密な連絡、人事交流を行い、患者さんが国境を越えて高度医療を受けられるようにすることです。総合南東北病院は段々メイヨークリニックに近づいています。
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インプラントとは
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インプラントとは、歯が欠損したところに人工の歯根(チタン製)を埋入し、歯をかぶせる治療法。従来のブリッジのように両隣の歯を削ることもなく、入れ歯のように違和感が強くでることもない。
天然の歯と同じような感覚で食事をすることができ、審美的にも天然の歯と区別が難しいほど自然な仕上がりが得られるのが特長。総合南東北病院ではインプラント用CTを導入。安全かつ確実性のある治療を実践する。
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口腔がん患者の呟き/口腔がん早期発見の促進を!
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「こんなことなら死んだほうがましだった」上顎がん患者の独り言が、その後の自分の人生を決めたといっても過言ではない。昭和40年、口腔がん患者の生存率は50%そこそこの時代、当時根治的な治療法が確立していない時代であった。この患者の呟きに触れて「口腔がん患者の治療はがんを根治させた上で、患者を社会に復帰させてはじめて終了する」との動機を得て、根治手術、放射線治療との組み合わせを行うとともに、様々な再建法を取り入れ、歯科補綴技術を駆使して患者のリハビリテーションに努めてきた40年余であった。有茎、遊離弁を組み合わせ、インプラントを応用して叡智を結集したつもりでも、大きな顎顔面欠損に対する機能回復は患者の満足からは今もって程遠いと云わざるを得ない。
頭部は文字通り人間の司令塔であり、脳神経領野の末梢機能の回復は容易なことではない。口の運動機能だけをとってみても、咀嚼、嚥下など人間の生存に必須の摂食機能、それに人類のみに与えられている構語すなわち会話機能が、舌、口唇、口蓋、顎、歯など同じ構成要素が協調しつつ、巧みに使い分けられているのである。そこに欠損や障害が生じた場合、単純な移植や補填によって機能回復が果たせるわけがない。
さりとて「死んだほうがましだ」という選択肢をとっても、口腔がんを末期まで放置しておくと最期は気道閉塞で、それこそ地獄の苦しみにつながる。仮に現代の人間がquality of life の他にquality of death を考えることが出来るようになったとしても、口腔がん死は最悪と言わざるを得ない。
口腔がんの診断を受けた瞬間から患者は重大な選択を迫られることになるわけで、説明をする側の人格まで問われることになり、consentを得るのは容易なことではない。因みに口腔がん患者に関しては「告知問題」は殆ど「問題」とはならず、ほぼ全員に告知を実行する。
それでは口腔がんと診断されたら絶望的かと云うとそうでもない。治療成績は5年生存率で85%を上回っていて、最早不治の病ではなくなっている。しかし依然として機能回復の困難と欠損の大きさとは対数的に相関する。これが早期発見、早期治療で少しずつカバーされるようになって、全く障害を残さない症例が増していることは確かである。しかしながら進行がんの患者にとってみれば、画期的な新しい機能回復コンセプトが切望されていることは間違いない。
残念ながら舌の動きや口唇とくに口角部の動きに追随できる素材がない。また歯肉や硬口蓋の咀嚼粘膜を再現させる移植技術はいろいろ考えられたが、必ずしもうまくいっていない。再生医療が臨床に応用されるまでには相当時間がかかりそうである。では臨床家は今何をすればよいのか。
結局「進行口腔がんは治療後に人間の社会機能を全て失う」という認識を全医療人が持ち、口腔がんの早期発見を促進していくことが今のところ最も効果的といえそうである。一方では最近のradio surgeryの驚異的進歩に一縷の期待がかけられる。
がんは全身病であるとの解釈で、ひとつの治療コンセプトに統一しようとするのは危険なことである。
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禁煙の科学「脱タバコ社会実現への正念場」
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瀬戸晥一先生は、日本学術会議・歯学委員会委員長を長く務め、現在も連携会員として「脱タバコ社会の実現分科会」副委員長として活動している。サイエンス・カフェにも積極的に関わり、定期的に講師を務めています。
サイエンス・カフェとは、科学技術の分野で従来から行われている講演会、シンポジウムとは異なり、科学の専門家と一般の人々が、コーヒーなどを飲みながら、科学について気軽に語り合う場をつくろうという取り組みです。
去る5月には、総合南東北病院心臓・循環器センターの菅野 惠センター長をお招きし、文部科学省情報ひろばにて、「禁煙の科学『脱タバコ社会実現への正念場』 」をテーマにサイエンス・カフェが開かれました。
瀬戸先生からは、ボランティア活動として行ったスリランカでのビンロウ噛みと喫煙に誘発される悲惨な口腔がんの実態調査と、当地において長年の禁煙運動の結果、発がん率を著しく減少させた経験についてお話があり、口腔がんの悲惨な症例、その手術による治療、手術法の現地定着への努力にも話題が及びました。
菅野先生からは、喫煙によって、心筋梗塞、脳梗塞、大動脈瘤、大動脈解離等の循環器系の疾患がいかに高率に誘発されるか、数値と症例を通しての説明がありました。また、喫煙の影響は肺がんよりも循環器疾患により直接的に出ていることも示されました。
その悪影響は、受動喫煙者にも明らかに見られるそうです。
喫煙の有害性は医学的に明らかです。従来の禁煙ではなく「卒煙」という言葉の提言も含めて、脱タバコ社会の実現へ向けたお二人のお話に、参加者の皆さんも興味深く聞き入っていました。
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●資料 禁煙推進宣言
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喫煙は、呼吸器をはじめ脳や心臓などの重要臓器に悪影響を及ぼす結果、がん、肺気腫、脳卒中、虚血性心疾患の原因となるなど、多くの健康被害を惹起していることが知られている。口腔領域でも、喫煙によってがんの発生が有意に増加するとされており、近年はさらに歯周疾患の発生、増悪に関与している事実が明らかとなってきた。
加えて非喫煙者の場合でも、間接的な受動喫煙によって種々の障害を発症するという研究結果が報告されている。2003年5月WHOは、日本を含む加盟192か国の政府間交渉を経て、「たばこ規制枠組み条約」を採択(成立)し、各国の批准で発効を待つ段階となった。
わが国ではさらに、健康増進法が施行され、公共の場での受動喫煙防止対策を一層充実する行動が求められている。社団法人日本口腔外科学会は、国民の健康と良好な生活環境を維持するために、喫煙習慣の大幅な抑制に着手し、禁煙の推進に向けて積極的な活動を行うことを誓い、ここに禁煙宣言を行う。
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平成15年10月23日
社団法人日本口腔外科学会
理事長 瀬 戸 晥 一
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