去る9月12日、がん患者と家族の会「ひいらぎの会」の講演会が開かれた。陽子線治療について講師を務めたのは南東北がん陽子線治療センターの不破信和センター長。不破先生は国内で民間初となるセンターの計画段階から陽子線治療の発展と啓発に向け、全国で講演活動を続けてきた。
 南東北がん陽子線治療センターの治療実績は、2008年10月の開院以来、2010年9月末で800例を越え、国内の陽子線治療施設の中でも群を抜く。中でも難易度の高い頭頚部がん、食道がんに対する症例では、世界でもトップの実績を誇る。
 切らずに治す陽子線治療の概要について、不破先生の講演をダイジェストでご紹介します。
解説 陽子線治療
 体に傷をつけずに、がんを治療する。手術をせずに手術と同等か、あるいはそれ以上の治療成績を得る。その上、がん病巣以外の正常組織にはほとんどダメージを与えず、副作用も極めて少ない。外来通院の治療となるため、普段と変わらない生活ができる。これらは陽子線治療の優れた特長です。
 従来の放射線はがん病巣に達するまでに、身体の表面に近い正常細胞にもかなりの影響を与える一方、がん病巣のところでは減弱し、本来の効果を十分発揮できないという弱点がありました。
 陽子線(粒子線)治療は、体内のある深さにおいて、放射線量がピークになる特性を持っており、このピークの位置をがん病巣に一致させて正確に照射するので、陽子線は正常な細胞にはほとんど影響を与えず、病巣(がん細胞)だけに集中照射できます。
 治療効果も優れています。陽子線が体内に照射されると、がん細胞の核の中にあるDNAにあたります。従来の放射線は二重螺旋構造を持つDNAの一方を切断するのですが、陽子線はその両方を一度に切断する確率が高く、大きな治療効果が期待できるわけです。
 では、がん治療の中で、陽子線治療はどのように位置づけられるのでしょうか。残念なことに、陽子線治療は装置や建物にかかる初期投資が巨額であり、治療を維持するためのコストも膨大です。そのため、国の保険収載がない現在、治療費も高額となってしまいます。しかし、陽子線でなければ治らない症例もたくさんあり、先進医療を扱う民間保険も整備されつつあります。
 現在、世界各国で陽子線治療の持つポテンシャル(可能性)を最大限に発揮するような、新しいがん治療法の開拓と確立へ向けた臨床研究が進められています。南東北がん陽子線治療センターでも、隣接する総合南東北病院の各診療科との連携の中で、がん治療の前進へ向けた様々な取り組みを進め、成果を挙げています。
 私は長年、進行舌がんへの選択的動注療法の確立に取り組み、一定の成果を挙げてきましたが、これと陽子線治療を併用することで、顎の骨に影響を及ぼさず、治療することが可能なのです。また、呼吸同期法を応用した肺への陽子線照射によって、三期の進行肺がんが寛解に至った症例もあります。前立腺がん治療では副作用が抑えられることから、陽子線治療が最適です。
 がん戦争という表現を借りれば、その優れた能力を十分に発揮できる戦場、つまり臨床の現場へ、陽子線を投入する必要があります。また、治療に相応しい症例を見極めていくことも必要です。
 陽子線治療が、すべてのがんに有効であると軽率に言うことはできませんが、外科(内視鏡を含めた手術)、化学療法(抗がん剤)、放射線治療(リニアック)と呼ばれる標準治療に加えて、QOLが高く、優れた能力を発揮する陽子線治療があることをご理解下さい。陽子線治療は、がん治療に画期的なブレークスルーをもたらしています。
 
南東北がん陽子線治療センター http://www.southerntohoku-proton.com
〒963-8052 福島県郡山市八山田7丁目172 TEL : 024-934-3888 FAX : 024-934-5393
(総合南東北病院・南東北医療クリニック西側に隣接)
南東北がん陽子線治療センターオフィシャルサイトでは、陽子線治療について分かりやすく解説しています。ご相談・お問い合わはトップページから、渡邉一夫理事長による「がんよろず相談」、または「陽子線治療についてのご相談はこちら」のページへお進み下さい。
また、各地で渡邉一夫理事長や不破信和センター長らが講師を務める「PETがん市民公開講座」を開催しております。入場は無料。
(会場整理の都合上、事前のお申し込みが必要な場合もあります)

医療を支える人々⑥ ひいらぎの会/小形 武代表世話人に聞く

「ひいらぎの会」はがん患者・家族の会。がんと向き合うなかで、患者や家族の心をサポートし、積極的な活動を続けてきました。日本人の三人に一人ががんになり、二人に一人ががんで命をなくす今、がんを見つめることは命を見つめることにほかなりません。命の重さははかりしれないものですが、代表世話人を務める小形武さんの印象は意外なほどに明るく軽やかでした。意思の強さとともに、そこには〝がんとつきあう秘訣〟が隠されているようです。
ポジティブに生きる。闘病は長距離マラソンの心構えで!

1935年 二本松市生まれ 福島県立高等学校教諭として長く教壇に立つ
1991年 進行性胃がんに罹り手術 94年ひいらぎの会を結成し、代表世話人に就任
がん患者団体支援機構(代表・三浦捷一医師)の発起人としても活動した
2003年 みんゆう県民大賞受賞
福島県地域がん医療検討委員会委員・在宅ケア緩和県北連携会議 検討委員

● 患者・家族を支える/がんを考える「ひいらぎの会」
〒960-8254福島県福島市南沢又字河原前29-5
tel. 024-558-0916 fax. 024-573-8133

 私は55歳のとき、職場の集団検診で「要精密検査」の通知を受けました。近くの病院で胃カメラの検査をすると、即入院。すぐに胃の3分の2を切除しました。
 手術前の主治医の説明は胃潰瘍だったのですが、点滴を受けると気分が悪くなるので、どうもおかしい。もしかすると抗がん剤ではないかと疑っていたのですが、退院直前にがんであることを聞かされます。カルテを入手して調べてみると「3期の進行性胃がん」でした。
 今では100%告知されますが、当時の告知率は約18パーセント。がんは死に直結するイメージでした。退院してからも、食べられないことと抗がん剤による副作用に苦しみました。再発や転移の恐怖感も強く、精神的にも落ち込みました。がん患者は告知されれば心が動揺し、不眠やうつになることも多いのです。治療法でもそうですし、家計や生活上の問題でも悩みます。
 日本人のうつ発症率は7%とも言われますが、がん患者だと40%を越えるそうです。ですから、がん患者の心を支える活動は大事なんですね。悩みはひとりで抱え込んでしまわないほうがいい。最近ではインターネットの普及もあり、誰でも医療情報に触れる機会を得られるのですが、情報の氾濫から、治療法の選択に思い悩む方も逆に増えています。
 では、どうすれば良いでしょう。がん治療は再発することもあり、治療が長引くこともあります。がん患者は、言わば長距離を走るマラソンランナーのようなものです。孤独にもなりますし、もう止めてしまいたいと思うこともあるでしょう。そんなとき、一緒に走る仲間がいてくれると心強いものです。ひいらぎの会はそんな心のよりどころになりたい、と活動しています。
つらい坂を越えれば、気持ちのいい風景が広がっています。そんな達成感があり、生きがいにもなるような共通の〝目標〟を立てて、会員の皆さんと一緒に挑戦してきました。たとえば富士登山。日米のがん患者が合同で挑戦したときには、その1年半前に肺がんを手術した妻も、ともに参加しましたし、末期がんの患者さんも主治医の許可を得て登頂を果たしました。現在では会のサークルのひとつとして山岳部が誕生し、トレッキングなどの活動をしています。
 ハワイのホノルルマラソンにも挑戦しました。冒険心旺盛な会員の中には、キャンピングカーで日本や世界を一人旅する面白い人もいます。笑いも大切ですね。会では落語を取り入れた講演会も開いてきました。
 がん治療についても正しい情報をお伝えしたいと活動しています。ゲルソン療法を実践されている星野仁彦先生(福島学院大学福祉心理学部教授)とは親しくさせて頂いておりますが、身体の機能を食生活の改善で高めたり、生きがいを持つことや笑いを取り入れたりして、免疫力を高め、がんを抑える力になることを期待しています。
しかし、代替療法やサプリメントのなかには、医学的なエビデンスが明確でないものが多いことを知っておいて頂きたいのです。がんに対する効果をうたった高額の健康食品や宗教的な活動には一線を引くべきです。ネットなどではそうした情報が溢れています。私たちは今、それらを規制し、正しい情報が得られるよう、「がん条例」制定を目指して準備を始めました。鳥取や島根、高知などでは既に条例化されているんですよ。
今ではがん医療もずいぶん進んでいます。しかし、陽子線などの放射線治療もまだまだ十分に理解されているとは言えません。放射線腫瘍医の数も少ないし、治療薬の認可も遅れています。PET検査やがん健診など、がんの早期発見につながるような検査への理解が広まるよう、啓発や教育もこれからは大切です。そのためにも、「がん相談支援センター」を社会の中でどう活性化していくか、私たちも積極的に応援したいと考えています。病院で患者と医師が話せる時間は、どうしても限られていますから。
 もし、がんに罹ったら、パニックになる必要はありません。一刻を争うがんは一部です。2週間程じっくり治療のメリット、デメリットを比べ、場合によってはセカンド・オピニオンを利用しましょう。