子供たちの健康を懸念する声が高まるなか、原子力安全委員会は年間の累積被ばく放射線量について「子どもは10ミリシーベルト程度に抑えるのが望ましい」との見解を示した。その後、文部科学省は、「年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトを目安」としながらも、「今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくという基本に立って、今年度、(学校生活では・中略)当面、1ミリシーベルトを目指す」とした。
放射能への不安は周辺地域や福島県だけでなく、広く首都圏や海外にも及んでいる。不安解消のためには、食品を含めて安心に応えうる基準値も必要だ。当然国は国民の健康と生活を守る視点から積極的にこの問題に立ち向かう姿勢を示すべきである。
しかし、不信の声もささやかれている。SPEEDI(放射線予測システム/スピーディ)による放射性物質の拡散予測は周辺住民の避難に活かされなかった。不安はそんな不信感からも広がってきた。
福島県は脱原発の方向性を示したが、放射線の影響評価はこれからの課題である。住民の不安を払拭するためには、実態に即した健康調査をもとに健康被害を正確に見積ることが欠かせない。あわせて風評被害を食い止めるために、農地や作物へのきめ細かな調査と情報開示が求められる。
 

医療放射線の専門家が語る 放射線被ばくについて-PETがん市民公開講座・要旨

放射線の人体への影響
現在、一般に空間線量として測っているのはガンマ線です。放射性物質には半減期があり、放射線を出し続けることで安定した物質になっていきます。
放射線はもともと自然界に存在していて、カリウムなどは半減期13億年ですが、ほとんど減らない放射性物質が体にも含まれているんですね。
人体への影響としては遺伝子に傷をつけます。しかし、被ばくしたらすぐにがんになるというものでもありません。DNAの修復が常に体内では行われています。被ばく線量が多くなると修復間違い、突然変異が起こります。それが発がんです。いろんな防御機構のステップをくぐり抜けたものが、がんになるということです。
放射線治療の現場では高い放射線量を用いますが、それが原因でがんになった、というのはほとんど見たことがないというのが正直なところです。
 
将来の発がんの可能性について

皆さんの不安の主なものは低線量の場合の晩発障害で、確率的影響に関するものだと思います。がん、白血病といったものですね。
確定的影響にはしきい値というものがあって、ある線量以下であれば異常は現れません。確率的影響は低線量になるとよく分からない部分があるのですが、安全を考慮し、現在はしきい値なしと仮定されています。
遺伝的な影響については、広島、長崎で被ばくされた方について「一切ない」という報告があります。
放射線の影響は一般に発達段階の細胞分裂が盛んなときのほうが影響を受けやすいのですが、胎児への影響は時期によって異なります。しきい線量を超えて被ばくすると形態異常や胎児死亡を起こす可能性が出てきますが、胎児の被ばく線量がこの値に達しない場合は心配いりません。胎児死亡(流産)が受精後2週以内で100ミリグレイ、形態異常が妊娠7週以内で100ミリグレイ、精神発達遅滞が妊娠8から15週で100~200ミリグレイとされます。それ以外では障害が現れたという事例はありません。(注・エックス線、ガンマ線ではグレイ≒シーベルト)
以上から、国際放射線防護委員会(ICRP)は「妊娠中絶をするのに100ミリグレイ未満の胎児線量を理由にしてはいけない」と勧告しています。これは世界的な放射線防護の考え方の常識としてあります。郡山の線量は通常よりも高いと言っても、100ミリシーベルトには到底達しない線量ですから、こういうことを考える必要はないと考えられます。もちろん、100ミリシーベルトまでなら原発からの放射性物質が拡散されても容認される、という意味ではありません。
人体への影響は放射線を受けた期間で変わります。一瞬であたるのと、一年かけて同じ線量があたるのでは生物学的にまったく違います。時間をかけて弱い線量があたると、しきい値がどんどんあがっていきます。ただし、そういうケースでは、疾患や障害が放射線の影響かどうか統計的には分かりにくくなっていくという面もあります。
 
環境放射線の現状

目がさめたら原発がどこかに消えてなくなっていてくれたらいい、と思うのですが、そういうわけにはいかないですね。
原発の中の核分裂生成物、原発から発生するガンマ線は直接わたしたちには届きません。現在の環境放射線の発生源は雨や風で運ばれてきたRI(放射性物質)から出ているということです。今のところ、場所によってばらつきがあるのが測定結果でわかっています。
陽子線治療センターでは周辺に放射線が洩れてはいけないので、建屋の外に何カ所も放射線測定器を常設しています。PETセンターも同じです。
それは遮蔽の証明のために設けられているわけですが、3月15日の計測では飛んできたRIが約10マイクロシーベルト/時。今は0.6から0.8です。建屋の中にもたくさん線量計が設置してあり、365日測っています。今ではほとんど原発事故以前と変わらない水準です。
RIは当初ヨウ素131が支配的でした。それが半減期8日でなくなってきて、現在はセシウム137が割合としては支配的です。大気中に飛散しているものはほとんどないというレベルだと思います。
 
被ばくを防ぐためには
被ばくには内部被ばくと外部被ばくがありますが、現状で重視したいのは内部被ばくです。
これに対する防護は個人レベルでは限界があり、行政による摂食経路管理、土壌除染等が重要です。それぞれの汚染の量は少なくても、汚染されたものを食べ続けると累積されていくことが懸念されます。ただし、もともと食品のなかにもRIは存在しているということも理解しておいてください。
 
現在の放射線をめぐる状況
医療で放射線を扱うわたしたちも被ばくしたくないし悪い影響は避けたいわけです。そこで、イギリスの放射線科医100人を調査した結果があるのですが、がんの死亡率は一般の人より低かったと報告されています。
ICRPの勧告では、一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線の限度は平常時で年間1ミリシーベルトです。この線量の意味は何かと言えば、人工の医療放射線は厳密な管理下にあり、遮蔽などの対応でこれくらいには抑えられるはず、ということで考えられてきた超安全な基準です。ですから、1ミリというのがこれを超えるとたちまちがんになるということではありません。それが科学的事実です。2ミリ、3ミリならどうなるということでもないのです。
ICRPが勧告する値のひとつ、年間20ミリシーベルトについては、危機的な状況では超安全な状態の基準で運用することが難しくなりますから、より現実的な線量ということで段階的に規制値をゆるめて、万が一の対応としてあるわけです。
 
子供たちにとって年間20ミリシーベルトは安全か
年間20ミリシーベルトというのは、小児に対しては若干の疑問符がつくでしょう。これまでのエビデンスは存在しませんが、大人の放射線管理の基準に近いものを適用するのは感覚的におかしい気がします。あくまで期間限定、しかも短期間の暫定値であるべきです。内部被ばくが十分に勘案されていないのでは、という疑問に対しては、行政の対応ができているという前提です。校庭の土壌除染など、可能な限り被ばく低減する努力を今後も継続し、安全を見積もった行政の対応が求められます。
最後に、原発で事故処理にあたる皆さんについてですが、十分に線量をモニターしていくとともに、熱中症などで体調を崩さないか、きちんと管理していくべきだと考えます。
 
文部科学省は8月26日、福島県内の学校などで屋外活動を制限する放射線量の基準値毎時3.8マイクロシーベルトを廃止し、毎時1マイクロシーベルト未満とする方針を県などに通知した。今後、児童生徒らが学校で受ける線量は原則年間1ミリシーベルト以下に抑制する考え。
これによって、福島県内の児童生徒らが学校で受ける線量は、給食などの内部被ばくを含めても年間0.534ミリシーベルトと推計されている。
 
 
■晩発障害
比較的低線量の被ばくの場合、 数年~数十年の潜伏期を経て現れる障害。一般に障害の起因性を急性症状のように放射線被ばくと特定することは困難で、全く放射線被ばくをしていない集団の発症率と比較して被ばくの影響を求めることになる。特定個人の放射線起因性を推定しようとすれば、被ばくする前後の健康状態の変化を含め、過去からのさまざまな健康状態や他の疾病の経緯を総合して判定する。
 
■ 確定的影響・確率的影響
確定的影響とは、ある一定の放射線量(しきい値)を超える被ばくをした場合にだけ現れ、受けた放射線量に依存して症状が重くなるような影響。 確率的影響とは、主にがんや遺伝的影響を及ぼすような晩発障害について用いられ、しきい値がないものと仮定されている。これをLNT(しきい値無し直線)仮説と呼ぶ。
 
■ しきい値・LNT(しきい値無し直線)仮説
一般的にある値以上で影響が現れ、それ以下では影響がない境界の値をしきい値という。低線量放射線のしきい値には諸説あるが、原子力安全委員会では100mSv以下では確定的影響は現れないとしている。確率的影響について、ICRPではしきい値なしのLNTモデルを採用しており、各国の国内規制もこれに準じていることが多い。

 
■ 被ばく線量(外部被ばくと内部被ばく)
被ばく線量とは外部被ばくと内部被ばくを合算したもので、外部被ばくとは人体の外側からの被ばく。内部被ばくとは身体内に取込んだ放射性物質に起因する特定臓器・組織の被ばく。放射性物質を体内に取込む経路には、放射性物質を含む空気、水、食物などの吸入摂取、経口摂取、経皮吸収がある。 ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告には内部被ばくは考慮されていないが、健康への影響を考える際には外部被ばくと内部被ばくを合わせた検証が必要。
 
■ 累積放射線量
原発事故で一般公衆としての私たちが急性障害を受けることはほぼない。しかし、低線量放射線を継続的に浴びる場合、時間的な累積の度合いは重要である。放射性物質をどれだけ浴びたかを数値化したものが累積線量。すでに検出されなくなったヨウ素131(半減期8日)を加えた原発事故発生直後からの数値を、計測不能時の推定を含めて累積することが不可欠。
 
■ ホールボディカウンタ
人の体内に沈着した放射性物質から放出されるガンマ線の計測装置。測定の対象となる放射性核種はガンマ線放出核種で、代表的なものに、セシウム-137などがある。このほか、人体の放射能を計測する装置としては、甲状腺モニタや肺モニタなどの装置がある。また、α線やβ線のみを放出する核種に対しては、便、尿等を測定する生体試料測定法(バイオアッセイ法)が用いられる。測定結果をもとにモデル式にあてはめ、体内に残留している放射能量を計算で推定する。
 
■ ALARA(アララ)の精神
ICRPが1977年勧告で示した放射線防護の基本的考え方。「すべての被ばくは、社会的、経済的要因を考慮に入れながら、合理的に達成可能な限り低く抑えるべきである」という基本的精神に従い、被ばく線量を制限することを意味している。as low as reasonably achievableの略語。