広報誌 SOUTHERN CROSS

 

頭頚部の疾患と耳鼻咽喉科について

 「頭頚部」というのは耳慣れない言葉ですが、そのなかには、耳鼻咽喉科・頭頚部外科が扱う唾液腺、甲状腺や口、鼻、のどのがんが対象に含まれています。
 耳鼻咽喉科が扱う代表的な頭頚部のがんについて、今野先生のお話をもとにまとめてみました。

耳鼻咽喉科が扱う頭頚部のがんとは

 「頭頚部」とは、簡単にいえば顔面から頸部までの部分を指します。その範囲は頭側では脳の底部まで、体に近い方では鎖骨までの範囲を指します。
 この範囲に含まれる、鼻、口、のど、上あご、下あご、耳、耳下腺、顎下腺、甲状腺などの部分にできるがんが「頭頚部がん」です。
 脳・脊髄の病気や目の病気は対象に含まれませんが、耳鼻咽喉科が扱う病気は、目や歯の症状として現れることもあますから、注意が必要です。

「頭頚部のがん」は、QOL(生活の質)と密接に関係

 頭頚部には、顎、顔面、頚部の狭い領域に呼吸、構音、咀嚼、嚥下、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、顔面形態、表情など、QOLの維持に強く関与する臓器が密集しています。
 社会生活を送る上で重要な機能が集中していますから、もしも頭頚部にがんができたときには、手術や放射線照射療法によりQOLは容易に強く障害されてしまいます。
 ですから、頭頚部のがんを治療する上では、QOLとのバランスを保つことや、外観への配慮も必要になります。
 診断にあたっては、1. 癌か癌でないかの診断 2. 進展度の診断(頚部リンパ節転移、遠隔転移の有無/手術による癌の完全除去は可能か?/術後にどの程度QOL(形態、機能)の障害がおこるか?/どの程度、機能修復は可能か? 3.全身状態の評価 を行い、治療方針を決めていきます。 (QOLとはQuality of Lifeの略称)

鼻と咽(のど)のがんについて 声帯と声がれ

 声帯は、息を吸ったときには左右に開いて、空気が入りやすいようになります。
 声を出すときは、左右の声帯は写真1aに示すように中央に移動して、左右の声帯の間の狭い間隔を空気が高速度で流れることで、声帯の粘膜が細かく振動します。それが声のもとなんですね。それを言葉にするのは舌や口蓋や唇です。
 声帯は音源です。そのために風邪をひいたりして、声帯の粘膜が少しでも腫れたりするだけで振動が変わり、声がかれてしまいます。
 声がれは2週間もすれば普通は治るんですが、それが徐々に進行して1カ月以上も続くのであれば、専門家に見てもらった方がいいですね。
 ポリープ(写真1b)ができると、かなりはっきりした声がれ(嗄声・させい)が起きます。ポリープを手術すれば、声がれは簡単に治ります。

喉頭がん

 
喉頭がんは、耳鼻咽喉科が扱うがんとしては甲状腺がんに次いで2番目に頻度の高いがんです。
 喉頭がんになる人のほとんどは、たばこを吸っている人です。
 通常、初期には声帯粘膜の一部が白く、厚く見えるだけですが、このわずかな粘膜の腫れでも、粘膜の振動の変化を起こすことによって、声がれ(嗄声)の原因となります。初期であれば、放射線治療で99%治ります。手術は必要ありません。放射線と内服の抗がん剤を用いて、外来で治療できます。
 徐々に一側全体にがんが広がり(写真1c)、さらに声帯の上下にがんは拡がっていくと、声帯の動きは悪くなり、嗄声は強くなります。
 しかしさらに放っておくと、がんは喉頭全体に拡がり、呼吸困難の原因となることもあります。また、頚のリンパ節に転移を起こします。
 この状態では、手術で喉頭を切除する喉頭全摘術が必要になります。
 喉頭を全部とると声は出せなくなります。喉頭がなくなった人には、電気喉頭と言って、振動で言葉をつくることも可能になっています。
 ただ、どの程度話せるようになるかは、人によってずいぶん違います。それを使って大学の先生をしている人もいますが、家の中で話すのがやっとという人もいらっしゃいます。
 がんの進行状況によっては、喉頭の一部を残して、手術後にも声が出るようにしたり、喉頭全摘後にも気管と食道の間にバイパスを作って声が出るようにすることもあります。
 喉頭の一部を保存して声が残っても、高齢者ですと食べ物が気管に入って嚥下(えんげ)性肺炎を起こし、命をなくすことがありますので、患者さんの年齢と全身状態を考えて治療法を選択します。
 また、頚部のリンパ節に転移を伴う患者さんでは、喉頭全摘と同時に、頚部のリンパ節を切除する頚部郭清術を行います。手術後には放射線治療を併用します。
 私どもの病院における進行度別にみた喉頭がんの治療成績を表1に示します。がんの進行の程度によって治療成績は大きく異なります。
 頭頚部がんで多い扁平上皮がんであれば、5年間再発、転移がなければ、そのがんは治ったと考えます。

鼻の複雑な働き

 鼻(鼻腔)は単に空気を通す管ではありません。鼻の粘膜は吸い込んだ冷たい空気を暖め、乾燥した空気に湿度を与え、吸気中の細かいごみや異物を取り除く加温・加湿器、空気清浄器の役割を果たしています。
 たとえば零下何十度という冷たい空気を吸っても、湿度0%の砂漠の乾いた空気を吸っても、鼻の中で空気は体温まで温められ、湿度も100%近くになります。また、10ミクロン以上の吸気中の異物は、鼻の粘膜をおおう粘液に捕まるために、吸入された20ミクロンの大きさを持つスギ花粉の大部分は鼻の中にとどまります。これがスギ花粉症の原因になっています。
 鼻の上部には匂いを感じる神経が分布しており、鼻づまりが強いと匂いも障害されます。
 加温・加湿器、空気清浄器としての機能を果たすために、鼻はもともと狭くできておりますので、どうしても鼻づまりが起こりやすい状態にあります。
 ところが、今まで鼻づまりがなかった方が、片方だけ鼻づまりが強くなってきて、1カ月以上続くようなら、鼻の中の空気の流れを妨げる粘膜の腫れやできものができたのではないかと疑います。
 ただし、鼻のなかを見て診断するのは非常に難しいんですね。鼻には周辺に副鼻腔という洞窟みたいなものがたくさんあります。もともとは全体がひとつの鼻だったんですが、人間の鼻は退化して現在の状態になっております。
 写真の2aの正常な鼻と副鼻腔のCT画像を見て下さい。
 鼻(鼻腔)の外側と上外側、さらに後上方にはそれぞれ上顎洞、篩骨洞(しこつどう)、蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)と呼ばれる副鼻腔が拡がっています。鼻腔と篩骨洞の上方は脳と接し、上顎洞の上方と篩骨洞の内側は眼と接しています。また、蝶形骨洞の両側の上外側には視力を保つためにとても大切な視神経が走っています。鼻と副鼻腔の病気が原因で眼や脳の障害が起こる理由を理解して頂けると思います。
 鼻腔と副鼻腔は3ミリメートル程度の大きさの細い孔(あな)で交通していますが、風邪、その他の原因で副鼻腔の表面をおおう粘膜が腫れると、この細い孔は閉じてしまい、副鼻腔の中に膿が溜まります。これが蓄膿症(化膿性副鼻腔炎)です。

鼻のがんについて


 声帯にわずかな腫瘍ができれば声がれの症状が出るんですが、残念なことに副鼻腔は広いためにがんができても小さい間は症状を起こしません。
 最も大きい副鼻腔が上顎洞ですが、しばしばここにがんが発生します。
 上顎洞の上壁は眼、内側は鼻腔、上内側は涙の通路である涙嚢(るいのう)と鼻涙管、下壁は歯の根っこ(歯根)に接しておりますので、上顎洞のがんはできた場所とがんの進行の方向によって異なった初発症状が見られます。
 上壁にできたがんが上方に進行すれば複視(ものが二重に見える)、眼球突出(眼が飛び出す)などの眼の症状が中心となります。また、上内側にできたがんも初発症状は「涙がこぼれる(流涙)」ですので、患者さんは眼科を受診します。
 下方にできたがんが下方に進行すると、歯痛が初発症状で、そのうちに上の歯ぐきが腫れてくるために歯科を受診します。
 内側にできたがんが、内側方向に進行すると鼻づまりと血の混じった鼻汁が見られ、耳鼻科を受診します。
 同じ上顎洞がんでも、がんのできる場所によって初発症状が異なるところに、このがんの早期発見の難しさがあります。多くは進行した状態で、来院する患者さんが大部分です。
 しかし、少しでも疑いがあれば、CTの撮影によって、さらに内視鏡下に生検を行うことによって診断は容易にできます。(写真2b参照)
 一方、鼻腔、篩骨洞にできるがんの初発症状は一側の鼻づまりと血が混じった膿性鼻汁が大部分であり、この症状があれば、まずはがんを疑い、検査を勧めます。
 まれに眼の症状が初発症状であることもあります。
 鼻副鼻腔の治療は放射線照射と抗がん剤をがんを栄養する動脈に直接注入する動注化学療法に手術を組み合わせて治療する方法が標準治療となっております。術前治療でがんをできるだけ小さくしておいて手術する方法です。
 手術後の顔面変型、機能障害をできるだけ小さくするために、同時に骨移植や腕の皮膚、お腹の皮膚、筋肉、脂肪を移植する再建手術を併用します。
 鼻や歯ぐき、歯肉にできるがんの中で、特に悪性度が高いために治療が難しいがんに悪性黒色腫があります。
 重粒子線や陽子線の効果が良いためにこれらを用いた放射線治療が行われておりますが、放射線医学研究所(千葉市)で治療された頭頚部悪性黒色腫の治療成績は5年疾患特異的生存率39・6%、累積生存率22・0%と報告されております。
 私たちは、手術、放射線照射、化学療法の併用で治療し、最近の2年間は陽子線照射を併用しておりますが、過去11年間にわれわれが治療した悪性黒色腫7名(4名鼻腔、3名上歯肉、口蓋)はすべて再発転移なく生存しております。
 私たちが治療した19名の上顎洞がん、21名のその他の鼻腔がん、副鼻腔がんの治療成績を表2に示しますが、疾患特異的生存率はそれぞれ77・3%、100%です。
 ただし、現在、担がん(がんを体内に持っていること)生存中の患者さんがそれぞれ2名、1名含まれております。

ある患者さんの症例から

 ある患者さんは、地元の大学病院で「もう手の施しようがない。終末期医療しかない」と言われて、流されるようにしてこの病院にやってきました。CTの画像を見ると、脳を覆う骨の一部まで壊れていて、どうしてここまで放って置いたのかと思うんですが、そういう方が現にいらっしゃるんですね。やはり終末期医療がいいのかな、とも思いました。上顎洞がんです。
 そのときのPET(ペット)画像(写真3)を見ると、顔面の大部分が、がんなんですね。そして両側の頚部のリンパ節に多数の転移がありましたが、幸いなことに全身に転移はない。非常に難しい症例でしたが、可能な治療法があれば何でも行ってほしいという患者さんの強い希望があったために治療をしました。
この病院にはいろいろながんのスペシャリストがいます。そのなかには動注化学療法と言って、血管のなかに細い管を入れ、直接がんに大量の抗がん剤を高濃度に注入する技術を持つ放射線科医のグループがあります。それからIMRTという特別な放射線治療グループもあります。
 そうした治療法を駆使した結果、患者さんのがんは、数カ月後非常に小さくなりました。しかし、一部を削って調べると、がんは残っていました。そこで患者さんと相談し、手術をすることにしました。
 当初は手術できる状態ではありませんでしたが、その状態なら手術はできる。患者さんも「助かる見込みが少しでもあるなら、外観はどうでもいいですから、助けて下さい」ということで手術をしました。
 再建にあたっては、お腹の皮膚と筋肉と脂肪、肋骨をワンブロックで顔面に移植して移植組織の細い血管を頚の血管につなぎました。ちょうど1年後にCT検査をすると、再発も転移もなく、2年後も大丈夫でした。これは治るかもしれないと思っています。3年経てばかなりいい。5年経てば大丈夫ということです。もう駄目だと思った患者さんも治ることがありますので、希望は持ち続けます。
 しかし、残念ながら、がんは、手術で大きくとればとるほど治る可能性は高まりますが、切除の大きさ、範囲に比例して形態と機能が損なわれます。特に頭頚部のがんの手術は顔という外観に影響してしまいますから、患者さんが手術は嫌だと言えば、保存的な治療にならざるを得ません。
 患者さんが、放射線の副作用や手術後の機能と形態の障害をどこまで許してくれるのか、がんの根治の望みと術後の障害、そのバランスを考えながら、常にわれわれは治療法を選択しているのです。

舌がんの初期

 舌がんは口のなかのがんの代表です。
 初期症状は舌がしみる、痛いというもので、口の中を見ても、ただの口内炎と最初は判別がつきません。
 舌の一部が白く、そこを触ってみて、その周辺が一部でも固いと思ったら、専門医に診てもらって下さい。舌がんは虫歯か、合わない義歯が原因になることが多いがんです。舌は常に動いていますので、小さな傷が出来ては治って、また傷になって、ということを繰り返しているうちに、がんになることが多いのです。(写真4a・4b) 初期の舌がんは、ほとんど治ります。舌がんも早期発見、早期治療が大事です。

舌がんの治療について

 では、舌がんをどう治療するか。
 いろいろな治療法がありますが、その中に放射線と動注化学療法の併用という治療法があります。
 動注化学療法とは、血管のなかに細い管を入れ、直接がん細胞を栄養する動脈の中に大量の抗がん剤を高濃度に注入する治療法です。
 小さくて機能障害が出ないようながんなら、手術で切除するのが一番簡単です。しかし、舌の半分以上を切除すると、機能障害が起きます。
 ですから、動注化学療法を用いて、できるだけがんを小さくして、舌が半分は残るような状態にしてから手術をします。

機能障害、形態障害と治療

 舌の半分が残っていて、それが自由に動くなら、言葉も機能もかなり温存されます。残った舌が自由に動ける状態に保つために、舌の再建手術を行います。腕の皮膚を、動脈と静脈をつけた状態で持ってきて舌に移植します。血管は顕微鏡下で頚の動脈、静脈と吻合します。腕には足から薄い皮膚を持ってきて貼り付けます。
 舌に移植された腕の皮膚は舌として自分で動くことはありませんが、反対側の舌の動きにつられて動き、大きな言葉の障害にはなりません。
 しかし、舌の切除範囲が二分の一を超すと、切除範囲に応じて言葉の障害は増してきます。舌はある程度のボリュームがないと、言葉を作るという機能を果たせません。そのために舌の二分の一以上を切除した場合には、お腹の筋肉、脂肪と皮膚(腹直筋皮弁)を動脈、静脈がついた状態で口の中に移植し、頚の動脈、静脈に吻合する手術を行います。(写真4c参照)
 口の中にできるがんには、舌がんのほかに口腔底がん、歯肉がん、頬粘膜がん、硬口蓋がんなど、口の中の粘膜のすべての場所にがんはできます。
 実際に口の中を診て、触れてみればがんの疑いがあるかないかは容易に分かります。
 少しでも疑いがあれば、ごく一部を生検して組織検査を行います。診断は容易です。
 舌がんとその他の口の中にできたがんの治療成績を表3、表4に示します。
 5年疾患特異的生存率は舌がんで87・8%、下歯肉・口腔底がん85・1%、上歯肉・頬粘膜がん100%であります。
 治療後の5年間で舌がん、下歯肉・口腔がんのために亡くなった方が、それぞれ12・2%、14・9%であったことを示します。
 当然、がんが小さければ小さいほど、治療成績は良くなりますし、治療後の機能障害も軽度となりますので、早期診断、早期治療が何よりも重要です。


耳下腺腫瘍の特徴


 耳下腺は耳の前から耳の下にかけて拡がる唾液腺であり、唾液を作る働きをしております。
 表5に私たちがこの病院で治療した耳下腺良性腫瘍と悪性腫瘍の種類と患者さんの数を示しますが、耳下腺には非常に多くの種類の腫瘍ができます。約5人に1人はがんです。
 耳下腺腫瘍の治療の第一の難しさは、耳下腺の真ん中を上中下の枝に分かれながら上方、前方、下方に走り、眼や口、鼻のまわりの表情筋に分布する顔面神経と関係があります。
 耳下腺腫瘍は少し大きくなると、この顔面神経の枝は腫瘍に接して走るようになり、かなり大きくなりますと、腫瘍のまわりを取り囲むように、腫瘍に貼り付いて走るようになります。
 耳下腺腫瘍の治療は良性腫瘍も耳下腺がんも、手術が中心となりますが、耳下腺腫瘍の手術は、この顔面神経の手術でもあります。
 良性腫瘍の場合は、まず顔面神経を露出して、神経の枝を傷つけないように細心の注意を払いながら、腫瘍のまわりに正常の耳下腺を1センチメートル程度つけて腫瘍を切除します。
 大きな良性腫瘍の場合には、腫瘍に接している顔面神経を腫瘍の表面からはがしながら、神経を保存して腫瘍を切除しますが、神経の枝を腫瘍からはがすことによって、一時的に顔面神経麻痺が起こることがあります。しかし、神経を切らなければ、数カ月後には顔面神経麻痺は回復します。
 耳下腺がんが顔面神経の枝に接している場合には、腫瘍と一緒に顔面神経の一部を切除せざるを得ません。
 わずかでもがんの細胞が残れば、再発、転移がおこるからです。
 顔面神経を切除した場合には、頚や足から移植用の神経をとって、これを顔面神経に移植します。
 若い患者さんでは、神経移植によって顔面の動きはかなりの程度まで回復しますが、高齢者では顔面麻痺の回復は部分的であり、しばしば二次的に眼や口の形成手術を行っております。
 多形腫瘍は、耳下腺良性腫瘍の中では最も頻度の高い腫瘍です。
 この腫瘍は長い年月をかけて徐々に大きくなりますが、そのうちにがんに変化し、急激に大きくなることがあります。
 以前からあった耳下腺腫瘍が急に大きくなったり、痛みをともなうようになったり、または顔面神経麻痺が生じた場合には、多形腫瘍のがんへの変化を考えます。
 多形腫瘍の手術中に腫瘍を包んでいる膜(被膜)が破れると、腫瘍細胞がまわりに散らばって、数年から10数年後に多数の多形腺腫が再発します。
 多発性に再発した多形腺腫の治療は難しく、再発を繰り返す間にがんに変化することが少なくありません。
 これまで私たちは他の病院で多形腺腫の手術を受け、多発性再発した患者さんを13名再手術しておりますが、5名はがんに変化しておりました。
 多形腺腫の再発を考えると、大きくなった多形腺腫の表面から顔面神経の枝を剥がすのは、とてもこわいことです。腫瘍が小さいうちに確実な手術を行うことが重要です。

耳下腺腫瘍の特徴


 耳下腺がんには、たくさんの種類があることをお話しましたが、腫瘍の種類によって悪性度は違います。
 悪性度が強いがんの手術では、がんのまわりを広くつけて切除しますし、悪性度の低いがんでは切除の範囲を小さくとります。
 そのために、がんが疑われる耳下腺腫瘍の場合には、太い針を用いて針生検を行い、腫瘍の一部をとって組織診断を行います。
 腫瘍に太い針を刺すことで、腫瘍細胞がまき散らされるリスクがありますので、針生検は手術の4~7日前に行い、針を刺した皮膚、皮下組織は手術の際に一緒に切除します。
 悪性度の強いがんも、中程度悪性、低悪性がんでも、切除の範囲に不安がある場合には、手術後に放射線治療を追加します。
 これまで私たちが治療した初診時に遠隔転移のない耳下腺がんの治療成績を高悪性がんと中程度および低悪性がんに分けて、表6に示します。
 5年および10年累積生存率は、高悪性がんで93・8%、および72・9%、低および中程度がんでいずれも89・5%であります。
 初診時に遠隔転移がない患者さんでは、耳下腺がんそのもので亡くなった方は、高悪性がん1例でした。

甲状腺と反回神経

 甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にある内分泌腺です。左葉と右葉があり、真ん中で繋がっています。裏返しにすると、甲の字に似ているので甲状腺と呼ばれています。
 甲状腺は気管に貼り付いていて、甲状腺と気管の間を、声帯の動きをコントロールする反回神経が走っています。
 甲状腺のがんは、小さいうちなら一側の甲状腺と一緒に切除することで、容易に治すことができますが、ある程度の大きさになると気管の壁に浸潤してしまい、気管の壁の一部も甲状腺と一緒に切除しなければならなくなります。すると、気管の再建が必要になります。また、反回神経にがんが浸潤すると声帯の運動麻痺が起こり、急に強い嗄声(させい)が起こります。
 風邪や声の出しすぎのような原因が明らかでない嗄声が急に起こった患者さんでは、反回神経の周囲のがんや動脈瘤などを疑って検査を行いますが、その場合、頻度が最も多いのが甲状腺がんです。

甲状腺の働きとバセドウ病、橋本病


 甲状腺は甲状腺ホルモンを分泌しています。甲状腺ホルモンは体の新陳代謝を促進する働きを持っています。
 甲状腺には濾胞(ろほう)と呼ばれる球状の袋がたくさん詰まっています。その袋の中にホルモンを作る細胞があって、作り出された甲状腺ホルモンを蓄えています。これが血液の中に分泌されることによって体に甲状腺ホルモンの働きが作用します。
 甲状腺ホルモンの働きについては、甲状腺機能が亢進したひとと、機能が弱ってきた人の症状を見るとよくわかります。
 甲状腺機能の亢進による典型的な症状は、バセドウ病に見られます。精神的には活発で元気になり、興奮しやすくなります。じっとしていられず、暑がりになり、目がぎらぎらする。食欲が出てよく食べるのに体は痩せてきます。重症のバセドウ病の場合は、命に危険が及ぶ場合もあります。
 反対に機能が弱ってしまう病気に橋本病があります。橋本病が進行し甲状腺機能が低下すると、症状としては、元気がなくなる。体はむくんで太ってくる。体温が低くなって寒がりになる。汗がでにくくなり貧血気味で動作も鈍くなります。まれにうつ病と間違われることもありますが、血液検査とエコー検査(超音波検査)で橋本病は容易に診断できます。
 甲状腺の病気で一番多いのは、こうした甲状腺機能の異常です。機能亢進症の代表がバセドウ病で、機能低下の代表が橋本病ということになります。

甲状腺の病気の治療

 バセドウ病の治療は、まず薬で甲状腺機能を抑えます。しかし、その薬には、発疹、じん麻疹、白血球減少や肝機能障害など、いろいろな副作用もあります。副作用についてもよく理解して頂きながら治療を続けることが必要になります。
 薬で良くならなければ、手術をして甲状腺の大部分をとるか、放射線を使います。そのときに使うのがヨード131です。残念なことに原発事故でよく知られるようになりました。
 ヨウ素というのは、体に入ると甲状腺に集まります。放射線を出すものであれば、甲状腺の細胞を壊すことになります。その性質を利用して、ヨード131を使ってバセドウ病を治療します。
 橋本病は、慢性甲状腺炎の別名であり、関節リウマチなどと同じ膠原病、自己免疫疾患の一つです。女性に多い病気で、多くの患者さんは無症状で経過し、治療を必要としません。患者さんは6カ月ごとに血液検査とエコー検査を行い、甲状腺機能が低下していないことと、悪性リンパ腫やがんなどが二次的に発生していないことを確認します。
 一部の患者さんでは、甲状腺機能が徐々に低下する方がおりますが、その場合には甲状腺ホルモンを補充する治療を行います。

甲状腺がんの検査

 自分で甲状腺腫瘍をみつけて来院される患者さんは少なく、検診で胸のCTで見つかるケースや、甲状腺のエコー検診、または頚の動脈のエコー検査の際に甲状腺腫瘍がたまたま見つかって来院される方が大部分です。
 この病院ではPET検診を行っていますから、それで見つかるケースも少なくありません。PET検査はPETとCTが組み合わされた検査ですが、CTで甲状腺に腫瘍が認められ、PETで腫瘍に限局的にアイソトープ(FDG)が集まる場合には、強くがんを疑います。
 しかし、PETで腫瘍にFDGが集まっても、30%の方は、がんではなく、濾胞(ろほう)腺腫ですので、細胞診を行って、がんであるかどうか、確認します。
 PETで甲状腺全体にFDGが集まる場合には、橋本病を考えます。
 甲状腺がんの検査の手続きとしては、まずエコー検査で甲状腺の中に腫瘍があることを確認し、エコーで見ながら腫瘍に細い注射針を刺して細胞をとって、がんの細胞があるかどうかを検査します。
 これを細針穿刺(せんし)吸引細胞診といいますが、1回の検査で吸引される細胞の数はわずかですので、1回の細胞診で正確な診断が得られないことが少なくありません。
 そのために日を変えて一つの腫瘍に3回細胞診を行って、がん細胞が見られない場合には、良性腫瘍として6カ月に1回、エコー検査を行い、大きさの変化を観察します。

甲状腺がんについて


 甲状腺悪性腫瘍の分類と私たちの病院で治療した甲状腺がんの患者さんの数を表7に示します。
 圧倒的に多いのが乳頭がんですが、乳頭がんの細胞は特徴的な形をしているために細胞診で診断できます。
 乳頭がんは頭頚部がんの中では一般的におとなしい、経過の長いがんです。
 しかし、頚部のリンパ節に転移しやすいがんでもあります。小さい甲状腺乳頭がんでは一側の甲状腺と同側の気管周囲のリンパ節を切除して、顕微鏡でリンパ節転移が起こっているかどうかを検査します。
 私たちの病院では、甲状腺乳頭がんの患者さんの74%で、気管周囲のリンパ節またはその外側の頚のリンパ節に転移が認められております。








甲状腺がんの治療

 がんが大きい場合、または両側の甲状腺に腫瘍がある場合には、両側甲状腺を切除します。
 また、外側頚部にリンパ節転移がある場合には、同側の頚のリンパ節全体をきれいにする手術を行います。
 次に頻度の多い濾胞がんは甲状腺がんの5~10%のがんですが、肺や骨に転移しやすく、しかも穿刺吸引細胞診では診断できないという問題があります。濾胞がんの細胞は良性腫瘍である濾胞腺腫の細胞と区別できず、細胞診では良性腫瘍と診断されてしまいます。
 濾胞がんの診断は、手術で腫瘍を切除して、細胞ではなく腫瘍全体の組織検査を行うことによって、がんと診断されます。
 そのために細胞診では、濾胞腺腫(良性腫瘍)と診断されても腫瘍が大きい場合や、エコーによる経過観察で成長速度が速い場合、または、胸の中に大きく拡がっている腫瘍、気管を強く圧迫している腫瘍は、手術で切除して組織検査で診断を確定します。

診断の流れ

 病気の診断の流れとしては、まず、問診をして首を触ってみます。検査で一番重要なのはエコーですね。
 甲状腺全体が腫れてエコー検査で甲状腺の血流が異常に多い場合には、バセドウ病を考えます。
 一方、全体が斑紋状にみえて、血流が少なく、低エコー部が散在性に認められる場合には、橋本病を考えます。
 エコー像からバセドウ病、橋本病、急性甲状腺炎、思春期の女性に多い単純性びまん性甲状腺腫を鑑別した上で、血液検査で診断を確定します。
 一方、エコーで結節、腫瘍を認める場合には、穿刺細胞診を行って、がん細胞の有無を調べます。細胞診で濾胞腺腫(良性腫瘍)の診断の場合には濾胞がんの可能性を念頭において、腫瘍が大きければ手術を行って、組織診断を行います。
 髄様(ずいよう)がんは、まれな腫瘍ですが、血液の腫瘍マーカーが陽性にでることが多く、エコー検査と穿刺細胞診で疑いがあれば手術を行って、組織検査で診断を確定します。
 未分化がんは急激に大きくなって、気管を圧迫、または浸潤して呼吸困難を起こす、治療が非常に難しいがんです。
 疑いがあれば急いで生検をして診断を確定し、できるだけ早期に、できるだけ広く切除しない限りがんを治すことはできません。

甲状腺がんの有病率と生存率

 甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年度版によれば、日本人における甲状腺がんの有病率(注)は、人口1000人当たりで男性0・6人、女性1・9人です(2003年)。男性は女性の半分以下ですね。甲状腺がんでなくなる方は人口10万人当り男性 0・84名、女性 1・61名になります(2007年)。
 治療したあとの5年生存率は90%、10年になると生存率は80%です。ほかのがんよりも経過は良好で、肺や骨への遠隔転移を伴いながらも生きておられる方が少なくありません。
 それでも10人に1人は5年以内に、2人は10年以内に亡くなるわけですから、早期発見、早期治療は大切です。
 小さい甲状腺乳頭がんは手術せずに経過を見るという考え方もあります。
 しかし、甲状腺がんは小さくてもしばしばリンパ節転移を起こしますし、どのようながんが転移を起こさずに徐々に局所だけで大きくなるのかは分かりません。
 やはり小さい間に切除するのが原則だと考えます。

アレルギー鼻炎とは?


 今野昭義先生が所長を務める財団法人脳神経疾患研究所 附属 総合南東北病院のアレルギー・頭頚部センターでは、「甲状腺がん」や「口、鼻、咽のがん」とともに、「アレルギー性鼻炎」の治療にも力を入れています。
 「アレルギー性鼻炎」とは、くしゃみ、鼻水、鼻づまりといった症状が特徴。朝夕などに発作的に起こるという特徴があります。アレルギー反応を起こす原因物質(アレルゲン)によって、季節性アレルギー性鼻炎と、通年性アレルギー性鼻炎のふたつに分類されます。
 毎年春になると多くの人が悩まされる花粉症は季節性アレルギー性鼻炎。花粉がアレルゲンであるため、花粉の飛ぶ季節だけ症状が現れます。
 主なアレルゲンは、スギ、ヒノキ、シラカバ、ブタクサ、ヨモギなどです。
 くしゃみと鼻水は抗原の刺激を受けて間もなく現れますが、鼻づまりはやや遅れて現れ、長時間続くため、口で呼吸してノドを傷めたり眠れなくなったりと、とても厄介なもの。
 治療法は薬物療法が一般的ですが、症状に応じて免疫療法や手術療法を行うこともあります。平成26年には、これまでのように頻回の注射や、頻回の通院を必要としない免疫療法が保険認可される見通しですが、今後は体質改善を目的とする免疫療法がスギ花粉症治療の大きな柱になるものと考えられます。
 通年性アレルギー性鼻炎は、アレルゲンが一年中あるので、一年中症状があります。
 主なアレルゲンは、ダニ、家の中のちり(ハウスダスト)、ゴキブリなどの昆虫、ペットの毛、フケなどです。
 生活の中では、▽アレルギーの原因となる抗原を調べ、身の回りから除去する▽鼻やのどを乾燥させないよう、うがいや加湿器などで守る▽鼻水を強くかむと中耳炎を起こしやすいので、強くかまないようにする▽鼻づまりがひどいときは、温かい蒸しタオルを鼻の付け根にのせるなどを心がけましょう。
 春先になると花粉症の症状に悩まされている方や、アレルギー性鼻炎が疑われる症状がある方は、一度専門医を訪ねてみることが、やはり大切です。