広報誌 SOUTHERN CROSS

 

切らずに治す「サイバーナイフ」とは?

 手術や抗がん剤、放射線治療など、がん治療は医療機器や技術の発展によって、目覚ましい進歩を遂げてきました。  特に放射線治療は、がんだけに放射線を集中照射することで、「切らずに治す」最新の治療機器が開発され、がんの種類や進行の度合いによっては手術と同等かそれ以上の成績が期待されるようになりました。
 サイバーナイフ治療は、こうした最新の放射線治療のひとつです。副作用や体への負担が少なく、根治も可能な治療法として多くのメディアでも紹介されてきました。
 日本ではまだ馴染みの少ない治療法ですが、新百合ケ丘総合病院でサイバーナイフ治療にあたる宮﨑紳一郎先生による講演をもとに、サイバーナイフ治療の原理と実際についてご紹介します。

「サイバーナイフ」の4つの特徴


                  「ロボットアーム」
「サイバーナイフ」は、これまでの治療法の苦痛や欠点を払拭し、切らずに病変だけを狙い打つ、安全で痛みのない治療を実現します。

■1. 高性能:病変だけを狙い打つ最新の治療「病変追尾システム(Target Locating System : TLS)」
 最先端の画像解析技術と巡航ミサイルに使われている情景照合装置(DSMAC-2)を応用した病変追尾システムが病変部を追尾し正確に治療します。 病変が動いてもこれを追尾して正確に治療するためのサイバーナイフ独特のシステムを有しています。

■2. 低浸襲性:治療のつらさ、痛みを伴わない「プラスチック製マスク」
 頭部切開や痛みを伴う頭蓋骨への金属フレーム固定は不要。治療の際に着脱式のプラスチックマスクを装着するだけで高精度な治療が可能になりました。

■3. 治療自由度:通院での定位放射線治療が実現「分割治療」
 フレーム固定が必要な放射線治療では、その日だけの1回照射による治療しかできませんでした。しかし、サイバーナイフでは通院により数日間に渡る分割的な照射治療の応用も可能です。

■4. フレキシブル:大きな病変にも対応 「ロボットアーム」
 先端にX線発生装置を装着した6つの関節を持つロボットアームが1,200の方向から正確に放射線(X線)を照射。従来不可能だった頭蓋底、脊髄、体幹部をはじめ広範な部位に発生した腫瘍に幅広く対応できます。



サイバーナイフについて

 サイバーナイフは、脳神経外科医でアメリカのスタンフォード大学教授のジョン・アドラー氏が開発しました。2000年になるちょっと前のことです。病巣に向けてエックス線を多方向から集中照射し、がん細胞にダメージを与える定位放射線治療装置で、単発のがんなら短期間の治療で根治できるなど、すぐれた治療成績が得られています。
 従来の放射線治療に比べ、周辺の健康な細胞への影響が抑えられ、副作用が少ないという特長があります。
 シリコンバレーでアドラー氏に初めてお会いしたときは、膵臓がんの治療をしているというのをお聞きして、脳神経外科医なのに、と驚いたのを今でも覚えています。
 サイバーナイフが誕生した初期の頃から、私は脳神経外科医の福島孝徳先生とともにその可能性に注目し、サイバーナイフ治療を続けてきました。もう10年になります。現在の機械は飛躍的に性能も向上しました。
 新百合ヶ丘総合病院のものは世界で最も新しい第4世代のものです。
 サイバーナイフは、まだ日本で25台くらいしかありません。国立がん研究センターにも導入されました。世界的には、北米で158台です。ヨーロッパは、私が始めたときには2台しかありませんでしたが、今では64台です。
 世界には2台設置して次々に治療している施設もあります。アメリカのスタンフォード大学やジョージタウン大学がそうです。
 実際にどれくらいの患者さんが治療を受けているかというと、1年間に世界で25000人から30000人というところです。
 私が朝から次の日の朝まで一生懸命計画を立てて一年間に治療するのがだいたい600人です。日本では一カ所で年間200人治療しているところはそれほどないと思いますから、まだまだ少ないわけですね。

サイバーナイフ治療の原理


サイバーナイフの治療計画画像/ごく細い放射線を多方向からがんだけに集中照射する
治療の対象となるのは、最初は頭だけでしたが、脳から脊髄を追いかけると全身に至り、体中どこでも治療できるようになりました。
 サイバーナイフの治療計画の画像(写真:下)を見ると、無数の放射線をまるで刺繍のように組み立てているのがわかると思います。一本一本の放射線は弱いんですが、全体が集中したところには大きなダメージを与えることができます。
 太陽の光は普通浴びているときには何ともないわけですが、レンズで光を集めると、焦点の紙が焼けてしまうのと同じ理屈です。
 ですから、正常細胞を傷つけず、体の深いところにある病変を狙い打ちできるわけです。
 治療計画は一人ひとりに応じて立てていきます。サイバーナイフ治療も、正確な診断が前提になります。画像診断機器の性能が著しく向上してきたことが、こうした治療を支えてくれています。
 PETやCT、MRI検査でがんの正確な位置や大きさなどを測定し、その画像をもとに、放射線を当てる部分と当てたくない部分などを指定します。こうした画像をもとに、治療計画を設定した後は、コンピュータが最適な照射方向を割り出します。大事な血管や神経がすぐ隣にあって手術できないものについて、その腫瘍だけを狙って治療することができます。
 照射精度は高く、誤差は0・5ミリにすぎません。放射線はナローペンシルビームと呼ばれ、鉛筆の芯のように細く、100カ所からロボットが頸をふって、3次元、12方向から、最大1200の放射線を打つことができます。
 実際には1回の治療で150~200ぐらいの放射線ビームをうつと、だいたい30分くらいの治療になります。
 狙う腫瘍を指定して計画を立てると、コンピュータ制御でロボットアームが動き、狙いを外しません。目や脊髄、頸動脈などの大事な部位に影響がないように正確に放射線ビームを照射します。
 ミサイルの標的捕捉システムが応用されていて、人間が呼吸などで動いても、腫瘍を自動的に追尾してくれるのです。
 サイバーナイフは、ある程度塊になっていれば、脳腫瘍などの頭頸部のがんのほか、肺や肝臓、骨盤内の腫瘍など体幹部のがんも治療できるようになってきました。
 分割治療といって、何日かに分けて治療できるので、腫瘍の大きさに2センチ、3センチという制限はなく、一番長い治療期間でも2週間くらいで済みます。
 目や頭を治療するときは、プラスティックのマスクを個別につくって頭を固定しますが、治療中は痛みもなく、「こんな治療で効果があるのか」と、患者さんがかえって不安がることもあるほどですが、早い人なら3日で人生が変わります。

局所制御で放射線を精密にコントロール

 サイバーナイフは、放射線を精密に局所コントロールして治療します。
 下咽頭がんのある患者さんはステージⅣで一部は転移も確認されていました。ほかの病院では「声帯も全て摘出せざるを得ない」と宣告され、新百合ヶ丘総合病院のサイバーナイフ治療を選択されました。12回の照射で、がんはほぼ消滅しました。
 患者さんは大学病院からの紹介というケースも多いですね。
 ある患者さんは、神奈川県の大学で膵臓がんの手術をしたのですが、大事な血管の周囲の腫瘍が残ってしまいました。手術では難しいわけです。そこで、その部分だけを狙って治療すればいいかということを大学の医師の方と相談し確認して治療しました。
 甲状腺乳頭がんの患者さんでは、かなりの数の患者さんが新百合ヶ丘総合病院に足を運んで下さっています。サイバーナイフで治療します。
 ある女性の方は、30歳をちょっと過ぎた頃に胃がんで抗がん剤治療をして、30代の半分を費やしてしまった経験をお持ちでしたが、新たに乳がんが見つかったとき、あの治療をまたやるのは嫌だということで、サイバーナイフ治療を選択されました。その方の場合ですと、3日間治療すると腫瘍はなくなりました。
 子宮頸がんの患者さんもいらっしゃいます。標準治療でやると、一定の範囲で放射線を2カ月にわたってかけますが、生理がなくなったり、いろいろな副作用もありますから、サイバーナイフで治療するという選択肢もあるわけです。
 子宮体がんの患者さんは、手術をしてもがんが残ってしまい、抗がん剤治療も効きませんでしたが、だいたい10日間の治療で腫瘍がなくなりました。
 最近では、近くの大学の教授が乳がんについて一緒に協力して治療にあたろうと申し出てくれたり、婦人科の教授から一緒にやっていきましょうというお声かけを頂いたりして、治療に取り組んでいます。
 ある男性の患者さんは髄膜腫という病気でしたが、私のところに来たときは車椅子で、普通にしゃべれるんですが、歩けない。ある大学病院で3回手術をしたあとでしたから、皮膚も見るからにペロペロになってしまっていました。本当は福島孝徳先生の手術を求めて来られたのですが、手術もできない状態でしたから、福島先生の勧めもあって、サイバーナイフ治療を行いました。3年くらいしたら、その方が診察室のドアを開けて歩いて入ってきて、そのときはさすがに私も泣いてしまいましたね。

機能を温存し身体に負担の少ないがん治療

サイバーナイフの一番の特長は、機能を温存するということです。特に頭頚部のがんの場合は、治療法によっては、顔が変型してしまったり、人前に出られなくなったり、うまくしゃべれなくなったり、ものを飲み込めなくなったりということがあるわけですね。ですから、PET画像などをもとに、耳鼻咽喉科の先生と相談して治療計画を立て、腫瘍だけを狙って治療します。
 外耳道がんのように、耳にできるがんは外科治療で切除する手術が今でも行われますが、耳をとる、目をとる、顎をとるというのは、外観を損ないますから、サイバーナイフで治療しました。その患者さんは、大学の先生の紹介の方でしたが、「きれいに腫瘍がなくなった」と、先生から写真を送って頂きました。
 サイバーナイフは、定位放射線治療です。腫瘍だけを正確に狙って局所制御して治療していくわけです。腫瘍は治療直後にすぐになくなるのではなく、次第に小さくなって治ります。「切らずに治す」ことでQOLを維持し、患者さんの体の負担を少なくすることができます。社会生活への復帰も容易で、働きながら通院したり、高齢で体力に不安がある方にも治療が可能になるわけです。
 がんによってはほかの治療法がより適切な場合もありますから、あくまでも治療法の選択肢のひとつですが、21世紀のがん治療として、大きなメリットがあることをご理解頂ければと思います。