広報誌 SOUTHERN CROSS

 



現在の陽子線治療に加えて
新たに導入されるがん治療の革命
BNCTについて

 南東北BNCT(注1)研究センターの建物が、陽子線治療センター西側に完成しました。
 現在は、設置された機器の調整や試験運転へ向けた準備などが進められており、今後は安全性などの確認、医療機器として厚生労働省の認可を得るためのいわゆる〝治験〟が行われ、その上でBNCT治療施設として本格的な臨床への応用が始まります。
 BNCTとは、ホウ素薬剤を取り込んだがん細胞だけを選択的に破壊し、正常細胞を傷つけず、腫瘍だけを死滅することができる新たな治療法です。
 すでに、京都大学や筑波大学、東京理科大学などとの共同研究がスタートし、〝日本発〟であり、〝世界初〟のがん治療として注目されるBNCTですが、それはどのような治療法なのでしょうか。
 また、これまでの放射線治療とは別次元の治療と位置づけられるBNCTには、どのような可能性が秘められているのでしょうか。
 東京大手町の経団連会館で開催されたセミナー(注2)での渡邉一夫南東北グループ総長による講演をもとに、BNCTの概略についてレポートしたいと思います。

注1)BNCTとは、Boron Neutron Capture Therapyの略称で、ホウ素中性子捕捉療法と呼ばれています。
注2)メディコンパスセミナー2014






がんの現状と治療法の選択

 日本人の死亡原因を見ますと、がんは増えています。
 最近では年間70万人くらいががんになり、そのうちの半分くらいの方が、がんで亡くなっています。
 心臓疾患、脳卒中は、死亡率は下がりましたが、まだまだ多いですね。それと、肺炎が目立っています。お年寄りになると、どうしても肺炎になるケースが増えてしまいますから、予防注射は受けておいて頂きたい。自治体によっては無料というところもあります。
 医療費と病気の関係では、医療費がかかる病気の一番は、やはり、がんです。脳卒中もかかりますね。糖尿病も負担が大きい病気です。
 こうした統計を見ると、やはり医療に携わる者としては、がんを何とかしたい、ということになるわけですね。
 2人に1人はがんになります。女性は3人に1人。そして、がんになったひとのうち、半分の方が亡くなってしまうわけです。
 私が医者になった頃はがんは100%近い死亡率でした。ですから、がんは本人に告知しないのが普通でした。死刑宣告と同じに聞こえてしまうんですね。しかし、今は違います。不治の病ではなくなってきました。
 がん治療も進んでいます。
 できたら、痛みもなく、体にメスをいれず、なるべく早く治った方がいいですね。薬、放射線、外科、それ以外にも免疫療法、温熱療法、サプリメントや、いろいろな治療法があるわけですが、それらを併用して治療すると、さらにいい結果を生む可能性も高くなります。
 がん治療は、限られたお医者さんの意見だけではなくて、いろいろなお医者さん、つまり外科や放射線、化学療法など、いろいろな専門医の意見に耳を傾けることが大事です。
 そういう意味で、キャンサーボード(注)というものがありますが、難しい症例について、どういう治療法がいいのか、いろいろな診療科のお医者さんなどにディスカッションをしてもらい、一番いい治療法を選んで行うのがベストだろうと思います。

 (注)キャンサーボード(Cancer Board)
 がんの治療にはいろいろな選択肢があり、がんの種類と患者さんの状態や希望に合わせた治療方針の決定が求められます。
 そのため、主治医1人で治療方針を決定するのではなく、複数の診療科の医師や看護師ほかの医療スタッフが、共同で、最適な治療を提供できるように包括的に議論し検討することが大切です。その検討の場がキャンサーボードと呼ばれています。

陽子線治療について



 陽子線治療は、放射線治療のひとつです。どういうがんに効き目があるかというと、頭頚部、食道がん、肺がん、肝臓がん、転移性のがん、直腸がん、前立腺がんと、ほとんどのがんで、かたちのない白血病など以外は適応になります。
 南東北がん陽子線治療センターは2008年の10月19日に開院しました。それから6年と少しの期間で、治療を受けて頂いた方は、約3千人になろうとしています。
 通常、陽子線治療施設で一番症例が多いのは、前立腺がんです。しかし、われわれのセンターでは、頭頚部がんが一番多く、肺がん、食道がん、肝臓がん、消化器系のがんが多いというのが特徴です。
 食道から胃袋、そして小腸、大腸は放射線が苦手です。ですから、たとえば膵臓の放射線治療をするために、周囲の胃や大腸、小腸をよけて当ててやらないといけません。そこで、外科医が腹腔鏡を用いて処置をします。その上でがんを死滅させる量の放射線治療をする。われわれはそういうこともしています。
 舌がんの放射線治療では、骨がとけたりする可能性や、舌がただれる可能性もあります。陽子線を利用するメリットは高いですね。
 また、転移巣がある場合もありますから、抗がん剤を同時に注入する治療も行います。その場合も副作用を少なくするように配慮して、半分の量でできるようにしたり、また、抗がん剤が体全体にまわらないように、同時に中和をしていくなど、なるべく体に優しい方法を確立し治療しています。
 舌がんは、外科的にベロを切除してしまうと、ものを食べられないし、しゃべれないし、QOLがきわめて落ちてしまいます。せっかく命は助かっても、社会に出られない、悩みが多くてうつ病になったり、自殺したり、という事例もありますから、こうした工夫は有意義だと考えています。
 食道がん、肺がんは症例にもよりますが、それらも陽子線で治療可能です。
 陽子線というのは、水素原子から電子をはぎとって、陽子、つまり水素の原子核だけを加速器にかけ、光の速さの約60%に加速した粒子の流れ、つまり粒子線のひとつです。
 粒子線にはブラックピークという性質があり、狙った深さのところだけで強く作用しますから、それを利用して局所制御し、がんの前後や周囲にもエックス線があたってしまう放射線治療の副作用を回避します。
 がん保険の先進医療オプションには、できれば入っていたほうがいいですね。PETを受ける前から入っているといいですよ。見つかってからでは保険は効きせんから。




















ホウ素中性子補足療法

BNCTは、ホウ素中性子捕捉療法の略称です。この治療法を用いて病院で治療するというのは、世界で初めてです。
 センターの建物は完成しましたが、機械はまだ試運転中です。順調にいけば年内には引き渡しになって、それからまた出力のレベルをあげて試運転し、来年の夏頃、臨床実験、つまり治験を行う予定です。安全性を確認しながら進めています。
 BNCTによるがん治療のイメージですが、ホウ素化合物の薬を静脈注射すると、選択的にがん細胞に入ることになっています。京都大学や筑波大学、東京理科大学の薬理学の先生との共同研究も進んでいます。もっといい薬をつくることも必要です。
 細胞のひとつひとつの大きさは、9ミクロン以内です。ホウ素が中性子と反応すると、核分裂が起きます。すると、そこからアルファ線などが出ます。ところが、その飛距離は9ミクロン以内ですから、細胞のなかだけにおさまって、がん細胞だけが破壊されることになります。
 悪性脳腫瘍を考えてみますと、悪性の細胞は、正常な細胞と混じっています。それを両方切除してしまうと、手足が動かなくなったり、しゃべることが難しくなることもあるわけですね。せっかく治しても、そうした後遺症が残ってはあまり意味がないわけですから、こうした治療法は、理想的です。
 BNCTの照射は、原則1回だけです。所要時間は準備と照射を合わせて1~2時間くらいです。
 原理は、光の速さの約25パーセントまで加速した陽子ビームをベリリウムという物質にぶつけますと、そこからエネルギーの弱い中性子が出ます。
 中性子は、遮蔽の穴から患者さんの悪性脳腫瘍だけに当たるようにします。すると、悪性腫瘍の細胞のなかに入ったホウ素と中性子が反応し、悪性腫瘍だけが細胞レベルで破壊されるわけです。
 これまでの研究でも、BNCTは最も治療困難な悪性脳腫瘍や、難治性の耳下腺のがんの再発症例で良好な結果を得ています。がんは治りました。
すべて順調に進んでいます。来年の夏頃治験に入り、2年半後くらいに薬事の申請、先進医療の承認をとって、平成30年くらいから治療を開始したいと進めています。
 大きなプロジェクトです。そういうリスクを背負いながらも、民間で、世界初のがん治療を実用化して難治性がんで苦しむ人を助けていきたいと取り組んでいます。
 南東北グループでは、こうしたBNCTや陽子線治療とともに、サイバーナイフ、ガンマナイフ、IMRT、化学療法、血管内治療、外科治療など、がん治療における総合的な力を高めてきました。
 これからもわれわれにできることは積極的にやっていき、皆さんのお役に立っていきたいと思っています。