広報誌 SOUTHERN CROSS

 

放射線治療の未来へ向けて

 去る1月15日、総合南東北病院NABEホールを会場に開催された「医学健康講座」で、南東北がん陽子線治療センター菊池泰裕センター長が「陽子線を用いた放射線治療」と題して講演を行いました。
 国内初の民間医療施設として2008年(平成20年)10月にオープンした南東北がん陽子線治療センターは、地域がん診療連携拠点病院である総合南東北病院と高度診断治療センターである南東北医療クリニックおよび南東北眼科クリニックに隣接し、これらの施設と一体となって、総合的な治療を提供しています。
 陽子線治療に加え、既存のがん治療である手術療法・化学療法・放射線療法についても、医学的根拠に基づいた適切な治療を受けることができる施設は国内でも数少なく、同センターでは、従来の放射線では治療が困難な疾患の治療はもとより、通常の陽子線治療施設では対応できない抗がん剤との併用治療なども取り入れ、特に治療が難しい頭頚部がん治療にも積極的に取り組んできました。
 2015年1月末までの患者さんの合計は2,833名を数え、南東北グループではさらにBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の研究を進め、難治性のがんにも力を入れていくことになります。

 講演会場につめかけた皆さんは、菊池センター長の講演に耳を傾け、放射線治療の発展について理解を深めました。
 また、会場からの発言では、ご自身が陽子線治療を講演で知り、舌がんに対する陽子線治療を選択された患者さんが回復の状況を報告し、菊池センター長に感謝の思いを伝える場面もありました。
 福島県内では放射線治療ができる医師がまだまだ少ない状況もあり、南東北グループが提供する放射線医療には大きな期待が寄せられています。
 講演の内容をもとに、放射線治療とはどんなものかを整理し、南東北がん陽子線治療センターの陽子線治療の現状と、これからの放射線治療についてまとめました。

放射線治療について ~さまざまな放射線治療とそれぞれの特徴~

放射線と放射線治療
 放射線には、電磁波と粒子線、光と粒があります。光にあたるのがエックス線とガンマ線であり、電磁波です。これらは光子線と呼ばれます。
 一方で、粒というのは、電子や陽子、中性子です。こうした粒を腫瘍にぶつけるのが粒子線治療と呼ばれるものです。
 現在、実際に放射線治療として利用されているのは、エックス線、ガンマ線、電子線、陽子線、中性子線、炭素線があります。
 では、放射線でどうやってがん細胞をやっつけるか、というと、細胞はすべて遺伝子という二重螺旋のDNAで細胞分裂をコントロールしているわけですが、放射線の作用によってがん細胞のDNAが傷つけられ、遺伝子の鎖を切ります。これが放射線の働きです。がん細胞には、最底でも20グレイとか、陽子線だと70グレイという放射線を当てなければなりません。

 放射線治療のいいところは何かというと、機能や形態を温存したり、体のどこの部分でも治療できることや、体に負担が少ないので、手術ができない人でも治療できますし、うまくいけば外来で通院治療することも可能だということです。
 欠点としては、確実性という点や、副作用の問題があります。ですから、放射線治療の進歩の歴史というのは、いかにして障害を減らし、確実性を高められるかを追求してきた歴史です。
 放射線治療も当初は一方向から当てるだけでしたが、次第に二方向から当てることで、一方向からの放射線は弱くても、ぶつかったところは2倍になりますから、強く当てられるようになってきました。
 その数を増やしたのが多門照射で、放射線治療は正常な組織の副作用をできるだけ減らし、放射線を強く当てる方向に発展してきたわけです。
 X線を使った放射線治療で高性能の機器にIMRT(強度変調放射線治療)があります。コンピュータの制御によって、腫瘍のかたちに合った線量分布、つまり照射する範囲を制御して放射線を照射することができます。
 つまり、普通の放射線治療というのは、腫瘍のそばに放射線を当てたくない重要な臓器があるとき、そこにも同じように放射線が当たってしまうのですが、IMRTは照射野をコンピュータ制御することによって、腫瘍のところだけにうまい具合に放射線を当てることができるという方法です。複雑なかたちの腫瘍に対しても放射線を集中させて当てられます。
 ただ、この治療の問題点としては、治療計画、精度管理に時間がかかり、照射まで2週間くらいかかってしまいます。また、体のどこにでも当てられるというわけではなくて、動かない場所、頭や首あたりまでしか照射できません。
 機械も高額ですし、専門の放射線科の医師の数も少ないので、福島県内でIMRTの治療をしている医療施設は、3カ所ほどになります。
 図1、2は、のどのところにできた大きながんを治療するときのIMRTの線量分布と陽子線の線量分布を比べたものです。IMRTで照射すると、うまい具合に腫瘍のかたちに放射線を当てることができます。陽子線もそれが可能です。
 では、陽子線とIMRTのどこが違うかというと、脳幹部という、放射線に弱い部分に、陽子線はまったくあたりません。IMRTもすごい治療ですが、脳のところに3割くらい放射線が当たってしまうわけです。その点、陽子線は線量分布がすごく良いということになります。
 放射線治療には、ほかにも定位放射線手術(ラジオサージェリー)というものがあります。ガンマナイフはそのひとつで、脳を治療します。
 ガンマナイフは、いろいろな方向から200本の放射線を真ん中に集中させて一度に当てます。ですから、手術と同じように一回だけで治療するため、放射線手術という言い方をします。
 サイバーナイフというのも、定位放射線手術です。これは、ロボットを使って、X線をいろいろな方向から当てることで、ガンマナイフと同じような治療をします。これは脳だけではなくて、脊椎、肺がん、肝臓がん、前立腺がんも治療できる、というもので、新百合ヶ丘総合病院に入っています。

陽子線の特長について

 陽子とは粒です。これは、水素原子から電子をとったもので、プラスの電荷がある水素イオンが陽子です。電荷がありますから、電気的に加速させて、腫瘍にぶつけることができます。この陽子を光のスピードの70%まで加速して、腫瘍にぶつけます。光速の70%というのは、1秒間に地球を約6回まわるスピードです。
 陽子線には、普通の放射線と違った特長があります。
 体の表面から照射したとき、普通のX線のエネルギーは、体の表面のところで高くなって、深いところにいくとだんだん減っていきます。ただし、レントゲン撮影ができるのを考えてみればわかるように、X線は体を透過します。
 それに対して、陽子線や炭素線、粒子線というのは、〝ブラッグピーク〟というものがあるのが特長です。これは、ある深さのところでエネルギーを出して、そこで止まってしまう性質です。だいたい15センチくらいのところにピークがあって、そこでとまり、そこから先に放射線は届かない。ということは、狙ったところだけに強く当てることができるわけで、しかも表面に当たるのは少ない。それが粒子線の物理的特長です。(※右図)
 腫瘍に対する照射は、拡大ブラッグピークといって、ある程度の広さの範囲にピークをつくり、そこに腫瘍がちょうどあてはまるような当て方をします。
 すると、肺の奥の方にがんがある場合、粒子線で照射すると、ピークがあってそこで止まり、その先の脊髄や肺などには放射線がまったく当たらないようにして、強く放射線を当てることができるようになります。
 次に、粒子線の生物学的特長としては、X線が効きにくいタイプのがん細胞、放射線抵抗性といわれる腫瘍にも効果が期待できます。

陽子線治療の原理と治療実績 ~南東北がん陽子線治療センター~

南東北がん陽子線治療センター

 南東北がん陽子線治療センターには、3つの治療室があります。水平照射室1部屋と回転ガントリーという部屋が2部屋です。それに陽子を加速するための加速器室があり、シンクロトロン(図5)という陽子を加速する機械があります。陽子線は電磁石を使って各治療室に分配します。図4が回転ガントリーで、図6が治療室です。重量200トンのガントリーが回転することによっていろいろな方向から陽子線を当てることができます。
 回転ガントリーのなかの台の上に患者さんが乗り、陽子線を照射します。図7は水平照射室で、水平方向に固定して陽子線を照射します。前立腺がんの患者さんなどに用いています。
 陽子線で治療できるがんを表1に示しました。
 陽子線は、60グレイから80グレイという普通のX線では考えられない量を治療で当てることができます。
 当初の陽子線治療の適応というのは、小さくて1個だけの病変に対して治癒を目指す場合でした。しかし、当センターは治療開始から6年経ちますが、腫瘍が2~3個あっても何とかなりそうだということが分かってきました。肝臓のがんやリンパ節転移などで、近いところにあれば、まとめて治療できそうだ、ということです。また、陽子線治療の目標は〝治す〟ということですが、それ以外に症状の緩和や延命につながるような場合にも治療することがあります。
 陽子線は、普通の放射線治療で効きにくい悪性黒色腫や、腺様嚢胞(せんようのうほう)がんという、放射線が効きにくいタイプのがんにも有効です。
 一方でX線と比べると、脳や腸にはちょっと強力すぎるかな、ということがあります。脳や腸に照射すると、強力な分だけ副作用も強いのではないか、ということです。
 陽子線治療の大きな特長としては、X線と比べて、正常なところに当たる放射線を少なくできますから、一度放射線治療をして再発した場合、放射線治療はできないということになっていましたが、陽子線だと再照射ができる場合もあります。
【陽子線で治療できるがん】表1
がんの部位 病名
脳の悪性腫瘍
鼻・顔面・のど等・耳鼻科領域 頭頸部がん
食道 食道がん
非小細胞がん
肝臓 肝がん
肺・肝・骨・軟部・リンパ節 転移性腫瘍
(単発腫瘍)
骨盤部 直腸がん
骨盤内局所再発
前立腺 前立腺がん
国内の他の陽子線(粒子線)治療施設ではこれらの臓器に他に、子宮や腎臓などの部位のがんに対しても試験的な陽子線(粒子線)治療が行われており、有用性が評価されつつあります。

対象疾患と治療実績
 当センターの陽子線治療の疾患別のグラフが表2です。ほかの陽子線の施設で一番多いのは肝臓がんや前立腺がんですが、当センターでは頭頚部がんを最重要視して治療しています。
 具体的には口の中や鼻や耳のがんですね。
 それから、肺がん、前立腺がん、肝臓がん、膵臓がんというような治療の難しいものを当センターでは治療します。
 頭のなかの腫瘍では、どんなものを治療しているかというと、数としては少ないですが、たとえば、斜台部脊索腫(しゃだいぶせきさくしゅ)というものがあります。
 手術をしても、頭の奥の腫瘍はとれません。
 しかも、この腫瘍は放射線が非常に効きにくいタイプの腫瘍で、なおかつ、脳は放射線に弱いので、放射線を当てて治療しようとすると、脳がやられてしまいます。
 ある患者さんは、そういう状態でしたから、陽子線で治療しました。3年経ったところで、腫瘍は小さくなっています。特に新たな症状もなく経過しています。
 また、髄膜腫という腫瘍は、脳を包んでいる膜から出てくる腫瘍ですが、ある患者さんは、手術して残った部分が鼻の奥まで骨のなかに拡がっているタイプの腫瘍でした。
 これは良性腫瘍といいながら、手術では絶対にとれません。ですから、放射線でなんとか治療しないといけないという状態でした。
 陽子線で、56グレイ照射しましたが、2年経過して、腫瘍は縮小しています。

陽子線治療の症例から ~南東北がん陽子線治療センター~

食道がん
 食道がんに対する陽子線治療を、当センターでは数多く行っています。多くは抗がん剤と放射線を組み合わせる化学放射線療法という治療法で、放射線だけでは制御率が悪く、つまり、再発しやすいということがあり、そうした治療を行います。
 食道がんは、リンパ腺に転移して、そこから再発することが多いので、最初は通常の放射線をある程度広い範囲に当て、そのあと陽子線で食道の部分に集中して当てるということをします。なおかつ、当院では治療前と治療途中に抗がん剤の点滴注射も行い、それによってできるだけ再発を少なくしようという治療をしています。

 こうした治療法は、抗がん剤も使うので手間もかかりますが、当センターは総合南東北病院と隣接し、連携が上手く機能しています。
 通常の陽子線施設ではなかなかできないことが多いようですね。
 全国でもこうした抗がん剤を併用した治療をしているところは非常に限られています。3つくらいの病院でしかやっていません。
 図8①は実際の症例ですが、PET検査をすると、食道がんがはっきりと映ります。ここに抗がん剤も組み合わせた陽子線治療をします。図8②が治療計画の線量分布の写真で、そこに陽子線を当てました。
 図8③では腫瘍が消えたように見えます。消えたかどうか、実際にはそこを手術でとって検査してみないとわからないのですが、PET画像で観察することができます。
 別の症例でも、大きな食道がんがPET検査で映っていますが、これを陽子線で治療すると縮小しました。
 食道がんに対する化学放射線治療と手術を比べると、治療成績はだいたい同じくらいです。
 陽子線のいいところは、限局した範囲に照射できるということですので、合併症、つまり心臓や肺に当たる放射線の量を減らすことができます。
 腫瘍が大きくても、固まりになっているものなら、陽子線で治療できる可能性が高いと思います。
 また、リンパ腺に転移している場合、手術は適応外になりますが、陽子線なら通常のX線と組み合わせることで治療できます。
 ただし、食道の場合は治療できることが多いのですが、腸に近いところのリンパ腺に転移していると、やはりなかなか治療するのが難しくなります。
 その理由は、腸が放射線に弱いからです。
 強烈に当てると腸に穴が空いてしまいます。また、そのくらいやらないと治療にならないんですね。

頭頚部がん

 頭頚部がんについてですが、図9は上顎洞がんで、鼻の奥に巨大な腫瘍があり、手術すると顔を半分、目玉ごととる必要があります。鼻も含めてです。いくら何でも、大変です。それで治るならまだしも、治らないこともありますので、陽子線治療をしました。
 当センターではこうした頭頚部がんを抗がん剤も組み合わせて治療します。顔の動脈内にカテーテルを入れ、定期的に抗がん剤を注射しながら陽子線を当てます。
 治療に際しては、造影剤を注射し、MRIで観察して、がんのところに抗がん剤が届いていることを確認して治療します。
 治療したところに腫瘍は見当たらなくなりました。
 当センターで2年間の、上顎洞がんの方、26例についての治療成績では、8割くらいの方は治っています。陽子線は72グレイくらいで、かなり強く当てています。
 ところで、放射線治療は〝治癒〟とは言いません。治ったかどうかは、写真では分かりませんね。組織の一部をとってみないと診断はできませんから、放射線治療では〝制御〟という言い方をします。
 ですから、2年の間に腫瘍が再発しないという制御率は8割くらいである、ということになります。
 普通の放射線治療だと4割くらいです。陽子線と抗がん剤を組み合わせて8割くらい制御できると言えます。
 副作用としては、放射線を顔のあたりに当てると、皮膚がちょっと荒れてしまいます。放射線皮膚炎というものですが、これはある程度やむを得ないものです。照射が終わって休めば、だんだんとおさまってきます。

舌がん

 舌がんのなかで、進行舌がんというのは、手術をするなら、べろを全部とらないといけません。これでは、しゃべることもできなくなってしまいます。小さいものなら手術でとっても、ある程度話もできますが、進行したものは手術だと厳しい。こうしたものにも陽子線治療をしています。
 上顎洞がんと同じで、カテーテルを入れて、そこから抗がん剤を流しながら範囲を決めて陽子線を当てます。PET検査の画像で確認すると、舌がんも消えたことがわかります。
 図10の症例では、大きな舌がんがあって、これに陽子線を照射しました。治療をして、3年後ですが、PET上も再発の所見はありません。
 これも放射線を当てることで、簡単に言えば口内炎になってしまい、かなり痛いです。ご飯が食べられない方もいますし、胃瘻をして、胃に栄養を直接チューブで入れてやらないとならない方もいます。
 照射中は何とか耐えていただくしかないんですね。治療が終わって休めば、だんだんと治ってきますし、治ってしまえば口から食べられるようになります。
 進行した舌がんに陽子線治療を動注併用で行った場合の治療成績はどうかというと、2年間で、局所的には8割くらいの方は再発がありませんでした。9割の方は生存されて、手術と同等の結果が期待される、ということになります。

肝がん

次に肝がんですが、MRIで検査した図11の画像で、がんがあるのがわかりますね。肝臓がんもどちらかというと放射線が効きにくいタイプのがんです。また、放射線で肝臓がやられてしまいますから、従来は放射線の適応はなかったのですが、陽子線では線量分布が良いので治療ができます。
 実際の症例では、腫瘍が縮小し、2600あった腫瘍マーカーの値が21まで下がったケースもあります。
 肝がんのなかでは、胃がんが転移したものもあり、こうしたものも陽子線で治療することがあります。実際に72グレイという放射線を当て、PET検査をすると、1年後ですが、腫瘍は消えていました。
 別の症例では、大腸がんが肝臓に転移し、腫瘍が2カ所あったので陽子線を2カ所に当てて治療しました。66と80グレイです。腸に近いかどうかで、線量もやり方も違いますが、それぞれの腫瘍を治療しました。
 肝臓に対する転移は、一個だけでなく、多発していても近いところにあれば陽子線で治療できます。当てたところに関しては効果があります。
 しかし、転移というのは、次々に起きる場合もありますから、すべて治るということではありません。そこだけでいいという場合には陽子線で治療できます。

Ⅰ期肺がん

 肺がんについては、Ⅰ期肺がんと呼ばれる小さくて転移のないものは、陽子線で治療します。重粒子線でも、これが良い適応と言われています。
 たとえば、72歳の方で、小さいがんが肺に見つかりました。手術でとってもいいんですが、年齢的に手術するのは避けたいということで、陽子線で治療して、3カ月後には、良くなっています。(図12)
 81歳の方は、心臓の近くに肺がんがありました。手術もできない症例です。限局した範囲で陽子線を当てて治療しました。3カ月後、腫瘍は縮小しています。
 Ⅰ期肺がんについては、当院でも60例治療していて、治療実績を調べたものを表3に示しました。
 こうしたⅠ期肺がんに対する陽子線治療の制御率ですが、アメリカでは98%くらいです。再発したのは2%くらい。2年無再発率が76%というのは、当てたところは9割以上効きますけど、転移している人も結構いるということで、当初の検査ではほかに転移はない場合でも、2年間のうちに3割くらいの方は転移しているということです。そうしたことを含みながら、8割以上の方が2年間のなかで生存しておられたという結果を示しています。

Ⅲ期肺がん

 それから、もっと進行したタイプのⅢ期肺がんがあります。
 従来は放射線で治癒を目指すのは難しく、陽子線でもチャレンジの部類に入ります。症例数は9例ありますが、抗がん剤も組み合わせて治療します。平均して77グレイというかなり強い照射をしました。
 大きながんはやはり放射線が効きにくいので、こういうタイプのものは普通の放射線では小さくできるかもしれないけれど、治癒は目指せないというものです。陽子線なら可能なのではないか、ということで、全国的にチャレンジすることになっています。
 図13は当センターでの実際の症例です。61歳の方で、大きながんが、肺がん、リンパ腺のところにあります。抗がん剤治療をして、陽子線治療をしました。抗がん剤治療をしたあと、ある程度効きましたので腫瘍は縮小しています。
 陽子線も当てたところで、さらに縮小して、PETでも集積がほとんどないのが分かりますが、PET画像というのは、放射線を当てたところは炎症を起こすため、PETで撮影すると、ある程度薬の集積が映り込んでしまいます。ですから、まったく正常な画像になるということはないのですが、これを見るとすごく良くなっています。
 ただし、転移ということがあり得ますから、それを抑えるには抗がん剤がうまく効かないと難しいということになります。
 Ⅲ期肺がんの患者さんのデータを表4(前頁)に示しましたが、9例のうち、4例に関しては、再発なく2年ほど経過しています。
 4人の方は、陽子線を当てたところが再発しました。大きながんには、やはり効きにくい面があるということです。2人の方は別のところに転移しました。9人のうち4人、半分くらいの方は、肺が放射線でちょっとダメージを受けました。肺も放射線に弱いです。だから、普通の放射 線治療はできないのですが、陽子線でも半分の方には影響が出ています。放射線肺炎です。
【Ⅰ期肺がんに対する陽子線治療】表3
患者背景と治療
患者数 60
年齢中央値 77(48-89)
男性/女性 40/20
PerformanceStatus(0/1/2) 42/13/5
病理(腺がん/扁平上皮がん/不明) 34/15/13
手術困難/手術拒否 46/16
T因子(T1a/T1b/T2a) 24/22/16
【Ⅲ期肺がんに対する陽子線治療】表3
患者背景と治療
患者数 9
年齢中央値 61(57-72)
男性/女性 8/1
病理(腺がん/扁平上皮がん) 4/5
StageⅢA/ⅢB 2/7
陽子線量 77(72-83.6)
化学療法 2-4コース
経過観察期間 6-16か月
 Ⅰ期肺がんというのは、小さいものはうまい具合に制御できます。大きな合併症もでませんから、手術ができないような人の治療選択としてはいいですね。
 ただ、ある程度大きくなったがんは、抗がん剤を合わせて治療しても、なかなか厳しいところがあります。半分くらいの方では、やはり再発してしまうというのが、現状です。これに関しては新しい抗がん剤が次々に開発されているという現状がありますから、全国の陽子線の施設でⅢ期肺がんを臨床研究というかたちで研究しよう、という気運が高まっています。もしかすると、抗がん剤とうまく組み合わせて、積極的に治療できるようになるかもしれません。

ホウ素中性子捕捉療法について ~南東北BNCT研究センター~

南東北BNCT研究センター
 放射線治療の今後の展開にも触れておきたいと思います。
 BNCTというというのは放射線治療で、Boron Neutron Capture Therapyの略語です。日本語ではホウ素中性子捕捉療法と言います。放射線治療と薬物療法を組み合わせた新しい治療法です。
 では、どんな原理を用いるかと言うと、正常の細胞にがん細胞が入り込んでいるような場合、そこに腫瘍に取り込まれやすいホウ素化合物を注射しますと、ホウ素化合物は理論的には正常細胞には入らないで、がん細胞だけに入っていきます。
 そこに中性子線を当てると、がん細胞のなかに入ったホウ素に中性子が当たり、ホウ素が分裂して、ヘリウムの原子核とリチウムの原子核に分かれて、9マイクロメーターという、細胞約1個分の距離だけ飛ぶことになります。

 すると、細胞の中だけに放射線が当たって、そこで止まりますから、理論的には中性子が当たった細胞1個だけを殺傷するような放射線治療ということになります。
 ですから、正常な細胞には影響がなく、がん細胞だけをやっつける、という原理です。
 ホウ素化合物というのは、BSHというホウ素化合物と、BPAというアミノ酸の化合物とが、今のところ実際に使われているものです。
 腫瘍に集まりやすいホウ素薬剤をさらに開発していくことによって、放射線の量をさらに高めることができるというのが、この治療の良いところです。今後薬の開発によって、治療効果がさらに高まっていくだろうと期待できるわけですね。
 理論的には、正常細胞を傷害せず、ホウ素が入った腫瘍だけに強く放射線を、しかも粒子線で当てるというのはとても効果的な放射線治療だと言えるでしょう。
 ただし、問題点というのは必ずどんな治療法にもあって、この場合、中性子線の特性上、体の深いところまでは届かないということがあります。だいたい今のところ、当院のBNCTの施設ですと、十分な量の放射線が当たる範囲は深さが6センチくらいまでで、深いところには届かないというのが現状です。

BNCTの対象疾患
 では、どんながんを治療するかというと、想定されている病気としては、まず、体の表面から比較的浅いところにある腫瘍で、浸潤性に拡がっているような腫瘍が適応になります。薬さえ取り込まれればそこは効きます、ということになるわけです。
 それから、放射線が効きにくいがんにも効果的ですし、まわりに重要な臓器がある場所にも治療できるということになりますから、脳腫瘍のなかで、特に浸潤性というタチの悪い悪性グリオーマや、悪性髄膜腫、それから頭頚部がん、肝臓がん、肺がん、悪性中皮腫、骨がん、肉腫、皮膚がんはBNCTの適応として今のところ考えられています。

加速器を利用したBNCTの仕組み
 これまではBNCTは原子炉でしか治療できませんでした。中性子線を出す方法は、原子炉のウランの核分裂反応しかありませんでした。具体的には京大の原子炉実験所ですが、そこでしか今のところBNCTは行われていません。
 新しく原子炉をつくることはもうできませんし、原子炉は規模が大きすぎますね。点検にも時間がかかります。1年のうち半分は治療がお休みになります。実際に京大は、今、休んでいて、当面治療はできないそうです。
 実際のがんの患者さんに半年待っていてください、と言うことはできませんから、加速器を用いた中性子源が開発されました。
 南東北BNCT研究センターもそうですが、加速器は電源を切れば放射線は出ません。原子炉は電源を切ったからといって、核分裂反応がおさまるわけではないので、運転するのも止めるのもすごく手間がかかりますが、加速器は安全性も比較にならないほど高いわけです。原子炉と違って点検も簡単に済みますから、通年いつでも治療できます。
 南東北BNCT研究センターには、京大にある加速器と同じものが入っていて、一緒に治験を行う予定です。
 BNCTの状況としては、国立がんセンター、筑波大学でも導入を進めています。
 南東北は、サイクロトロンという円型の加速器を使った施設です。筑波大学のタイプは直線加速器というものを使っています。
 システムとしては、サイクロトロンという加速器があって、陽子線を出します。陽子線のビームをベリリウムという金属に当てると、そこで中性子が発生しますが、それを腫瘍のところに集めて当てるという治療法です。
 治療室は2室あり、交互に治療していく仕組みです。
 患者さんは準備室(図14)でベッドに乗り、そのベッドがレールに沿って治療室(図15)に入っていきます。

BNCTの治療例と今後の展開について

 実際の症例ですが、グリオブラストーマ(神経膠芽腫)という最もたちの悪い脳腫瘍で、手術をし、放射線治療をして、再発したような腫瘍をBNCTを施したところ、48時間経ったところでもう腫瘍が縮小し、歩けなかった方が歩けるようになった、という報告があります。これは京大原子炉実験所で行われた治験で、BNCTの権威で、大阪医大脳神経外科の宮武伸一教授が報告されたものです。
 それから、頭頚部がんとしては耳下腺がんですね。放射線、抗がん剤治療をしたけれど再発した例です。耳下腺がん自体、放射線が効きにくいんですが、これが再発したら、普通は放射線治療は無理です。それから、手術も顔を半分とるような手術になってしまいますから、手術も無理という症例ですが、その方はBNCTを3回実施しています。
 1回目から腫瘍が縮小し、3回治療したら腫瘍は著明に縮小しています。
 この症例で非常に重要なのは、放射線治療をしたところにBNCTを行ったのですが、皮膚に副作用がないということです。
 普通の放射線治療だと、2回当てると、皮膚が潰瘍になり、壊死してしまいます。
 ところが、BNCTは正常の組織がほとんどやられないで、一度放射線を当てたところにBNCTを行っても皮膚がやられなかったということです。これは驚くべきことです。
 京都大学でのこの症例を契機として、世界中でBNCTが頭頚部がんで行われるようになりました。
 BNCTについてまとめてみますと、これまでは原子炉での治療でしたから、臨床というよりも研究の範囲にとどまっていました。それが加速器を使うことによって、病院での治療が現実のものになってきました。
 正常組織のなかにしみこむように拡がるような腫瘍は、放射線治療で治癒を目指すのは難しいわけですが、そうしたものや、再発腫瘍を治療するのにBNCTは効果があるだろうと期待されています。
 なおかつ、ホウ素薬剤でいいものができれば、もっと治療効果が期待できますから、製薬会社も関わりながら進んでいくようになります。
 当院ではこのBNCTの実用化を目指して、最初は治験というかたちで、再発の悪性脳腫瘍、再発の頭頚部がんを対象にして、京大の原子炉実験所や、大阪医大、川崎医大などと一緒に、来年、共同で治験を開始する予定です。
 この治験が終われば、先進医療として、実際の治療が始まることになります。