がん陽子線治療センターという最先端医療施設の設計・施工に挑む
 
interview room  調 恒治
 2年後の竣工が待たれる『南東北がん陽子線治療センター』。世界的に注目を集めている施設です。その設計を担い、実際の施工を指揮するのが安藤建設の設計士、調恒治(しらべ・こうじ)さん。現代科学の粋を集めた装置を内包し、新しいがん治療を担う医療施設だけに、その建物の設計や施工にも高度に専門的な知識と情熱が込められています。
 「陽子線治療センターの設計コンペのお話しをいただいたときには、是非やりたい、と思いました。日本に6カ所しかない施設です。それに関われれば、これほど刺激的なことはないですから」
 調(しらべ)さんは安藤建設の設計士。医療・福祉・教育施設を専門に扱う部門に所属し、医業経営コンサルタントの肩書きも持つ。医療系施設設計のエキスパートだ。
 「陽子線治療は次世代の放射線治療として実用化が待たれてきた最先端のがん治療法です。がんで苦しむ患者さんたちへの貢献は計り知れません。どうすれば、全体を滞りなく完成させることができるか。これは計画の段階からすごく考えました。そのためのスタッフ、チーム構成をどうするか。関連する分野の専門家だけでも10人を軽く超えるプロジェクトです。最終的には類似施設で経験のある設計事務所にも監修という形で協力を依頼して、万全を期しています。放射線対策にしても、原子力の専門家にまで参加していただいているんですよ」
 病院サイドから与えられた条件をつぶさに検討して設計に臨んだ。コンペの結果は、安藤建設のプランが採用されることになる。プロジェクトチームが実際に動き出すことになった。
『南東北がん陽子線治療センター』の完成予想パース
建築設計士の立場から関わる先進的医療の世界
 2年前にオープンした『南東北医療・眼科クリニック』の設計・施工監理を担当したのも、実は調さんである。クリニックは地下にPET(ペット)機器5台を内包する。安全性についての配慮は徹底的だ。
 「クリニックの際の関わり方は多少違っていましたが、縁あって設計と施工監理を担当させていただきました。陽子線でも同じですが、法律的には建築関連法だけではなくて、放射線障害防止法を遵守する必要があります。放射線の管理機器メーカーの専門家にも当初から入っていただき、放射線の遮蔽計算、つまり壁の厚みなどを厳密に計算しています」
 例えば、PETの検査薬剤を生成する機器を収容する区画のコンクリート壁は、2メートル前後の厚みがあるという。
 「陽子線とPET装置は建屋側の設計から言うと、基本的な考え方は同じです。意外に思うかもしれませんが、PETを内包したクリニックの方が、放射線の扱い上は難しいのかもしれません。陽子線治療センターの場合には、装置に不具合があれば、陽子線は出ない。機器が止まってしまえば、放射線の発生源はなくなってしまうんです」
 陽子線治療装置は、素粒子の研究施設などで利用されている加速器という装置を使い、水素原子から電子を除いた陽子を光速に近い速さまで加速する。陽子は1周約20メートルの円形加速器を周回してスピードを増す。およそ1200万回という気が遠くなるほどの周回をさせ、高エネルギー状態にさせるのだ。それががんの病巣を正確に叩く。
 こうした先端医療を担う重要な建物だけに、危機管理、対策については、十分な検討が重ねられた。
 「郡山は地震のおそれの少ない地域です。けれども、建築の強度計算をする際に使う法定の地震力にも、重要度係数をかけて安全性を高く設定しています。日本でかつて経験した地震の規模なら、建物が崩壊することはあり得ません」
 地震だけではない。火災や照明、空調、給排水でも、専門チーム内であらゆるケースを想定し、具体的な設計が進められた。患者さんの命や安全に関わる部分に細心の注意を払うのは当然だが、現代の医療施設としては電力の供給も重要だ。カルテも電子化されて蓄積されており、それが消えてしまっては医療的に手の打ちようがなくなってしまう。情報は瞬停(一瞬の停電)も許さない。
 今も毎週のように、陽子線装置サイドとの細部にわたる綿密な打合せは続けられているという。どんなに小さな問題点も見逃さない。プロジェクトの専門チーム全体が熱い情熱を注いでいる。
 調さんの学生の頃の専門は急性期医療の病院の建物だった。大学院では福祉施設も研究した。
 「そのとき思ったのは、医療や福祉施設を利用するのは、ともすれば弱い立場の方々だ、ということです。病院を建てるとき、医療者側はある程度関与できるけれども、患者さんはなかなか参加できないのが現実でした。ですから、そういった利用される方の目線から見てどうなのか、そういうところを勉強しながら仕事をしなければならないというところに、とてもやり甲斐を感じますね」
『南東北がん陽子線治療センター』建設現場風景。同センターは国内では民間初の陽子線治療施設として、2008年10月オープン予定。PET検査によるがん画像診断と併せて、がん医療の世界的拠点として期待されています。
自分自身が入院して思う健康管理の大切さ
 仕事が忙しくなると、どうしても生活が不規則になりがちだ。ビッグプロジェクトを指揮する立場に立てば、ストレスも相当に大きくなるだろう。
 「学生の頃は山登りによく行っていました。北アルプスなど、3000メートルを超える山です。けれども最近は、休みの日には疲れて寝ていますかね。実は去年の秋、郡山での打合せ直前に不整脈の発作で、南東北病院に入院させていただいたんです(笑)。お陰様で大事には至らず、健康を回復していますが、その際、実に幸せな思いをしました。看護師の方がみんな明るくて爽やかなんですね。その時に、医療の魅力というのも人なんだな、ということをあらためて思いました」
 若い頃は、健康は当たり前のように思っていても、年齢とともに意識的な自己管理が必要になってくる。
 「医者の不養生ではないですけど、医療施設の設計をしている者として、笑い事でもいられません。生活習慣を見直したり、ドックを利用した健康チェックも定期的に行っていきたいと考えています」
 郡山は自然に恵まれた土地である。温泉やゴルフ、スキー場も車ですぐのところにある。PET健診では、東京から旅行を兼ねて訪れる人も多い。
 「私は浦和に住んでいますが、郡山に来るのと、本社(田町)へ向かうのと、気分的な距離感は同じです。逆に新幹線に座って来れる分、郡山の方が気が楽ですね。たかだか80分ほどの距離です。陽子線治療では、東京から通院することもできると思います。実際のところ、私も今日は日帰りですし」
 がん治療の新しい時代に向けて、『南東北がん陽子線治療センター』がいよいよ姿を現し始めている。そこには、“がん死亡率の低減”という大きな課題に立ち向かう、たくさんの専門家たちの知識と情熱が注ぎ込まれている。がんで苦しむすべての人々のためにも、1日も早い完成が待たれる。
調 恒治(しらべ こうじ)
安藤建設株式会社第4設計部門 課長
一級建築士、医業経営コンサルタント

1964年 福岡県生まれ
1988年 京都工芸繊維大学工芸学部
住環境学科卒業
1988〜1992年 安藤建設設計部
1994年 東京都立大学大学院工学研究科
建築学専攻修士課程終了
1994年 安藤建設設計部復職
現在建築本部第4設計部課長
◎主な設計プロジェクト
 慶應義塾普通部新本館
 南東北医療クリニック
 気仙沼市三日町再開発事業
  
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