食と文化の物語り オーガニックなパンの魅力
 
焼き立て石窯パンの美味しさに誘われて
 
 美味しくて、体にも安心。そんな食の世界が人気を集めています。「毎日食べるものだから」と食材にこだわりを持たれる方も多いはず。素朴で自然な美味しさは、それだけでも幸せな気持ちにさせてくれます。たくさんの人たちの優しい思いやりが込められた食の世界。今回はハーブに魅せられたひとりのボーカリストを通して、天然酵母や無添加の材料にこだわった石窯パンの世界に少しだけ触れてみました。
 
「達沢森の石窯パン」は、福島県猪苗代達沢の「ハーブヒルコテージ」で生れました。
石窯で焼く無添加パンで、麹と米からおこす天然酵母と地元福島産のゆきちからという
小麦粉を主に使用しています。ライ麦もオーガニック認定のもので、卵も塩も砂糖も、
厳選した素材を使います。香り豊かなハーブパンが人気。
毎日の食卓を支える安心・安全なパンです。
右上・左上2枚/奈良岡しのぶさんと達沢森の石窯パン郡山店。
左下2枚/達沢のハーブヒルコテージ店内と石窯でパンを焼く様子。
右下/英国の田舎屋風コテージの入口。
 外はぱりっと、中はしっとり。焼き立てのパンのおいしさは格別です。あの匂いと香ばしい味わい…。その上、手づくりの石窯パンと聞けば、一度は食べてみたくなります。薄くスライスしたパンでオープンサンド。デンマークなどではライ麦パンの上に鰊の酢漬けやスモークサーモンなどをのせ、新鮮な野菜やハーブを盛り付けて味わいます。もともとは残り物をのせて食べたのが始まりだそうですが、想像してみるだけでもおいしそうな食の世界が広がります。
 バゲットと呼ばれるフランスパン、イタリアのフォカッチャやドイツのライ麦パン。世界各地の食卓を彩る伝統的なパンも馴染み深いものになってきました。仕込みからパン焼きまで心を込めた手づくりパンは、やはり美味しさもひとしお。材料にこだわりを持つ本格的なパン屋さんも増えて、小さなお子さんを持たれるお母さんにとっては、安心な食卓を支える頼もしい味方にもなってくれています。
 けれども、そうしたパンを気軽に味わえるのも、材料の小麦の生産からパン焼きまで、手間ひまを厭わない作り手たちのこだわりがあってこそ。一個のパンの後ろにも、興味深い物語りがありそうです。そんなパンづくりの世界に触れてみたいと、一軒のパン屋さんを訪ねてみることにしました。
 
 「わたしたちは主に主食として食べるパンをお出ししています。毎日の食卓に上るわけですから、材料の安全にはこだわりを持っています。仕込みには14時間位かかるんですよ。ハーブの魅力を味わえるパンで、石窯で焼きます。もともとは山の中に開いているハーブ園で焼き始めたんですが、遠くからのお客様はまとめ買いをされるため、シーズンには午後1時を過ぎるとなくなってしまうことが多いんです。ところが冬場はさすがにわざわざ雪のなかをやってくるのも難しい…。そこで街中でも入手しやすいようにと、去年の冬にこのお店をオープンさせたわけです」
 郡山のお店のパンももちろん焼き立ての石窯パンです。香ばしい匂いがいっぱいの店内には、オリジナルのハーブパンが美味しそうに並んでいます。手にするとずっしりと重く、存在感があり、主食としてお腹いっぱい食べたくなります。
 店のオーナーは奈良岡しのぶさん。とても快活で魅力的な女性です。
 
女性ボーカリストが辿り着いたカントリーライフ
 奈良岡さんはボーカリストとして東京で活躍されていました。ところが、歌うのが楽しくて歌手になったはずなのに、歌ってもちっとも楽しくない時期があり、そんな折り、ハーブに魅せられてしまったそうです。早速、東京で39坪の畑を借りて本格的にハーブを育て始めます。いつしか、自分のハーブ園を持ちたいと夢を膨らませるようになり、田舎に土地を探し始めました。
 不健康な仕事を長く続けていたので、カントリーライフへの憧れが強かった、と奈良岡さんは言います。バブルの頃の話で、なかなか適当な土地が見つからなかったそうですが、たまたま地元の方が土地を手放すという情報が入り、達沢に移住することを決めました。その場所の奥には達沢不動滝という素晴らしい滝があり、美しい水が溢れていました。周辺の原生林も魅力です。
 「ようやくコテージとハーブ園が完成して、ショップもオープンしましたが、それからが大変でした。最初の6年間は東京と福島を往復して歌手活動を続けながらの毎日。最初は趣味の感じでしたけど、ずっとそういうわけにもいかないし、仕事として本腰を入れようと、パンを焼き始めたんです」
 それからは店のスタッフと一緒になって試行錯誤。真剣勝負の毎日でした。
 「どうせ山の中でやるなら、わざわざ遠くから足を運んでいただく価値のあるもので、自分たちも納得がいく、徹底的にこだわったパンをつくりたいと考えました。ハーブの優しい魅力が味わえて、安全でおいしい材料を使う。天然酵母とポストハーベストの心配のない国産の小麦粉を探しました。塩も自然塩です。そして山の中だからできることを、ということで、昔ながらの石窯で焼く。石窯も手づくりです。有名なパン屋さんで石窯を見せていただき、何回も石を積んでは壊しました。何度積んでも煙が逆流して、あわや一酸化炭素中毒に…。今では笑い話ですが、本当に命がけのパンづくりでした。8回目に積んだときにようやく上手くいって…」
 こうして生まれたパンは、まさに噛めば噛むほど味わい深いものでした。食べる物だから、とこだわった、体に優しい心づかいが一杯つまっています。
 そのうちに、「歌手をやっていた人が、山の中で何だか変わったことをしているらしい」とテレビや雑誌などの取材も増え、お客様も山の中まで来てくださるようになりました。それにしても途中で夢を投げ出さなかった行動力には感服。田舎暮らしもブームになっているようですが、奈良岡さんはその先駆け。大いに耳を傾けてみたい体験談をたくさんお持ちのようです。
コテージでハーブの収穫をする奈良岡しのぶさん。シーズンは6月中旬〜7月中旬。
奈良岡さんはもともとプロのボーカリスト。ピンクレディーの後楽園球場のコンサートでは
前座を務めたりと、豊富なキャリアを持ちます。
 
障害を持たれている方と
 郡山のお店で奈良岡さんにお話しを聞いてから、どうしてもコテージを訪ねてみたくなり、翌週、達沢に向かうことにしました。真っすぐ向かえば、郡山からは車で30分少々。天気も良く、折角だからと猪苗代湖経由のルートを採り、途中、翁島(猪苗代町)の『フェアリーカントリーガーデン』に立ち寄ることにしました。
 ここは奈良岡さんが会長になって立ち上げた障害者の共同作業所です。小さな小学校が廃校になり、放置されていたのを利用しました。訪ねてみると、昔ながらの懐しいたたずまいの校舎があり、校庭は見事なハーブガーデンになっていました。
 10年前のことです。奈良岡さんは、たまたま知人とその校舎を見に行く機会があって、その方がちょうどボランティアで障害者の施設を作ろうとしていたこともあり、「ここにみんなで苗を持ち寄って、校庭をハーブで埋めたらどうだろう。校舎を明るい色に塗って、作業所とショップを作って、ハーブ製品を障害者が作って販売したり、ティールームでハーブティーを飲めたり…」と自然にイメージが浮かびました。もちろん自分が手がけることになるとは夢にも思っていなかったそうですが、知人にそんな話をしたら、いつの間にか協力することになり、自分が代表になってしまっていたそうです。
 
 その頃、ちょうど会津若松市にFM局が開局になるときで、奈良岡さんにパーソナリティーを務めるお話がありました。好きなことを話せるということで、奈良岡さんは放送でも呼びかけてボランティアの方を募りました。多くの方々が協力をしてくれたそうです。その名も『フェアリーカントリーガーデン』。まさに天使が降り立つハーブガーデンです。3年ほど前に奈良岡さんは会長を退いたそうですが、今でも交流は続いています。
猪苗代町国道49号線沿いにある共同作業所「フェアリーカントリーガーデン」。
見事な大株のハーブが校庭を埋める。「ちょうど植え替えの作業をしていたところです。よくいらっしゃいました」と、気軽に出迎えてくれたのは所長の遠藤博文さん。作業を終えて、利用者の皆さんと一緒に校庭に戻るところでした。奈良岡さんをはじめ、たくさんのボランティアの方が支えて下さっています。
 
達沢の森のコテージでハーブの魅力に触れる
 奈良岡さんの『ハーブヒルコテージ』は、猪苗代湖から車で約20分、中ノ沢温泉から不動滝に向かう一本道沿いの小集落にありました。標高も高く、これからハーブの苗の植え付けや種まきといった忙しい毎日が続くのでしょう。お庭を奥に進むと、とても可愛い英国風のコテージがあり、奈良岡さんと、2匹の黒猫が温かく出迎えてくれました。
 「歌の世界に悩み、東京でひとつぶ、ふたつぶの種を播いて始まったハーブの栽培でしたが、少しは人様の役に立てたと思います。新しい歌の世界も生まれたし、ハーブのパンも出来上がりました。大変だったけど、かたちになって良かった」
 美味しいハーブティーをいただき、奈良岡さんのお話をあらためてうかがっていると、時間が経つのも忘れてしまいそう。夢のようなハーブの香りは気持ちを癒し、人生を潤してくれます。奈良岡さんの取材を通して、美味しくて安心なパンの後ろ側に、長い歴史に育まれたハーブの世界と、その優しさに魅せられた一人の女性の人生があることを、少しだけ知ることができました。
"ハーブ"に魅せられたことから始まった"石窯パン"づくり。それらはともに自然の恵みと優しさを暮らしの中に採り入れる工夫のひとつとも言えるものでした。
「ハーブヒルコテージ 達沢森の石窯パン」には見事なハーブガーデンがあり、コテージではハーブティーや食事も楽しめます。「郡山店」はパンショップのみ。
http://herb-hill.jp/
最近ではアレルギーに悩むお子さんなどのため、卵やバターを使わずに焼き上げたパンもお出ししているそうです。
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