農とエネルギーのエコモデル
高原のウィンドファームを訪ねて
 
 地球の温暖化防止対策としてCO2削減は急務。環境への負荷の少ない自然エネルギーの利用も、世界的なトレンドとなりつつある。“エコ”が時代のキーワードとなるなか、郡山市湖南町にある布引高原では、国内最大という風力発電事業が始まった。その壮大なスケールは実際に訪れてみなければ分からない。有名な布引高原大根の生産地でもあり、農業と風力発電が共存する「風の高原」とその周辺を訪ね、地球と人の営みの未来に少し思いを馳せてみた。
 
 
写真 右/布引高原に広がる雄大なパノラマ。白い風車が立ち並び、眼下には猪苗代湖、
      その向こうに磐梯山が見える。
写真左上/古河甲子男さん、73歳。布引大根生産組合代表を長年務められた。
写真左上/古河さんが収穫した地筍。湖南の特産品のひとつ。
写真左下/収穫期の布引大根畑と農作業風景。
 湖南町は、郡山の中心部から西に約30キロ、三森トンネルを抜け、車で1時間ほどの距離にある。猪苗代湖の南に位置し、かつては会津と白河を結ぶ街道沿いの重要な宿場町として栄えていた。古いたたずまいを残す集落を過ぎ、案内板に従って車を左折させる。田植えが終わったばかりの美しい水田が続き、ふと遠くを仰ぎ見ると、平らな布引山の山頂に立ち並ぶたくさんの風車の姿に気づく。布引高原は、標高約1000メートル。5月のシーズンには、山菜を採りに訪れる人も多い。
 舗装された山道を5分ほど登っていくと、不意に視界が開け、広々とした高原の風景が広がる。見上げれば青空に巨大な風車が、ゆっくりと回っているのが見えた。
 布引大根の畑が広がるこの高原は「風の高原」と名付けられた。風力発電と農業が共存するウィンドファームである。風車は高さ約100メートルで、33基が立ち並ぶ。総出力は6万5980キロワット。国内最大である。数字だけではどうもピンとこないが、一般家庭約3万5000世帯分の年間消費電力量に相当するという。郡山市で言えば、全世帯の4分の1を超える発電量だ。乗用車約6万3000台分の年間排出CO2量削減に効果があるという。
猪苗代湖南岸の湖南町には美しく奥深い自然と歴史がある。写真上は
「隠津嶋(おきつしま)神社」。森閑とした原生林に包まれ、神威として斧を
入れたことがない社叢は県指定天然記念物。
福良地区から7キロほど菅川にそって南へ登る。その途中にあるのが
「馬入新田(ばにゅうしんでん)」。
布引山の麓、ハンの木に囲まれた湿原で、清楚な水芭蕉が群生している。
春には「水芭蕉まつり」が開かれ、お茶の会などが催される。
「風の高原」に共存する風力発電と大規模農場
 大きな記念碑のある駐車場に車を停めて、付近を散策してみることにした。平日ではあるが、なかなかの人出だ。ここは以前から高原のロケーションが素晴らしく、訪れる人も多かった。北を望めば眼下に天鏡湖とも称される猪苗代湖が広がり、輝く空を映している。その向こうには磐梯山が秀麗な山容を浮かべ、雪を頂く飯豊山系から吾妻山、安達太良山までを一望できる。光と風が織りなすスケールの大きな風景は刻一刻と表情を変える。ドラマチックな美しさに息を飲み、振り返ると高原の農場を吹き抜ける風を受けて回る巨大な風車群。ウィンドファーム布引高原は自然環境と近未来の技術が不思議に調和した光景を見せている。休日には売店も開かれ、地元産品や野菜を求めることも出来るらしい。
 車で移動してファーム中央の展望台に登る。風が強い。頂上に立つと、北海道の富良野や美瑛のような風景が広がっていた。大根やキャベツ畑の緑と茶色い土、黄色い花がパッチワークのように美しい。今後、郡山市では休耕地を季節の花で埋め、観光資源としての整備も進めていく。
 「布引高原は自然が厳しいから、ここで育つ大根は、キメが細かくてやわらかく、甘みもある」
 そう教えてくれたのは古河甲子男さん。現役の大根農家である。大地の恵みをたっぷりと含んだみずみずしい大根は布引ブランドとして首都圏を中心に出荷されてきた。
 「8月の収穫期になると、朝の1時頃には起き出して作業をするんだ。きつい仕事だから、後継者不足でも頭が痛い」
 布引高原は大規模な農業プロジェクトとして開拓された。当初は農家の集団農場として、日本では珍しい協業体制が取り入れられた。どこか実験的な農業モデルのイメージがあるのはそのためでもある。
猪苗代湖は湖南町のシンボルでもある。夏には湖水浴で
賑わい、冬は白鳥の飛来地として知られる。透明度が高く、
対岸に磐梯山を望むことができる。
 
エコブランドの確立へ
有機・無農薬栽培への挑戦
 農業は天候や自然の影響を避けられない。市場価格の変動にも翻弄され、農地の連作障害とも闘わなければなければならなかった。古河さんたちはその都度知恵を絞り、何とか 乗りきってきたのだという。今でも農業を取り巻く状況は厳しいが、一方では消費者の意識も変わり、多少高値でも安全な食を求める声も強い。地産地消や生産者の顔が見えるトレーサビリティという新しい考え方も生まれた。流通や小売りの形も変わりつつあるのだろう。湖南ではこれまでも有機トマトが栽培され、その旨さが評判になってきたが、布引大根の生産農家も新しい試みを始めているのだという。
 新しい農法への挑戦である。キーワードはエコ。風力発電という強い“追い風”を力に、有機を採り入れた、「風の高原」らしいクリーンな栽培法だ。「去年から始めたんだけど、出来は上々。甘味が一層強くなり、やわらかい大根になった」と古河さん。殺到する観光客に戸惑いながらも、これには嬉しそうに相好を崩す。
 地元JAで支店長を務める芳賀真一さんの話によれば、この農法は堆肥で有機的に地力を回復させるもので、地元スーパーとの契約栽培を目指すという。この方式が上手くいけば生産も安定し、新しい農業モデルともなるだろう。今年は規模も拡大し、ダイコンとキャベツを栽培する。布引の高原野菜がエコブランドとして店頭に並ぶ日も近いようだ。
 
「湖南そば」と「こづゆ」に舌鼓を打つ
 さて、湖南町はかつては会津藩の所領であった。今でも暮らしのなかには昔ながらの会津文化が息づいているという。自然の恵み豊かな土地で、山菜は今が最盛期だ。季節にはじゅんさいの出荷でも知られ、もちろんそばも旨い。
 「猪苗代湖の名物のアカハラにはまだ早いけど、これを天麩羅にしてからっと揚げると旨いんだ。手に入れば、そばと一緒に出す」そばを予約しておいた「浜路そば道場」のご主人の話である。アカハラとはウグイの俗称だが、最近は少なくなっているらしい。自慢のそばは自家栽培し、石臼で挽く。地元でも有名なこだわりのそば打ち名人だ。会津の伝統的な郷土料理「こづゆ」について訪ねると、「それじゃ、家内につくってもらおうか」ということになり、旬の地筍をふんだんに盛り込んで、地元の「こづゆ」(湖南では十品の具を入れることから十汁、じゅうじゅうとも言うらしい)を味わうことができた。
 「こづゆ」は古くから祝いの膳には必ず出される会津を代表する郷土料理である。調べてみると、膳の上ではどうやら魚の代用という位置付けのようでもあり、もともとは煮物の「重」の類いではなかったか、という説もあるようだ。起源にはなかなか謎の多い料理だが、現在の姿は具だくさんの汁物といえば分かりやすい。帆立などの貝類を使っただしが旨みの美味しい郷土食である。そばはもちろん、こちらもおかわりをさせていただいた。
湖南の高原地帯で栽培されるそばは良質で、そば粉を100%使用した湖南高原そばは評判の味。
10月下旬のシーズンには「新そば祭り」も開催される。写真は「湖南浜路そば道場」のざるそばとこづゆ。
ご夫妻は各地の祭りやイベントなどに呼ばれてそばを打つことも多いという。
 
ウインドファームに日本型エコの未来を思う
 環境や農業は身近な問題でもある。広大な農場に白い風車が風を受けて回る光景は、日本の近未来の姿とも重なってくるようだ。
 温室効果ガス、特にCO2の排出削減へ向けた動きは、97年に採択された「京都議定書」の力もあって、地球規模で加速している国内の産業を支えるだけのエネルギーをまかなうことは難しいが、エネルギー資源を輸入に頼る日本にとって、自然の風を利用する風力発電は魅力的だ。
 新潟ではコメを原料としたバイオエタノール(自動車燃料)製造と利用の試験的な事業化が進んでいるという。コスト面での課題はあるが、もしもコメが燃料化されれば、耕作放棄された水田が蘇ることになる。景観保護など、さまざまな派生効果もあり、地域や農家も元気になる。
 このように、石油に替わる燃料は新しい技術開発を促してもいる。環境問題は、今や経済やビジネスをも巻き込んで大きなうねりとなった。世界中がこのまま石油依存の文明を続ければ、あと40年ほどで石油は枯渇するという試算もある。世界の国々は、代替燃料の開発や省エネ、自然エネルギー利用技術の確立にしのぎを削っているのだ。
 布引高原は新しいエネルギーモデルであるとともに、新しい農業モデルでもある。自然と共生するウィンドファームとして、持続可能な日本型エコへの試みが進められていくことに期待したい。
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