がんの診断と治療の現在-PET公開講座100回記念講演
 
高度先進医療が切り拓く
究極のがん健診と陽子線治療
 
 日本人の死因トップはがん。年間30万人以上が命を落としています。“不治の病”というイメージの強い病気ですが、がんは“治る”時代を迎えようとしています。今、がん医療の最前線では、どのような診断と治療が行われているのでしょうか。早期発見に力を発揮するPET(ペット)とは? 切らずに治すガンマナイフとは? 究極のがん治療と言われる“陽子線治療”とは? 「PET公開講座」100回目の開催を記念して、これからのがんの常識と、高度先進医療の実際を、渡邉一夫理事長が分かりやすく解説した講演の記録です。
 
PET公開講座 2007年6月10日午後1時〜
総合南東北病院 NABEホール
(財)脳神経疾患研究所 附属 総合南東北病院
理事長・総長 渡邉一夫
日本人の死亡原因としての三大成人病と生活習慣
がんは小さいうちに見つけて治療する。治療後は転移を定期的に見張ることが大切になります。
 はじめに統計的なお話をしてみたいと思います。今、年間に日本人が亡くなる数は、100万人を超えています。そのうち実に32万人が毎年がんで亡くなっています。13万人が脳卒中で、心臓病が14万人くらい。これらを併せると、日本人の死亡原因のほぼ半分以上になります。これらは“三大成人病”と呼ばれてきたものですが、今では“生活習慣病”という名称が用いられるようになりました。なぜ名称を変えたか、お分かりですか?
 がん、高血圧、糖尿病などは必ずしも成人になってから起こるものではなくて、子どもの時からの生活習慣の積み重ねと、その人の持っている遺伝的素因、さらに環境の要因が重なり合って起こってくるということが分かったからです。
 今から26年前、1981年は三大成人病のなかで、脳卒中で亡くなる方の死亡率が、がんで亡くなる方に追い抜かれた年です。ちょうどその年にこの病院ができました。当時の福島県では、脳卒中の死亡率が依然として第1位で、その後、徐々に日本全体の傾向と同じく減少していきます。少子高齢化の時代を迎え、お歳を召されると、がんになる率も高くなるんですね。
 がんに対しては国も力を入れていて、今年の4月から『がん対策基本法』というのが実施されることになりました。基本施策のひとつが『がんの早期発見と予防』です。たばこの喫煙率を下げるなどして、がんの死亡率をこれから10年くらいで10%から20%くらい下げたいというのが目標です。
 けれども、高齢化が進むとどうしてもがんは増えてきます。現在は64万人の方が毎年がんになり、しかも毎年2万人増えているという状況です。そのうち約半数はがんが原因で亡くなっています。32万人。ちょうど郡山市の人口が毎年がんで亡くなっているということですよ。
 
 
 私は今から40年ほど前に医者になりましたが、その当時、がんの患者さんはほぼ100%亡くなりました。それから比べると「2人に1人が助かるようになった」、むしろそんなふうに言った方がいいのかもしれません。
 長生きしようと思ったら、こうした生活習慣病に気をつけなければなりません。最近では、メタボリックシンドロームという言葉を耳にする機会も増えてきました。メタボリックというのは、腹囲で言うと、男性で85センチ以上、女性で90センチ以上の方は肥満に警戒しながら、血圧、コレステロール、中性脂肪、血糖に注意をして、病気をなるべく少なくしようということです。来年からは40歳から74歳の方すべて、健診を受けていただくようになります。あまりお金のかからないかたちで、予防に力を入れていく。受けられるようにしなければ、その健康保険組合や団体はペナルティーを課せられます。そういう時代になりました。
 血圧が高い人、多いですよ。糖尿病も多い。4人に1人は糖尿病です。昔は糖尿病なんていう人はいなかった。痛風と同じで贅沢病みたいに言われましたが、今は普通の病気です。“隠れ糖尿病”なんて言ったら、3人に1人です。今の時代はお子さんでもお金さえ払えば、炭酸飲料からおやつから何でも買える。けれどもその豊かさは、メタボリックや病気と裏腹の関係にあるんですね。
見直したい生活習慣 喫煙と食生活
 私たちは病気にならないようにする情報の発信や運動もしたいと考えています。生活習慣病はより多くの人に予防の知識を広めることが大事です。それと同時に現代の医療がどうなっていて、どんな診断や治療法があるのか、賢い利用の仕方を知っていただくことも大切です。
 たとえば動脈硬化は100%治るというものではない。今の医学ではかなり良くすることはできるんですが、手遅れになるとやはりダメです。脳卒中や脳血栓症になったり、脳出血になったり、心筋梗塞になったりする前に、生活や体質を改善しておくことが大事です。
 遺伝や環境の影響もありますから、近親者にがんがあれば、やはり気をつけたい。生活習慣としても塩辛い食習慣を持つ家庭では、やはり高血圧や動脈硬化が心配になる。これは遺伝ではないかもしれませんが、環境因子としてあるんですね。こういった方はやはり健診が大事になります。
 血圧が高いのは問題です。上は130以下がいい。下は80以下。塩分摂取量は一日に6gが理想です。ですからレモンを搾って味わいを工夫したりする食生活の知恵を身につけていただきたい。漬け物にさらに醤油をかけるとか、塩引きのしょっぱいシャケだとか、それはダメですよ。最近脳卒中は増えているんです。食生活を見直して下さい。
 たばこはがんになる確率が高くなります。肺が真っ黒になります。ねずみの背中の毛を剃って毎日コールタールを塗っていくと1ヶ月でがんになります。それと同じことがたばこでも言える。喉頭がんでは、吸わないひとが1だと、32〜33倍がんになるリスクが高くなります。副流煙でも、肺がんで亡くなる率は倍です。
 喫煙者の肺がんで亡くなる人は4倍、心筋梗塞が2〜3倍、1日に20本だと、4倍くらいですが、50本だと10倍。そのほかの肝臓ガンや胃がん、食道がんなども増えていきます。
 がんは小さいうちに見つけて治療する。そうすれば治る。けれども転移することも傾向としては多いから、そうならないように定期的に見張ることも、とても大事になってきます。
脳と心臓をめぐる 最新の治療法の一例
 7〜8年前に心臓病で亡くなる方ははぐんと減りました。これは予防の成果です。脳卒中と心臓病は患者さんのなかでの死亡率がだいたい30%。脳卒中になると手足が利かなくなったり、しゃべれなくなったりします。なるべく、ならないようにしたい。なってから人は目が覚めるけれど。
 脳卒中は頭の中で出血するか、つまるかして起こります。クモ膜下出血というのは、40代、50代の若い人がなります。激しい頭痛と嘔吐の症状を伴い、即死する人が約30%。30%が治って社会復帰する。あとは何らかの障害が残る。血圧が高い人は気をつけて下さい。手術する場合は地域に専門医がいるかどうか、専門病院があるか、ということも命に関わる重要なことです。
 脳動脈瘤は頭の中の動脈が風船のように膨らんで弱い部分がはじけてしまいます。血が止まらないと即死です。少しなら手術で治せます。クリップで血管のコブの首を締める(画像解説@)。治ったかどうかはCТなどを利用した検査で分かります。頭を切らないで治す方法もあります。コイル塞栓術(A)といって、血管の中に管を入れて、コイルを入れる。
 脳梗塞の場合はすぐに病院に連れてきてほしいんです。それが生死を分けます。(B)ある薬を注射すれば、手遅れにならないですむんです。全部ではないけれども。半分ですね。アメリカではずいぶん使われているんですが、福島県ではここが一番症例実績がある。厚労省からの許可がある病院でないと、この薬は使えません。間違った使い方をすると大出血を起こしてしまいます。血栓溶解療法といって、頭のなかのつまっているところを溶かすんです。
 心臓については、心臓も血管の動脈硬化症ですからね。心臓には右と左に心臓を養う血管があります。冠状動脈。これがつまると心筋梗塞。つまりそうだと狭心症。つまってしばらくすると心臓の筋肉が溶けて動かなくなり、心臓が止まってしまう。早い段階だと、鼠蹊部(そけいぶ)からカテーテルを入れて、風船のように膨らます。そうすると血管が開通する。でも、また戻っちゃうから戻らないようにステントという網のようなものを入れる。さらに網に薬を塗って再狭窄が起こらないようにする。(C)
 大動脈瘤の手術は難しい。これが破裂すると死に直結します。やっても半分くらいはダメ。やらないと100%。最近では大きなステントを入れる手術があるんですが(D)、この手術ができるのは、東北南部ではここだけという状況です。高血圧、飲酒に注意して下さい。
 心臓のバイパス手術について説明しますと、血管に管を入れられないような場合はこれを使います。比較的無理のない、安全な方法です。しかも、今は心臓を止めないで手術ができる。だから、小さな穴を開けて、肋骨も切らないで手術する。心臓の動きを少し遅くしてやるんです。手術をして3日から5日程度で退院できる。こうして、今では昔のように一か八かといった手術ではなくて、安全な治療ができるようになってきました。
 小さい子どもさんで心臓の中を手術する場合は、心臓を止めて人工心肺を使います。心臓弁膜症とかですね。心房中隔欠損症とか、心室中隔欠損症とか、そういうのは比較的簡単なんですが、心臓の奇形も多くて、これはなかなか大変です。採算が取れないので、どこの病院もやりたがらないんですが、この病院ではやっています。
【講演での画像解説から】
@脳大動脈瘤に対するクリッピング手術の実際。 Aコイル塞栓術の一例。血管の管からコイルを入れ、血管のコブを塞ぐ。 B脳梗塞のMRI画像。発症後数十分から梗塞巣を診断できる。早期受診・早期診断・早期治療が重要。
 
C心臓カテーテル治療(ステント治療)の一例。冠状動脈にカテーテル治療をすることで、冠状動脈のつまりが解消されたのが分かる。 Dは心臓の大動脈瘤がステント手術で消えていく様子を撮影した画像。
進歩する画像診断
 腹部大動脈瘤の場合は超音波診断ですぐに分かります。心臓は、いまはCTを使うことで、カテーテルをやらなくても血管の様子が分かります。東京クリニックに導入した最新のマルチスライスCTは、5秒だけ息を止めていればいい。普通は23秒くらいです。機械のスピードでこれだけ患者さんの体への負担が変わるんですね。
 頭の中の血管の様子は、今はMRIで簡単に分かります。南東北医療クリニックにある3.0T(テスラー)のMRIは、1ミリの動脈瘤まで分かってしまうんです。1.5TのMRIだと3ミリくらいです。ところが残念なことに、日本ではまだ6台くらいしか導入されていない。
 今はいろいろな機械があり、高度先進医療を支えています。けれどもその機械を使いこなせる医者もいないといけない。医者の質も大事です。今の医療はその両者が揃わないといけない。看護師や技術者といった医療スタッフももちろんです。ここには1000人以上の職員がいます。医師もこの病院の規模ですと、法律的には38人くらいいればいいことになっています。けれども実際には130人もいます。優秀な人たちです。日曜も夜も頑張ってくれています。
 
がんの早期発見と転移 PET検査の有効性
 次にがんについてのお話ですが、これは早期発見と早期治療がとても大切です。がんはある程度の大きさにならないと自覚症状もありません。ですから、定期的にチェックすることが早期発見には欠かせません。40歳を過ぎたら健診を受けて下さい。PET(ペット)と胃カメラ。頭はMRI。胸はCTも併せて(EF)。
 PETにも苦手な臓器があります。検査薬剤はおしっこになって排出されますから、尿路系は苦手です。胃、それからブドウ糖に関わる働きをする肝臓は苦手ですが、大腸などは大体映ります。これからは男性では前立腺がんに注意して下さい。アメリカで今、死亡率が一番高いのはこれです。これはTSH(甲状腺刺激ホルモン)を計って下さい。1年に1〜2回。これが3〜4以上だと前立腺がんの可能性があります。泌尿器科の専門の医者にかからないとダメですよ。
 がんはやはり転移がこわい。がんにかかったら、治療後も心臓や頭を定期的に必ずチェックして下さい。ところで、PETは、福島県ではここにしかありません。5台あります。そのうち、PET―CТが2台。これはまだまだ全国でもまれな機械です。ところで、PET機器を導入するには大きな費用がかかります。必要なことは分かっていても、採算がとれないからなかなか導入が進まないんですね。
 PETは早期発見の役に立つ。全身を一回スクリーニングすることでがんを発見する。完全にというわけではないけれども、7割くらいです。国立がんセンターがまとめたデータでは、これまでの検査では0.1%の発見率。PET検診は2.3%。もっと詳しく検査を組み合わせると5.4%という数値になります。
 PETは検査薬剤、つまり偽のブドウ糖をエサにして、お腹を減らしているがんに与えると、がんのほうが正常細胞より食欲旺盛だから、画像に映ってしまうという原理です。
 がんは治療を考えると、5ミリ以上のものは見つけたいんです。そのためのPETです。転移については、PETはとても優秀です。リンパ節転移など、体全体が1回の検査で分かるから。(G)ここに映らなければ転移は一応大丈夫、ということで安心してもいい。悪性のがんかそうでないかも画像で判断できる。検査には痛みもありません。
 検査薬剤は2時間ほどで体からなくなります。検査から30分ほど休んでいると、結果を分析してドクターが画像診断の結果を説明します。去年PETを受けてがんがなかったのに、今年見つかるという人もいます。
 一般にがんが5〜6ミリくらいになるには10年から20年くらいかかります。小さいうちは特に問題はない。がんは突然変異ですから、時間が経つとなくなってしまうものも多いんです。ところがなかにはなくならないものもある。それがだんだん大きくなってくる。ある程度大きくなって、7〜8ミリくらいになると、1年から5年くらいで急激に大きくなり始める。1センチ前後で見つけて治療すれば、転移はほとんど起こりません。だからそれまでには見つけたい。2センチくらいだとぎりぎり。3センチだと手遅れかもしれない。
 PETにはがんの位置を明確にしてくれるという特長があります。前立腺がんが疑われると、針を何本も刺して検査をします。見つからないと再度。ところがPETを撮るとがんの場所が分かりますから、そこを狙って針を刺して細胞を採って検査する。すると、がんであることが確認できる。
 これまでのがん検査は各臓器ごとに行う必要がありました。PETは万能ではないけれども、一度に全身を対象にするから楽です。がんは体中どこにでも起こりうる可能性があるわけですからね。
【講演での画像解説から】
ECTとFPETで撮影した画像を重ねて
みると、肺がんが映っているのが分かる。
G乳がんのPET画像。
腋の下に転移が見られる。
これからのがん治療 ガンマナイフと陽子線装置
陽子線はピンポイントでがんを叩く。副作用もない究極の治療法です。
 最後に、これからのがん治療についてお話したいと思います。
 まず、ガンマナイフについて説明しましょう。これはガンマ線をかけて治す。頭専用です。正確に病巣にガンマ線を集中させることで、脳に転移したがんを1日で治してしまいます。3センチ以下の脳腫瘍も治せます。切らずに治す放射線治療です(L)。日本で50箇所、福島県ではここだけが導入しています。
 次に陽子線治療。来年10月にこの病院に『南東北がん陽子線治療センター』がオープンします。陽子線治療ができる施設は日本に6箇所ありますが、それらは公的な研究施設です。民間では日本で初めての施設です。その原理は放射線の中の粒子線を利用します。X線は波ですが、粒子線は粒(つぶ)。狙い撃ちができるんです。命中率がいい。水素の原子の核だけを1億個集めて加速します。1秒間に地球を5回まわるほど。光の早さの70%です。ものすごいエネルギーを持つ。それをがんにぶつける。大きな効き目があることは分かっているんですが、経済的に高いから、なかなか普及しないし、導入も進まないんですね。
 陽子線の特長というと、X線は体の表面でエネルギーが最大で、徐々に力を失っていきますが、陽子線は深いところでも狙ったところで最大の効果を発揮する。体内の15センチのところならそこだけにエネルギーを集中する。だから副作用の心配も少ない。手術以上の効果です。
 また、陽子線はX線のように焼くんじゃなくて、がん細胞の遺伝子を壊すんです。電子をはずしてしまうことで、がん細胞を死滅させるんです。体に安全なように徐々に何回かに分けてかけていく。たとえば、前立腺がんは陽子線の効果がとても高いがんですが、これまでの放射線治療では周辺細胞や大腿骨への影響もありました。陽子線の場合はピンポイント。副作用の上でも画期的です。(HI)
 風船が11個並んでいれば、8個めの風船だけを破裂させることができる。これまでは全部の風船を壊していたわけです。肺がんでも陽子線でピンポイントの治療ができる。従来ならX線で、周辺まで放射線がかかってしまい、心筋梗塞の心配や脊髄、肺へのダメージも心配せざるを得なかった。(JK)
 がん医療は早期診断、早期治療が第一ですが、体への負担が少なくて、副作用の心配のない検査や治療法が、やはり理想です。そうすれば社会復帰も早くできるようになる。お年寄りの方ならなおさらです。入院が長引いて認知症が進んでしまうとか、足腰が立たなくて半分寝たきりになってしまうとか、せっかくがんが治っても生活機能が元に戻らないというのでは問題ですよね。
 従来のがん治療と比べて陽子線治療はまったくイメージが変わります。痛みもなく、外来で治療できます。つまり、食事をおいしく食べながら、ゴルフをしたり、または仕事を続けながら、1日15分くらい、30分以内の治療で治す。大体1ヵ月くらいです。それで治ってしまうとすれば、こんなにいいことはない。
 こういう医療の情報を知識として持っていることも、これからは大事です。これまではアメリカに行かなければできなかった治療も、国内で受けられるようになってきた。自分の体は自分で守る意識を持って、本当に有益な医療知識を増やしてほしいと願っています。
 
【講演での画像解説から】】




H前立腺がんとI悪性黒色腫。粒子線治療を行うことによってがんが消えていくのが分かる。 J肺がんとK原発性肺がんが陽子線治療によって消える様子。
 
L一般財団法人 脳神経疾患研究所 総合南東北病院 理事長・総長 渡邉一夫先生の講演の様子。
スライドで紹介しているのは63歳の女性の症例。乳がんから頭部に転移した48個のがんが
ガンマナイフ(γ-knife)治療によって消失した。

今号のサザンクロスでは「PET公開講座100回記念講演」での渡邉一夫理事長のお話を元に、記事を再構成してご紹介いたしました。実際の講座では豊富な症例と分かりやすい解説で、一般の皆様のご好評をいただいております。参加は無料。皆様も是非一度、ご来場下さい。
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