東北の海の幸を訪ねて
松島、塩釜から皇室献上の浜へ
 
 海沿いを旅するのは楽しいものだ。磯の香り漂う海岸沿いに車を走らせれば、至るところに漁港があり、海岸線は個性的に表情を変える。遠浅の海が続く相馬沖。朝市が暮らしに根づく閖上(ゆりあげ・名取市)の港。日本有数の漁港、塩釜と、穏やかな入江に島々が浮かぶ松島の海。さらに北に上ればリアス式海岸の三陸の海がある。そこには地場の魚を扱う活気に満ちた市があり、海との関わりの深い暮らしがある。今回は松島を中心に、海の恵みを訪ねる旅に出てみたい。
 
 
塩釜港は生マグロの水揚げ場全国一を誇る。夏場はその最盛期で、最高級の刺身用マグロがやはり人気だ。
その中卸市場は広い倉庫のような建物に数えきれない店が並び、大変な活気。
写真右下は塩釜水産物中卸市場中央組合市場理事長・渡邉勝之さん。市場は平日は午前3時から午後1時まで、
土・日曜は午後2時まで営業する。(日曜は午前6時から)
 春は円通寺のバラが咲き誇り、秋は紅葉に島々が染まる。夏の賑わいは言うまでもないが、冬の雪景色はとりわけ息を飲むほどに美しい。見る場所と季節によって松島はその姿を変える。奥州の覇者、伊達政宗ゆかりの土地である。瑞巌寺境内に足を踏み入れれば、静寂をたたえる老杉(ろうさん)の並木が続き、ふと振り返れば門の向こうに松島湾の光る海が見える。
 この海の沖合には黒潮と親潮が出会う潮目の海がある。福島から三陸海岸へと続く豊かな漁場は、まさに魚の宝庫である。特に夏場は本マグロの大群が金華山沖に北上し、沿岸各地の港を潤す。
 その中でもとりわけ塩釜港は生マグロの水揚高が全国一、日本を代表する漁港だ。松島から車で南に40分ほどの位置にある。
天橋立、厳島とともに日本三景のひとつと称される松島
には260余りの島が点在する。
松島から塩釜へは遊覧船で移動することもできる。
前浜の魚介類と生マグロで賑わう塩釜の市
 港にある市場は圧巻である。広い建物の中に360を数えるという業者が店を構え、新鮮な魚介類を中心に干物や加工品がずらりと並ぶ。割烹や鮨屋といった玄人筋が仕入れに来る市場である。目利きが相手だから、いいものをそろえている、と店の人たちは口を揃える。もちろん素人でも自由に買える。
 生マグロや前浜物と呼ばれる活魚、貝類は種類も豊富で、旬の味を土産に持ち帰る観光客も多い。
 「前浜物は宮城の目の前の海で捕れたもの。今の季節はスズキ、舌平目、コチ、飛び魚、イシモチ、カレイ、そういった小魚関係だね。貝類は帆立、ツブ貝、アワビ。殻ウニも旬。夏場の帆立は柱が大きいんだ。かえって肉厚で冬場よりも旨い。ここらで仙台ハモと呼ぶ穴子は上質。白焼き、天麩羅、煮ても絶品。カツオやイカは刺身でも、塩辛にしても旨い」
 市場の代表の一人、渡邉勝之さんのお話である。魚市場を仕切り、自分でも近海鮨種専門の魚屋だというだけに話ぶりは威勢がいい。冬場になれば魚の種類ももっと多くなる。タラ、ナメタ、キンキ、メヌキ、眼鯛。ざっと数え上げるだけでも海の豊かさが分かる。さすがに世界有数の漁場、三陸沖の海である。
 「夏場はマグロが最盛期で、クロマグロ、メバチといった生のマグロが揚がる。もちろんカツオも。ここの魚は全体に太っている。
 冬場のカキは最高だよ。松島湾でも養殖してるし、気仙沼でもやってるけど、こういうのは山の木が大事なんだね。川の植物性プランクトンがこっちに流れてきて、牡蛎やホヤのエサになる。川の流れのあるところにはおいしいものがある。だけど、水揚げの量は減った。例えばブドウ海老なんかは昔は随分揚がったけど、いまは希少。1本500円から600円もする高級品になった」
 デリケートな生態系が水揚げにも影響する。食文化も自然環境を抜きにしては成り立たない。
松島から野蒜半島を越えて
 日本三景の一つ松島は、観光の名所である。遊覧船の船着き場はいつも賑やかで、通りには土産物屋や食事処が並ぶ。特産のササカマを手焼きする店もあり、ひやかしを兼ねて散策するのはやはり楽しいものだ。
 どこからともなく醤油が焦げるいい匂いが漂ってきて、食欲を刺激する。浜焼きである。帆立やサザエ、牡蛎といった貝類、イカの姿焼きはやはり定番だ。少しつまんでみるのもいいし、食事時なら近くの鮨屋に飛び込んで腹を満たすのも悪くない。
 さて、鮨と言えば黒々とした上質の海苔も欠かせないが、松島はその有力な産地でもあるという。その一つが奥松島にある矢本。知る人ぞ知る皇室献上の浜である。
 松島湾から、さらに車を走らせて北上する。白い牡蛎殻の積み上げられた風景を見ると、やはりここが牡蛎の本場であることに納得する。野蒜(のびる)半島を過ぎて矢本に到着。松島からは車で1時間もかからない。
最高級海苔の生産者を訪ねて
 海苔は日本人の食生活に欠かせないが、乾海苔(ほしのり)が生まれるのは江戸時代後期のことらしい。紙漉きの技術を応用したというが、養殖が始まるのも実は同じ頃で、海に木を打ち込んでおくと海苔がついていたことから経験を積み重ね、養殖が行われるようになった。海苔の生態系が科学的に解明され、人工的な種付けの技術が確立されるのは戦後間もなくのことだという。海苔の胞子は牡蛎殻の表面の層のなかで育つのだ。なるほど、牡蛎が育つ環境が海苔には必要だということか。まさに生態系のバランスが生んだ海の恵みでもある。
 観光遊覧船に乗って松島湾の島めぐりをすると、あちこちで海苔養殖の木杭が海面に並んでいるのを見かけるが、あれは海苔の種を育てているのだという。
 「海苔の種は松島湾の中で育てるんです。松島湾は波が穏やかですから。ところがある程度の大きさになると、湾の中では育たなくなる。そこで、海苔を松島湾から矢本の海に運んできて育てるんです」
 海苔養殖を家業とする「潮匠(しおしょう)」四代目のお話である。
 「有明などでは波の干満を利用して海苔を育てますが、こちらでは牡蛎の養殖と同じように海の上に筏を流し、そこに網を乗せて養殖します。抄き流しと呼ばれる方法です。
 海苔は手をかけない方が、実は量は採れるんです。けれども最高の時期を逃さないように、成長しきる前の一番美味しいタイミングで刈り取ります。それだけに量は少なくなりますが、手をかければかけるほど上質の海苔に育ち、手応えもあります」
 海で育つ海苔は、陸で言えば有機栽培の作物に例えることができる。農薬は使わない。干出と呼ばれる方法で病気になるのを防いでいる。生育中の海苔を定期的に船に上げ、塩漬け作業を繰り返すのだ。それによって海苔の品質も向上するというが、厳しい冬の海の作業は想像するだけでも重労働だ。
 海苔は11月頃から摘採、つまり収穫が始まる。最初のものが一番摘みと呼ばれる最高級の海苔だ。黒々として光沢のある立派な海苔は風味も豊かで、歯切れも良く、口の中で溶ける。1枚の網から5回くらい摘採が行われるというが、コンビニでおにぎりに使われるのは3番から4番目の海苔である。全国でも珍しい三期作が行われる矢本では、4月末頃まで摘採が続き、紅葉から花見まで休みなく働くという。初日の出は海の上で拝む。香りと歯ごたえが自慢の美味しい海苔はこうして生まれるのだ。
海苔養殖の作業風景。海苔の種を植えた網を海に浮かべた筏(いかだ:写真右)に乗せて
海苔を育てる。この網を何度も引き上げ、干出と呼ばれる塩を使った殺菌作業が行われる。
 
矢本の海の夜明け。海苔の養殖作業は厳冬の夜がまだ明けきらない海上で行われる。
右は「潮匠」4代目津田晃樹さんとご家族。24歳という若さだが、皇室献上の実績もあり、
海苔へのこだわりと自負が感じられて好感が持てる。
海の恵みを支えるもの
 「一番海苔に手をかけたものが、自然の環境とうまく出合うと、いい海苔に仕上がります。自然のものだから、出来不出来には海の影響が一番大きい」
 川からの栄養が海に入り、それが海の栄養になる。だから、北風が吹いている冬の時期しか海苔は採れない。南から海風が吹く春頃になると、栄養のない沖の海水が浜に寄せてくるからだ。海の栄養塩が少なくなってくると、海苔は1日で色落ちしてしまうこともあるという。
 「海の恵みは山や川の恵み」と津田さんは言う。美味しい海苔を作ろうと手間暇を厭わない生産者の言葉だけに、そこには強い説得力がある。それにしても海に関わる人々が想像以上に自然に対する繊細な意識を持っていることには驚かされる。
 美味しくて新鮮な魚介や海産物を求める私たち消費者も、学ぶべき点は多い。
奥松島の矢本漁業協同組合は「海苔養殖」が活動の主核。
生産される海苔は品質も良く、毎年1月に開催される塩竃神社奉納品評会では、
優勝、準優勝をたびたび獲得し、皇室献上の栄誉に浴している。
海苔は第二次世界大戦後、イギリスのキャサリン・メアリー・アンドリューという
女性学者によって生殖の仕組みが解明され、人工的な種付けの技術が確立された。
それによれば、海苔の種は牡蛎殻の表面で育つという。海苔と牡蛎は深い関係で結ばれているのだ。
写真協力/松島観光協会
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