物語に描かれた食
江戸のロハスに触れて

おいしい食卓


〜池波正太郎の世界に
     男の手料理を学ぶ


 今回は趣向を変えて、物語りに描かれた食を味わってみたい。題材は池波正太郎。「鬼平犯科帳」や「仕掛人梅安」、「剣客商売」でつとに人気の高い時代小説家である。食事の描写ひとつで江戸の空気や暮らしの気分が読者に伝わり、できることなら自分もそんな料理を味わってみたいと願った読者も少なくはないようだ。
 そんな物語りの世界から今回取り上げるのは、「鴨鍋」である。酒の席の大人の鍋だが、誰もが好むとびきり旨い鍋でもある。簡単な料理だから、男の手料理として一度試してみてはどうだろう。
 


 おはるは、父親が持たせてよこした鴨の肉と、見事な葱を1束と、芹と、手打ちの饂飩(うどん)を小兵衛の前へひろげ、(中略)
「何よりの御馳走だ」
 小兵衛は、おはるに命じ、鉄鍋で葱と共に焼き、酒をふくませた醤油につけて、食べることにした。
                             剣客商売「辻斬り『老虎』」




 鴨肉の脂肪は、コレステロールが少ないのが特長。合わせる葱は郡山の特産「阿久津の曲り葱」を使ってみる。夏場に葱を掘り起こし、斜めに植え替えのひと手間を加え、わざと曲げた葱だ。こうすることで、独特の柔らかさと甘さと風味が増すという。
 黒い鉄鍋を炭火で熱し、鴨の脂味を入れて溶かす。この脂だけで鴨肉と葱を焼く。これで十分。鴨肉は火を入れ過ぎると固くなるというから注意する。
 頃合いを見はからって醤油ベースのつけ汁につけて味わう。旨い。鴨肉もさることながら、鴨の脂の染みた葱の旨さに感服する。1人で2本位は食べてしまうというが、本当のことだった。次々に葱を追加し、ふはふはと食べる。
 鴨に葱。昔から言われるとおり、これが最強コンビであることを初めて知った。熱かんをお猪口でちびちびとやりながら、鴨鍋をつつく。こんな楽しみが江戸時代からあったことが、日本人としては何やら誇らしい。旨さに目を丸くする家人を横目に、鴨鍋が我が家の定番料理になることを直感した。
 
鴨鍋 鉄板で焼く鴨と葱の絶妙の旨さ!
材料(2人分)
鴨肉(脂身付き)
200g程度
葱 (主に白葱を適当な厚さで斜め切りにする)
2〜3本
* つけ汁は、醤油と酒を5対1で混ぜ合わせ、火にかけて煮立て、アルコールを飛ばし、事前に準備しておく。いわゆる「煮切り」である。
* 鴨肉は合鴨のものを使った。スーパーでも手に入りやすいが、比較的高価。
できれば器にもこだわりたいところ。
作り方
鉄鍋はすき焼き用のものを使う。十分に熱しておき、まずは鴨の脂身を入れて鍋に馴染ませるように溶かす。
鴨肉と葱を入れて焼く。鴨は火をあまり入れないようにするのが鉄則らしいが、やはりほどほどに火を通したい。葱は鴨の油が染み込み、多少の焼き目がつく程度に焼く。
焼き上ったら、つけ汁につけて食べる。つけ汁に浸した鴨肉や葱を二度焼きしても、もちろん旨い。




*料理の作り方は、池波正太郎をこよなく愛する落語人にして江戸文化研究家、断腸亭錠志(だんちょうてい・じょうじ)さんのご承諾をいただき、氏が再現されたレシピを参考にまとめています。


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