”天上の楽園”を歩く喜び
 
夏の尾瀬
 
 
そうだ、この夏は尾瀬に行こう!
尾瀬ケ原から燧ヶ岳(ひうちがたけ)を望む
 尾瀬の自然はたくさんの人たちによって守られています。木道の整備や、浄化槽を完備したトイレの設置、草花の外来種対策。自然環境保護のため、さまざまなワークショップも盛んで、ガイドの方に尾瀬を案内してもらうことも可能です。今回ご紹介するのは主に尾瀬沼と尾瀬ヶ原のコースですが、山小屋に宿泊し、ヨッピ吊橋や三条ノ滝、アヤメ平に挑戦するのも魅力的です。 尾瀬まで行くのは、という方にも、福島県内には安達太良山や甲子高原、裏磐梯や雄国沼と、豊かな自然を満喫できる散策コースがたくさんあります。いつか訪ねてみることを目標に、毎日のウォーキングを始めてみてはいかがでしょう。
 
コバイケイソウ ワタスゲ
リュウキンカ サンカヨウ
 
歩くこと、楽しんでいますか
 日本では軽登山に近いイメージのトレッキング。ヒマラヤが聳え立つネパールがその発祥の地ともされ、ニュージーランドやアメリカ、カナダと、世界中で親しまれているアウトドアスポーツです。山頂を目指し、ひたすら急な山道を登るのは無理でも、自然と触れあいながら、ゆっくりと歩くトレッキングなら、初心者でも十分に楽しめます。けれども厳しい自然の中に踏み入るわけですから、心構えや準備には、本格的な登山と同じ慎重さも必要です。事前にストレッチなどの準備運動は欠かせませんし、できれば血圧や心拍数などもチェックしながら歩きたいものです。
レッキングの基本は歩くことです。以前、60歳代の女性の方に歩数計の記録を見せて頂いたことがありました。その方は、毎日意識的に歩くことを心がけているとのことでしたが、1日の歩数を平均してみると約3000歩。多いときでも9000歩といったところでした。健康ウォークの目標は1日1万歩、とはよく聞く言葉ですが、距離にすれば10キロ近く。時間にして約2時間です。なかなか大変な運動なのですね。体にいいからと言っても、いきなり毎日1万歩は難しそうです。継続できなければ意味がありませんから、最初は1日10分程度歩く時間を増やし、プラス1000歩を目標にするのが、やはりお薦めでしょうか。  
 歩くのに自信がついてきたら、森の中のハイキングやトレッキングにも挑戦してみましょう。森の癒し効果を科学的に明らかにし、健康増進に活かそうという試み(森林セラピー)も注目されていますが、自然のなかを歩くのは、やはり気持ちのいいものです。仲間と話しながら歩くのも楽しいですし、一人黙々と歩くのも、自分自身と向き合う貴重な時間になります。そんなわけで、今回は尾瀬トレッキングへのご招待です。
 
水芭蕉の見頃は5月下旬から6月中旬頃まで
 
湿原に咲く可憐な花を訪ねて
  懐かしい尾瀬の風景のなかへ
 さて、本紙29号でもご紹介しましたが、兵庫県立粒子線医療センターで食道がんへの第1号患者として陽子線治療を受けられた石松良彦さんは、治療が一段落したとき、がんとの闘いを支えてくれた奥様と二人、憧れの尾瀬を訪れ、雄大な自然のなかで、ゆっくりと癒しのときを過ごされたそうです。草紅葉を楽しまれたと言いますから、季節は秋から初冬の頃でしょうか。その後の検査で、石松さんは寛解(問題ない程度に状態がよくなること)の言葉を受け取りました。  
 『夏の思い出』の歌が有名になったこともあり、どこか懐しさを感じさせる尾瀬。皆さんも一度は訪れたことがあるかもしれません。学生時代、東京から夜行列車に揺られ、仲間たちと早朝の尾瀬を訪ねた人も多いはず。
 郡山市を起点にすれば、檜枝岐から沼山峠口を利用するルートが一般的です。マイカーが規制されていますから、御池の駐車場に車を停め、バスで移動します。入山口へは15分ほどで到着です。
 
 
〔写真〕
左/山小屋に宿泊し、尾瀬の夜が明けていくのを見るのも人気です。朝もやに包まれた幻想的な美しさには思わず息を飲みます。
右/また、尾瀬にはたくさんの池塘(ちとう)があり、秋口には草紅葉に映える美しい装いを見せてくれます。
尾瀬はカメラマンにとっても人気のスポットです。写真撮影は朝夕の光を狙うことが多いようですが、湿地に入ることは厳禁です。撮影のマナーを守りましょう。
 
山道を歩くのは1時間ほど。比較的歩きやすい山道で、木道も整備されています。最初に20分ほど上り坂が続きますが、行き交う人と「こんにちは」と声をかけ合うたびに、尾瀬に来たのだ、という実感が湧き、励まされるようで元気が出てきます。峠には展望台があり、森の向こうに燧ヶ岳と尾瀬沼が見えます。森をぬけると目の前に広がる大江湿原。湿原は花の宝庫です。雪解けの5月下旬から水芭蕉の花が水辺を白く彩り、リュウキンカなどが清楚な姿を見せてくれます。7月に入ると、オレンジ色のレンゲツツジと白いワタスゲがやさしく風になびき、中旬からはニッコウキスゲの黄色い大群落。ゆっくりと湿原を楽しみながら進むと、木道はやがて尾瀬沼に至ります。  
〔写真〕
左上/沼山峠に立つと、森の彼方に燧ヶ岳と尾瀬沼を望むことができる。
右上/森を抜け、視界が開けると、そこには清楚な花を湛える大江湿原が広がる。木道を踏みしめながら、ゆっくりと進みたいポイントのひとつ。写真は大江湿原を彩るニッコウキスゲの大群落。7月中旬から下旬頃が見頃。
左下/有名な大江湿原の三本カラマツ。
右下/大江湿原から尾瀬沼へ水は清流となって流れ込む。

 ようやく尾瀬沼キャンプ場に到着です。ビジターセンターや山小屋もすぐ近くで、思い思いに休息するハイカーたちで賑わっています。東北の最高峰、燧ヶ岳を水面に映し、爽やかな風が吹き抜ける夏の尾瀬沼。そのほとりの山小屋に宿泊するのがいいか、その先の尾瀬ヶ原へまで思いきって走破してしまうか、これは計画段階からとても悩むところです。  
 尾瀬沼から尾瀬ヶ原へは、2時間ほどのルート。難所とされるところはありませんが、時間も体力も気になります。  
 尾瀬ヶ原は広大です。遮るもののない湿原をまっすぐに伸びる木道。日常では味わえない不思議な感覚を抱かされます。縦走はおよそ2時間半。山小屋に2泊できるなら、ゆっくりと尾瀬を満喫することができるでしょう。尾瀬沼よりも標高が高く、“天上の楽園”と讚えられるアヤメ平へも、是非挑戦してみたいものです。ただし、散策コースによっては険しいところもありますから、事前に十分な計画と装備は怠れません。  
 自分の力だけで一歩一歩進むしか移動手段はないのですから、やはりある程度、身近なウォーキングで体を鍛えておくのが正解です。 
 
 
十分な準備を整えて
  本物のトレッキング紀行を
 尾瀬では、めまぐるしく変わる山の気象にも驚かされることでしょう。帽子や雨具は必需品ですし、防寒具も備えておくべきです。ザックを背負い、水分補給の水筒や食料はもちろんですが、湿布薬なども忘れず入れておきましょう。シューズも自分に合った歩きやすい一足を手に入れておきたいものです。また、ポール(杖)があると、歩くのが楽になります。もしも雷が鳴ったら、すぐに休憩所などへ避難して下さい。熊も出ます。  
 注意書きが長くなりましたが、自然の中に入るのは、まさに真剣勝負です。それだけに、そこでしか出会えない風景や自然に触れる感動も大きく、歩ききったときの喜びもひとしおなのです。
れからの季節、ニッコウキスゲと入れ替わるようにキンコウカが咲き始めます。湿原は静かに夏から秋へと装いを変えていくのです。時期を少しずらし、ルートを変えて訪ねてみると、また違った尾瀬の魅力が見つかることでしょう。  
 帰りも、沼山峠を越える同じルートで下山します。戻りのバスの最終は5時頃です。早めに尾瀬を発ち、檜枝岐村に立ち寄ってみて下さい。温泉で汗を流す喜びは格別です。
 
 
 尾瀬の玄関口に位置する檜枝岐村は、燧ヶ岳や会津駒ヶ岳など、周囲を2000m級の山々に囲まれた高冷地。平家落人伝説などで秘境のイメージがありますが、夏は涼しく、冬はウインタースポーツも盛んな保養温泉地です。
〔写真〕
左/日本山岳会を設立し、尾瀬の自然保護にも貢献した武田久吉博士を顕彰する記念館もあります。
右/三つある共同浴場もよく整備されて清潔。
 
〔写真〕
左/ほの甘くもちもちした「はっとう」。
右/名物は断ち蕎麦。また、山人料理も有名です。山人(ヤモード)とは猟などをして山で働く男たちのこと。
 
 
三条ノ滝 アヤメ平
 
 標高1400mの高層湿原、尾瀬。広大な自然は変化に富み、複雑で多様な植生の宝庫でもあります。国の「特別天然記念物」として指定されており、2005年には水鳥の生態系を守るラムサール条約湿地として登録されました。昨年8月には日光国立公園から分離し、単独の尾瀬国立公園として新しい歴史が始まっています。今回ご紹介しているのは福島県檜枝岐村からのルートです。郡山からは車で3〜4時間。マイカー規制のため、御池の駐車場に車を駐め、バスで入山口の沼山峠口へ向かいます。(七入は混雑期の臨時駐車場)山小屋の休憩や宿泊は事前に予約しておきましょう。家族などで一部屋を確保できる山小屋もありますから、インターネットなどでよく調べてみて下さい。また、いろいろな団体や旅行会社のツアーを利用するのも便利です。
 
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