『市民のためのがん治療の会』講演会と活動に触れて
 
がん患者の立場から
放射線治療の有効性を訴える。
 
 
 
 がん治療はやり直しのきかない一回勝負とも言われます。それだけに、どんな治療法を選択するかはとても重要なのですが、がん患者にとっては治療法を選択するための情報や機会に恵まれないという現実もあるようです。こうした状況を変えるために、がん患者会を立ち上げた會田昭一郎さん。主宰する『市民のためのがん治療の会』の公開講座が、郡山市の総合南東北病院NABEホールで開かれました。會田さんが経験されたがん治療体験と患者会の活動をご紹介するとともに、講演を通して考えさせられたがん治療の世界の一端を、数回に分けてレポートします。
 
會田 昭一郎(あいた・しょういちろう)さん

昭和17年東京生まれ。
独立行政法人(内閣府所管)国民生活センターで永年消費者問題を研究。平成12年に舌がんの宣告を受け、国際標準治療を調べ、アメリカのNCIのパンフレットなどで小線源による放射線治療を知る。
北海道がんセンター副院長 西尾正道先生の治療を受け3週間で職場復帰、約8年経過し再発・転移も無く、高いQOLを維持している。
これらの経験から初期治療の選択の段階での放射線治療情報の欠落に注目、患者=消費者の権利が著しく損なわれており、がん治療に関する情報公開の重要性を痛感、部位別ではなく横断的ながん患者の会「市民のためのがん治療の会」を設立、代表。
NHKがんサポートキャンペーンの番組出演や、新聞、雑誌への寄稿、関係各省庁への提言なども積極的に行っている。
 
最適な治療を探し求めた舌がん治療の原体験
 もしもがんと診断を受けたら、自分はどんな治療法を選択するだろうか。  
 「命さえ助かれば、というわけにはいきません。頭頸部がんや子宮頚がん、前立腺がんのように、治療後のQOLに影響する種類のがんは、治り方も大事です」  
 そう語るのは自分で納得のいく治療が受けられるよう支援活動に取り組む患者団体の代表、會田昭一郎さんだ。  

 會田さんは8年前、自分が舌がん(扁平上皮がん・III期)治療に悩んだ経験を持つ。がん告知を受け、近くの総合病院で示された治療法は放射線の外部照射と抗がん剤治療。3〜6か月の入院が必要とされ、検査や治療日程がどんどん組まれていった。そんななか、本当にその治療が適切なのかどうか思い悩み、自分の舌がんに最適な治療法を必死に探した。インターネットで海外の医療情報にも目を通し、ようやく探しあてたのが小線源治療である。舌に放射性の針を直接射し込む治療法だ。  

 「小線源治療の権威が北海道にいるのが分かったのですが、仕事をしていましたから、北海道はいかにも遠い。できれば通院で治療したかった。ところが入院の数日前に『あなた本当にそれでいいの?』と妻に諭され、悔いが残らないようにと、急きょ国立札幌病院(現・北海道がんセンター)に電話しました。運良く今日なら診察できるということで、すぐに飛行機に飛び乗って西尾正道先生(現・院長)の元を訪ねたんです」  

 診断を受けると、計画されていた放射線の外部照射と抗がん剤治療では治らないことが分かった。會田さんは西尾先生の元にとどまり、治療を受けることを決める。  

 治療の結果、入院から3週間で退院、その3日後には職場復帰できた。その後8年間、再発や転移もない。
  
 
南東北病院グループ
理事長 渡邊一夫先生
南東北がん陽子線治療センター
センター長 不破信和先生
北海道がんセンター院長
西尾正道先生
 
 
よりよい治療法にめぐりあえる環境を整えるために
 車一台買うにしてもカタログを取り寄せ、あれこれ比較するはず。ところが命に関わる治療法を医師まかせにするのは不思議です。もっとも患者サイドに治療法を選択する機会や情報が少ないという現実もあります。陽子線治療センターにしても、がん治療への有効性や存在さえ知らない方もたくさんいるはずです」  

 會田さんは国民生活センターに勤務する消費者行政の専門家でもあった。今日では・医療消費者・という言葉も使われるようになってきたが、その当時、がん患者が求める情報は圧倒的に不足していた。そんな経験から医療と患者の間にある情報の隙間を埋めたいと、會田さんは患者団体の立ち上げを決意する。恩人の西尾先生も趣旨に賛同し、創立委員を引き受け、代表協力医としてタッグを組むことになった。2004年のことだ。会の名称は『市民のためのがん治療の会』。放射線治療についての適正な情報提供を重視した活動を続けている。  

 會田さんが力を入れているもののひとつにセカンドオピニオンの提供がある。会員が抱えるがん治療の悩みに応え得る専門医を紹介し、納得できる治療を支援しようというものだ。もちろんこうした活動は医師の理解と協力がなければ成り立たない。その日の講演会で講師を務めた不破信和先生(南東北がん陽子線治療センター・センター長)も協力医に名を連ねる医師の一人である。
 
 
進歩した放射線治療への正しい理解を広めたい
 日本のがん医療をリードしてきたのは外科手術である。胃がんの発症が多い日本人の場合、外科でがんを取り除く方法は有効だが、そんな日本的な事情ががん治療イコール外科手術、というイメージを形作ってきたという歴史もあるようだ。もっとも、現在では早期の胃がんなら内視鏡などで、可能な限りメスを入れない治療法が採用されるようにもなっている。  

 「世界でも日本の外科のレベルはトップクラス。手術がたくさんのがん患者さんの命を救ってきたのは事実です。けれども切らずに治療し、生活の質を担保できるなら、それにこしたことはない。外科でも放射線治療でも、治療成績が同じというがんは多いのです。メス一本で外科的な手術をする時代から、治療法は大きく変わってきました。私が医者になった頃はがんになるとほとんどの方が亡くなっていましたが、今では半分の方の命は救われます。治療後の人生を考え、QOLを重視した治療法が望まれています。そうした観点からすれば陽子線治療は最適の治療法です。仕事をしながら通院で治療できる。ただし、普及していない理由は高額だからです。使いこなせる人も少ない。放射線治療の専門医のほかにも物理士や技師などの専門家が必要なのですが、日本ではその数は極端に少ないのが現実です」  

 講師として率直に語る南東北グループ理事長、渡邉一夫先生はそうした状況のなか、身体に負担の少ない治療と早期診断のための医療システムを整えてきた。陽子線を導入したがん治療はそうした医療哲学のひとつの到達点でもある。  ところで、放射線治療という言葉から受けるイメージには大きな誤りが潜んでいるらしい。かつては手術もできないようなケースや、二次的な治療に放射線を用いることが多かったため、根治は期待できないといった誤解を生んでいるのだ。科学技術は加速度的に進歩し、とりわけガンマナイフなど、放射線治療分野の進歩は目覚ましい。  

 こうした無理解は、患者にとってはせっかくの治療の機会を失うことにも繋がる。西尾先生はこうした状況を懸念し、専門医の立場から講演や著作などで積極的に発言してきた。  

 「放射線治療は臓器や器官の形や機能を温存して治療できる。高齢者や合併症のある患者にも可能な治療法。がんによっては現在では外科に匹敵する治療効果が得られる場合もある。切らずに治療するメリットをもっと理解し、早期治療にも活用してほしい」  

 その日も『会』のために北海道から駆けつけた西尾先生は、講演でそんなお話を聞かせてくれた。
 
 
納得のいく治療を受ける上で重要なセカンドオピニオン
 世界と日本の放射線治療をめぐる状況には大きな隔たりがあるようだ。放射線治療が有効とされる肺がんや前立腺がんでも、日本で放射線治療を受ける患者は25%。それに対して欧米では60%を超えるという資料もある。  

 マンパワーの不足も否めない。日本では放射線治療医の数も少ないのだ。放射線腫瘍学会認定医は全国で575名。福島県ならつい最近までゼロという状況だった。現在でも不破先生を含めて、4人しかいないというのが現実だ。  

 近くの医療機関に放射線の専門治療医がもしもいないなら、セカンドオピニオンを活用し、治療方針に生かしていくべきだろう。  

 「日本人は主治医に逆らうようなことをどうしても躊躇してしまいがちです。セカンドオピニオンという言葉があっても、その地域にひとつしか病院がなかったら、患者は医師の機嫌を損ねないようにと、気を使います。けれども、がん治療は自分の命に関わる選択です。その後の生活の質を低下させないような治療、過不足のない納得できる治療を望むのは自然なことです。思いきって自分が納得いくまで、相談してみることは大切です」會田さんはそう語る。  

 そんなセカンドオピニオンで陽子線治療を経験した一人が大塚政寿さんだ。講演でがん患者の立場からマイクを握った大塚さんは、自分自身の頭頸部がんの治療体験を次のように語った。  

 「冗談めかして言えば、私の主治医は陽子線治療について、放射線に毛の生えたようなものとしか認識していなかったようです。けれども、家族が必死で集めた資料を渡すと、その場で目を通し、すぐに南東北病院に電話して不破先生に診察予約をしてくれました。そんな対応は器量の大きさを感じさせ、主治医への信頼を一層深めてくれるものでもありました」  

 不破先生は診察をすると、兵庫県立粒子線医療センターを紹介し、無事治療は成功した。大塚さんは「お陰で顔の半分を手術で失うこともなく、失明の危険も回避することができた」と振り返る。  

 「実は、こうした形で医療機関や主治医が患者さんの診察を依頼してくれるのが、がん医療の現場では重要なことです。医師がもっと放射線や陽子線治療の効果を正しく認識し、相互に連携しあうことで、南東北がん陽子線治療センターの存在も、活かされることになっていくはずです」  

 不破先生はそう訴える。
 
陽子線治療体験をレポートされた
大塚政寿さん
家族の陽子線治療をレポート
された 櫻井祐美さん
ひいらぎの会 代表世話人
小形武さん
 
がん患者予備軍の一人として知っておきたいがん医療の世界
 がん...。最も適切な治療法は可能な限り早期の発見と正確な診断の上にある。幸い、PETをはじめとする画像診断装置は、飛躍的な発展を遂げている。  

 「がんはすぐ死に直結するという病気ではありません。主治医から診断と治療方針をよく聞き、もう一度落ち着いて、治療法を納得がいくまで考えてみたいものです」(渡邉一夫先生)  

 だからこそ、最適な治療法との出合いを支援する情報提供には大きな意味がある。国民の3人に1人ががんになり、そのうち半分の方ががんで死亡する。今後、社会が高齢化するほど、がん患者が増えることは間違いない。にも関わらず、がん治療について、私たちは他人事のように思っていないだろうか。一昨年には『がん対策基本法』が成立したが、がん治療をめぐる環境の整備も十分とはいえないようだ。私たちも、一人のがん患者予備軍であるという自覚を持つべきなのだろう。  

 民間初という陽子線治療センターのオープンを機に、がん医療をめぐる情報への関心が高まっていくことを望む。
(つづく)
 
※今回の記事は『市民のためのがん治療の会』の講演内容、並びに代表の會田昭一郎氏へのインタビューをもとに構成しています。また、原稿作成にあたっては『市民のためのがん治療の会』続・書籍『がんは放射線でここまで治る 第1集』を参考にさせて頂きました。また、大塚政寿さん、櫻井祐美さんの貴重な体験談などにつきましても、引き続き『サザンクロス』にてご紹介してまいります。
 
 
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