地域の医療を支える
南東北裏磐梯・桧原診療所を訪ねて
 
 
裏磐梯 ~北塩原村の魅力~
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北塩原村は1954年、北山村・大塩村・桧原村の三村合併により誕生し、それぞれの名前から漢字一文字ずつをとって名付けられた。
磐梯朝日国立公園の主要な一画をなし、面積は233.94㎡。人口は3,383人、世帯数は1,096世帯(平成20年12月現在)。
よく整備されたゲレンデでは毎年4月頃までスキーやスノーボードが楽しめる。
写真(1)は五色沼から磐梯山北面を望む雪景色。写真下は南東北裏磐梯診療所(2)と南東北桧原診療所(3)外観。
両診療所は磐梯高原の主要な位置にあり、標高は約800m。冬は平均2m前後の雪に覆われる。
一般財団法人脳神経疾患研究所からは大原宏夫医師を中心に、専門の医師たちが通勤し、地域医療を支えている。
(2) (3)
 
 深田久弥が選んだ百名山のひとつ、磐梯山。その北麓一帯は裏磐梯と呼ばれ、自然に恵まれた高原リゾートでもある。観光資源にも恵まれ、一年を通じてスポーツも盛んな地域で、健康増進への取り組みも積極的に進められているようだ。冬のある一日、雪に包まれた裏磐梯を訪ね、二つの診療所を運営する南東北グループの取り組みの一端に触れてみた。
 
高原リゾート裏磐梯の魅力
 「宝の山」と讚えられる磐梯山は、日本を代表する山だ。  南には猪苗代湖が広がり、優美な山容を誇るが、北に目を移すと、噴火の傷跡を残す爆裂火口の雄姿とともに、変化に富んだ磐梯高原が広がる。  
 桧原湖や五色沼。300にも及ぶという大小の湖沼群は、明治21年の大噴火によって渓流が堰き止められ、生み出された風景である。水が育み、作り出した森には野鳥のさえずりが聞こえ、可憐な山野草が顔を覗かせる。魅力溢れる高原は数多くのボランティアたちによって守られ、手つかずの自然を残している。  
 ここ北塩原村は、特色ある二つの地域の顔を持つ。喜多方市寄りの西側は、広々とした盆地につながる地域で、水田も多く、農業が盛んだ。一方、そこから坂道を上り、十数分車を走らせると、磐梯高原の大自然が広がる。洒落たホテルやペンションが建つ高原リゾートは温泉にも恵まれ、無数の泉源からは湯量豊富なお湯が溢れる。
泉資源の活用には特に力が注がれているようだ。  
 全天候型の温泉リゾートとして誕生したラビスパ裏磐梯は、磐梯高原と喜多方を結ぶひばらビューライン(国道459号)沿いの桜峠温泉にある。温泉と健康をテーマにした総合レジャー施設で、大浴場や露天風呂、サウナ施設などが充実している。膝や腰など体に負担がかからない水中ウォーキングやスイミングなど、ダイエットや健康維持に最適な運動メニューも備え、特に巨大なウォータースライダーや温水プールは一年を通して家族連れなどに人気だ。  
 こうした温泉施設を健康増進に活かそうという取り組みも積極的に進められてきた。専門家の指導のもと、ストレッチや森林浴、ウォーキングなど、運動でかいた汗を温泉で流し、郷土の食材を活かした料理に舌鼓を打って元気になる。温泉を核に、食事、運動、自然環境の4つを組み合わせ、心身の健康増進につなげようという、いわば現代版の湯治の復興である。村では村民一人ひとりが自分の健康増進に努められるようなシステムを整備し、元気な村づくりに結びつけたいと力を入れる。
ラビスパ裏磐梯のプール
 
健康寿命と生活習慣
 人口動態調査によれば、どうやら日本の高齢化が今後も進んでいくことは避けられないようだ。以前は過疎地や山間部固有の問題のように思われてきた少子高齢化の問題は、都市部でも深刻な問題となりつつある。医療費の削減を目指す国の政策もあり、高齢者の医療・福祉をめぐる状況は厳しさを増す。  
 こうしたなか、いろいろな自治体などで保健・福祉活動に力を入れているが、北塩原村での健康増進への取り組みも興味深い。
「高齢者医療を考えるとき、寝たきりを防ぎ、毎日を元気に暮らすためにはどうしたらよいか、つまり健康寿命を延ばすという視点が大切になります。そのためには生活習慣の改善は欠かせません。ひとつには食生活の改善。塩分のとりすぎは高血圧による脳卒中を招きかねませんし、カロリー摂取の適正化も必要です。高血圧、高血糖、高脂血症は、いわゆるメタボリック症候群という言葉で知られるようになってきましたが、内蔵型肥満によってリスクが高まる生活習慣病を予防するという点からも気をつけてほしいところです。  
 運動の習慣化も大切で、温泉のプールなどを利用した運動はとてもいいのです。特に寒い季節にはどうしても家にこもりがちになってしまいます。しかし運動不足は大敵。温泉を楽しみながら、運動できるのは素晴らしい環境と言えるでしょう。高齢者はもちろんですが、働き盛りの方も大いに利用して、健康増進に役立ててほしいものです」  
 南東北裏磐梯診療所で診療にあたる大原宏夫先生のお話である。
にとって医療の安心は欠かせない。北塩原村は西側で喜多方市に隣接し、救急医療体制など、喜多方や会津の医療機関を利用できる利便性は確保されている。しかし、村は広い地域にまたがっており、五色沼周辺や桧原湖北岸地域にも医療機関があることが望ましかった。ところが、裏磐梯の高原一帯は冬の積雪も多く、人口も少ないことから、民間の医療機関では経営が難しい。そこで村営の診療所が設けられることになるのだが、医師や看護師を安定的に確保して診療所を維持する困難にも直面し、平成16年から総合南東北病院の母体、一般財団法人脳神経疾患研究所が運営を引き受けることになった。
 総合南東北病院は、がんをはじめとする三大生活習慣病の撲滅を理念に掲げ、昨年10月には関連の南東北がん陽子線治療センターで陽子線治療が始まった。著名な医師たちが名を連ね、東京クリニックなどとともに先進医療の側面が広く知られている。また、同院は県の地域医療支援病院にも指定されており、地域医療の充実に向けた取り組みも特筆されるところだ。
 
五色沼自然探勝路を散策し神秘的な湖沼群をめぐるトレッキングの楽しみ
 自然と美しい景観に恵まれた裏磐梯は、トレッキングのメッカ。総延長80km、全体で19ものコースが整備されている。
トレッキングは1年を通して楽しめるが、冬場のスノーシュー(西洋かんじき)を着けた雪原トレッキングも人気で、専門のガイドが案内するツアーもある。
 気軽に裏磐梯を楽しむなら、五色沼自然探勝路がオススメ。『五色沼』とは磐梯山北麓にある色とりどりの湖沼群の総称で、五色沼自然探勝路はバス停の『五色沼入口』と『磐梯高原駅』を結ぶ約3.7kmの遊歩道で、比較的歩きやすいコース。美しい10あまりの沼を次々に眺められる。
 代表的な毘沙門沼・赤沼・みどろ沼・弁天沼・瑠璃沼・青沼と、沼の色が違うのは、磐梯山噴火時に噴出された鉱物の溶け方や陽光があたった時の屈折率の違い、水中植物の影響などのため。見る角度や、時間、季節、天候によっても水の色は微妙に変わる。
 右の写真は神秘的なコバルトブルーが魅力の『青沼』。
水が織りなす自然にも恵まれた裏磐梯では、水道も自然湧水を利用したおいしい水。豊かで美しい水環境を将来にわたって守るため、下水道整備にも力を入れている。
 
裏磐梯診療所を訪ねて
 冬のある一日、南東北裏磐梯診療所を訪ねてみた。磐梯高原までは総合南東北病院がある郡山市から、磐越自動車道を利用して約1時間の距離である。その日は青空が広がり、路面には凍結もなく、スムーズに車は進む。3cmほどの積雪で雪景色が広がる猪苗代湖畔から裏磐梯までは約15分。標高800mの高原地帯に入ると、風景は一変し、別世界に迷い込んでしまったような不思議な感覚に襲われる。きれいに除雪された道路の両側には1mを超える雪の壁が続く。  
 五色沼の入口にある裏磐梯診療所は、山荘を思わせるログハウス建築である。リゾート気分が漂う高原の中心地だ。  
 午前中の診療が終わったばかりの大原宏夫先生は脳神経外科が専門のエキスパートドクターだが、在宅医療にも力を注いできた。日本在宅医学会に所属する医師は福島県内ではまだ数えるほどだが、大原先生はその一人として脳卒中、がん、認知症、神経難病などの在宅医療を担い、生活の質の確保や在宅医学の確立に向けた取り組みも進めている。
「診療所では、基本的なプライマリ・ケア(初期的な診療)はもちろんですが、まずはかかりつけ医として相談を受け、重い症状の場合には病院に紹介します。私の診療は水曜で、内科・外科・小児科を担当しています。ほかの曜日には心臓血管外科、呼吸器内科、脳神経外科、循環器科、整形外科と、各専門の医師が日替わりで、専門性の高い診療にも応じています。近隣の各医療機関や総合南東北病院とも緊密に連携し、質の高い医療の窓口としての役割も果たしていきたいと考えています」  
 同村内の桧原診療所でも診療にあたる大原先生は、総合南東北病院でも在宅医療を担当しているから、北塩原村と郡山市を定期的に往復する。当地の在宅医療も担当しており、脳神経外科医としては冬、寒くなってくると、患者さんや顔見知りのお年寄りたちのことが心配になるという。  
 「寒いトイレや脱衣所などで血圧が急に高くなり、脳出血することもありますから、注意が必要です。脳卒中は寝たきりになる確立も高い。そうならないためにも、診療所としては特に検診を充実させていこうとしています。実際にここで検査を受け、血圧や血糖値が高いことが分かり、治療を始めた方もいます。早期発見・早期治療をすれば重篤にならず、血圧や血糖、コレステロールも薬でコントロールできます。また、生活習慣を改善することで、薬の必要がなくなる場合もあります。健康への気づかいが薄れると病気発見が遅くなってしまいがちです。症状が出てからでは遅いことも多いので、1年に1回〜2回検査をして自分の身体の状態を見直してみることが大切です」  
 総合南東北病院には質の高い検査や診断を可能とする先端医療機器が整備されている。早期にがんを発見するPET(ペット)もそのひとつだ。診療所にもいろいろな検査機器は備えられているが、総合南東北病院でのCTやMRI検査が必要な場合は、診療所からの送迎にも応じているという。PET検査では実際に早期がんが見つかり、治療を続けている方もいる。総合南東北病院の進んだ医療資源の活用にもつながる医療連携のあり方のひとつが示されていた。  
南東北裏磐梯診療所で診療にあたる大原宏夫先生
(財)脳神経疾患研究所 附属 総合南東北病院 在宅医療センター所長
桧原湖北岸へ向かう
 桧原湖の最奥、北岸に位置する南東北桧原診療所は、雪深い山間の集落から少し外れた一画にあった。  
 氷結した桧原湖東岸の雪道を注意しながら30分以上かけてゆっくりと走り、ようやく診療所に辿り着く。
原診療所の目と鼻の先は広大な桧原湖である。大原先生はじめ診療所のスタッフたちは、水曜の午後はここに移動して地域医療を担う。隣接する村営の温泉『湖望』は桧原湖を一望しながら入浴できる温泉施設として知られ、近隣の村民や釣り人たちに人気だという。  
 桧原湖は冬の装い。広々とした氷結湖には点々と釣り小屋やテントが見えた。ワカサギの穴釣りがもう始まっていることを知り、釣り宿に立ち寄ってみることにした。  
 小屋で暖をとりながら楽しめるワカサギ釣りは家族連れにも人気だ。「揚げたての天麩羅が美味いんですよ」と言う釣り客の釣竿には、銀色のワカサギが踊っていた。
 
大原先生と診療所スタッフの皆さん
 
裏磐梯高原 インフォメーション
【諸橋近代美術館】
西洋中世を思わせる建物が印象的な美術館。広々とした館内には、20世紀を代表する巨匠、サルバドール・ダリの作品が並ぶ。ダリの彫刻37点をはじめ、絵画・版画等約350点を所蔵・展示するのは、世界でも類を見ぬ規模。ルノワール、ゴッホ、ピカソ、シャガールなどの著名絵画も所蔵、展示する。
冬期は休館となるが、春は4月20日からの開館と、ルオー展の企画が予定されている。
  
【裏磐梯ビジターセンター】
裏磐梯を訪れる人に、磐梯朝日国立公園の自然をわかりやすく展示・解説する。裏磐梯の野鳥や生き物たちの生態、登山・トレッキングコースなどを紹介している。自然観察会なども一年を通して随時開催。冬にはスノーシューをはいた観察会も行われる。レンゲ沼近くに建設された『裏磐梯サイトステーション』も同様の施設で、高原の自然に触れる前に、注意すべきマナーもこうした施設で確認しておきたい。
また、磐梯山の成り立ちを展示解説した『磐梯山噴火記念館』は火山をテーマとした科学博物館。隣接する『磐梯山3Dワールド』では噴火の様子を迫力ある3D映像で体験できる。
 
【イエローフォール】
スノーシュー・トレッキング・コースとしてイエローフォールを訪ねるツアーが人気を集めている。イエローフォールは磐梯山火口壁に冬の凍結期にのみ姿を現す幻の滝。辿り着いた時の達成感は何ものにもかえられない魅力。リフトを乗り継ぎ、雪のアップダウンを1時間ほど歩く。
 
【桧原湖の氷上ワカサギ釣り】
桧原湖は10月上旬〜12月下旬は屋形船(ドーム船)やボートで、1月中旬〜3月下旬は氷上で、ワカサギ釣りが楽しめる。氷上穴釣りは釣り具をはじめ、釣り用ハウス、テントのレンタルもあり、手ぶらでも暖かく釣りが楽しめる。遊漁料日釣券が必要だが、コンビニなどでも購入可能。
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