安達太良山は標高約1700メートル。麓には岳温泉がひろがり、名湯とウォーキングを満喫できる高原リゾートとして人気が高い。「阿多多羅山の山の上に、毎日出ている青い空が、智恵子のほんとの空だといふ」(あどけない話)。そう高村光太郎の詩に描かれた頂に登り、智恵子のふるさとを彩る本当の空を仰いでみることにした。

ほんとうの空を見にゆく。安達太良山トレッキング

奥岳から安達太良山頂を目指す
 達太良山登山口はいくつかあるが、今回は奥岳からゴンドラリフト「あだたらエクスプレス」を利用することにした。頂上で昼食をとり、牛の背を縦走してくろがね小屋に立ち寄り、4時までに下山する予定だ。パンフレットを見ると、約4時間30分の行程とある。午前9時、あだたら高原スキー場からゴンドラリフトを利用して、一気に薬師岳へ向かう。終点は標高1350mの薬師岳山頂。
 ゴンドラを降りると、すぐに登山道の入口だ。歩きやすい木道が、潅木帯のなかに伸びている。歩き始めると、すぐに分岐の標識があり、薬師岳パノラマパークは右へ入る。一周20分ほどの展望、散策コースが整備されており、ここまでなら気軽に山歩きが楽しめる。
 しかし、頂上を目指すなら、装備や安全面にも慎重になりたい。安達太良山は比較的楽に登れるとよく言われるが、やはり登山には違いない。気を抜くと遭難という事態は避けられないし、山の遭難は死に直結する。安全にはくれぐれも注意したい。
 ャクナゲの低木があちこちに見える。20分程進んでいくと木道は尽き、旧来の登山道が姿を現す。小さな浮き石に足をすくわれ、何度か変な転び方をしそうになる。足を踏ん張り、一歩一歩山道を進む。滑りやすい粘土質のところや、岩が段差をつくり70~80センチ這い登るような場所もある。息が上がったら足を止めて軽い休憩を繰り返し、40分ほどで仙女平の少し開けた場所についた。ここは表登山口との分岐点で、フォレストパークあだたら(大玉村)から登ってくる登山道と合流する地点だ。ちょうどいい場所なので、道に転がる50センチほどの岩に腰かけて本格的に休憩する。
 キャラメルを口に含んでトレッキング再開。いつの間にか傾斜がきつくなり、足元の岩礫に気をつけながら上っていくと、道の中央に石を積み上げた大きなケルンがあり、さらに進むと、視界が開け、右手に美しい山裾と遠く山並みの連なる風景が広がる。岩礫の道はさらに急坂になるが、ここまで来ればあとひと息だ。
 いきなり平らな場所に出ると、巨大な岩の塊が姿を現す。山頂である。
山頂で空の青さを確かめる
 達太良山は別名乳首山とも呼ばれるように、頂上にはポツンと大きな岩場がある。ちょうど二階建ての家の屋根ほどの高さの岩壁はなかなかの難所だ。鉄の梯子を使うか、備え付けの鎖を伝ってよじ登るかして頂上に到着する。そこは20畳ほどの狭い空間だ。
 小学生の子ども連れの家族や、4~5人の若者たちのグループ、ストックを持ったシニアの女性たちの一団もいる。
 360度遮るもののない山頂からの風景は格別だ。眼下の山肌を白い雲のようなガスがゆっくりと風に乗って上ってくる。ひと息ついて体の汗をぬぐい、ようやく空の青さを確かめる余裕もできた。
 ふるさとの空は青く深く清らかで、美しい。持参の梅干しのおにぎりを二つ頬張り、水筒のお茶を飲む。ゴンドラ終点から頂上までは通常1時間30分ほどの行程だが、時計を見ると11時過ぎ。3~4回は休憩を取り、マイペースで2時間ちょっとかけて上ってきた。
 30分ほど頂上で休憩し、岩場を這い下りて北へ向かう。天空の一本の道のように稜線が延びている。牛の背とも呼ばれる人気の縦走ルートだが、足元は左右ともに山の斜面で、天候次第では強風にさらされる難所でもある。滑り落ちないように心して進み、15分ほどで矢筈ガ森分岐に至る。左手には荒涼と広がる沼ノ平の異様な光景を見下ろせる。
 ここから右手に下るとくろがね小屋へ向かうルートとなるが、そのまま真っすぐに山陵(馬の背)を縦走すれば、鉄山に至る。およそ30分ほどの行程だが、急な岩場となり危険度も高い。
 今回はこの矢筈ガ森分岐を下り、峰の辻を経てくろがね小屋を目指す。下りは体力的には楽だが、足を滑らせたり痛めたりする危険度が高くなるから充分に注意して歩く。こんなとき、軽くて足首まで固定できる登山用のシューズはやはり快適だ。

 矢筈ガ森分岐点から安達太良山を振り返る(右奥が和尚山)

くろがね小屋の秋

沼ノ平の火口原

くろがね小屋に到着、勢至平へ
 筈ガ森からほぼ1時間、ようやくくろがね小屋に辿り着く。入口にはシンボルの黒い鐘が取り付けられている。ここは宿泊可能な公営の山小屋で、温泉も楽しめるから有難い。時計は1時を少し過ぎていた。周辺一帯は山麓にある岳温泉の源泉地帯であり、温泉のお湯はここから樋を通して引き湯され、麓まで運ばれるのだ。食堂で椅子に腰かけ、しばらく休憩することにして珈琲を注文。山で飲む珈琲は格別に旨い。
 くろがね小屋から奥岳の登山口まではおよそ2時間。時間があれば温泉で汗を流すのもいい。泊まりがけなら温泉を満喫し、格別に旨いビールを味わえるのだが、楽しみはこの次に譲ることにして、下山開始。
 登山道を少し進むと有名な「金明水」の水場がある。冷たくおいしい山水を飲み、道を進む。源泉のお湯を運び、役目を終えた古い木の管があちこちで朽ちている。岳温泉のお湯が引き湯される途中で適度に湯揉みされ、優しいお湯になると言うのが納得できる気がする。
 つの間にかなだらで広々とした高原地帯を歩いていた。初夏にはシャクナゲやレンゲツツジが咲き競う花の名所、勢至平だ。遠くに安達太良山頂が望め、秋の紅葉も見逃せない。山頂へ繋がる登山道との分岐を過ぎてしばらくすると、山を下るルートになる。
 奥岳に向かうには二つのルートがある。ひとつはジープが入れるように整備された馬車道で歩きやすいが、今回はもうひとつの林のなかをショートカットする近道を下った。
 転げ落ちそうになる急峻な道は滑りやすい。足元に注意していても、何度か足を滑らせて尻餅をつく。途中で展望の開けた場所があり、ひと休み。水分を補給する。
 再び坂を下りはじめ、しばらくして馬車道と合流、遠くに沢音が聞こえはじめる。ここまで来れば奥岳の登山口はもうすぐだ。烏川橋を渡ると、すぐに奥岳のスキー場が見えてくる。時刻は4時少し前。疲れは溜まっているが、高原の風が心地よい。
岳のお湯につかり、しばし反省
 「車場で汗に濡れたシャツを脱ぎ、乾いたTシャツに着替えて、車に乗り込む。天候に恵まれたことに感謝し、岳温泉で汗を流すことにしてエンジンをかけた。標高600mの安達太良山麓にある岳温泉は立ち寄りでお湯を楽しめる宿が10数軒ある。その中の1軒に入り、温泉につかる。清潔で広々とした湯船で疲れた手足を伸ばした。このお湯がくろがね小屋周辺から引き湯されて運ばれてきたものだと思うと、ついさっき歩いてきた光景が目に浮かぶ。一日がかりのトレッキングルート。歩ききったという充足感が湧いてくる。

 「かし、本気で取り組まないとやはり痛い目に遭いかねない。以前安達太良山に登ったときは、途中から小雨がぱらつき始め、頂上に近づくにつれて風とガスがひどくなった。汗をかいた体から強風で体温が奪われていくのが分かり早々に下山したが、山はやはり怖い。気象も変わりやすいし、単独行なら怪我をして歩けなくなっても、誰も助けに来てくれないだろう。
 そう思うと日頃の体力づくりや体調管理はもちろんだし、充分に余裕のある計画を立てることの大切をあらためて思う。これからはリンドウが美しい花を咲かせるシーズンだ。決して油断できないことを充分に肝に銘じたい。
 

●岳温泉では安達太良山トレッキングルートを含め全33コースの起伏に富んだコースを整備し、温泉と併せて楽しむ健康ウォーキングにも力を入れている。詳しくは0243-24-2310岳温泉観光協会へ。(ガイド付きトレッキングツアーあり)
●山に登る際は装備・服装・準備を万全に。一般に標高100mで0.6度C気温は下り、天候も変わりやすいので油断は大敵。少しでも不安を感じたら、予定を変更して引き返しましょう。登山と下山の際には備え付けのポストに「入山者カード」の投函も忘れずに。