外科的な処置をせずにがんを治す治療法が注目されている。IVRと呼ばれる血管内治療だ。カテーテルを血管に通して病巣だけを正確に治療する手法は、肝臓がんでは世界的な潮流をなすという。そのエキスパートの一人が総合南東北病院・総合血管内治療センター長の今井茂樹先生。放射線科のノウハウを駆使して行う血管内治療の手法はがんだけではなく、血管奇形の治療などにも用いられるという。福島県内で初めてIVR専門医修練施設に認可された総合南東北病院を訪ね、IVR治療についてお話を伺った。

進化する血管内治療

血管内治療とは
 科学技術の発展は、医療に革新的な進歩をもたらしてきた。とりわけ放射線領域の進化は著しい。診断においてはPETやCT、MRIなどの画像診断が大きな成果を挙げ、治療においては陽子線治療や強度変調放射線治療(IMRT)などががん治療の新たな地平を切り拓きつつある。欧米では新規のがん患者の実に6割が放射線治療を選択するというが、切らずにがんを治す低侵襲の放射線治療は、日本においてもますます重要な役割を担うことが予測されている。
 こうした状況のなか、IVRという新たな治療法が注目されている。総合南東北病院に昨年着任された今井茂樹先生が専門とする血管内治療だ。
 「血管内治療とは、レントゲン透視(アンギオ)、CT、超音波(エコー)などの検査画像を見ながらカテーテルという細い管や針を用いて病気を治す治療法です。つまった血管や胆管を拡げたり、出血している血管をふさいで止血したり、血管を潰してがんを死滅させたり、あるいは直接ハリを刺して、がん細胞にダメージを与えたり、いろいろな症例に応じた手法を用います。手術を必要としないため、身体への負担が少なく病気の場所だけを正確に治療できるのが特徴です」
 血管内治療をはじめとするIVRとは、そもそも日本で誕生した治療法だ。それが欧米でブレイクし、日本国内でもあらためて注目されるようになった。
 「日本では肝臓がんは減りつつありますが、欧米では増えてきています。その結果、西欧でも研究が進み、テクニックそのものや、使える薬などがこの2~3年で画期的に進化しました。IVRの対象はがんだけではありませんが、肝臓がんの治療では、現在、世界的なメインストリームとなりつつあります」
 血管内治療は、脳神経外科医や血管外科医、心臓ならば循環器内科医と、それぞれの専門医によっても行われている。しかし、多くは放射線科の医師によって行われる。外科的治療や化学療法との併用も含め、それぞれの専門医と連携し、役割分担をしながら治療は行われる。
IVRの普及へ
 射線科には画像診断と治療という二つの側面が含まれている。放射線治療の専門医は全国でも極端に数が少なく、なかなか一般にはイメージがつかみにくい。そのため、専門の治療医が存在する地域とそうでない地域では、治療の機会という点でも医療格差が生じているようだ。
 「昨年まで、福島県内にIVRの専門医は一人もいませんでした。ですから、福島県で自分が役に立つのならと考え、この病院に来る決心をしたのです」
 そう語る今井先生の出身は姫路。御典医の家系だ。岡山県の川崎医科大学から渡邉一夫理事長に誘われての〝単身赴任〟だった。
 今井先生が昨年からIVR治療を開始し臨床実績を重ねたことにより、総合南東北病院は今年4月、血管内治療の専門学会『日本IVR学会』から県内初の『専門医修練施設』として認可された。現在は福島県立医大からも研修医を受け入れ、IVRの専門医を育てている。
 IVRは大出血を伴う緊急状態や血管奇形などの治療でも大きな役割を担う。難病指定を求めて患者と家族が署名活動を続けてきた「混合型血管奇形」は、昨年7月に厚生労働省の難病研究の助成事業として認められたが、今井先生はその検討作業にも携わってきた。自らも「血管腫・血管奇形IVR研究会」の代表世話人を務め、今後は「研究会」を「学会」へと発展させていきたいと語る。
 IVRの対象疾患は幅広い。体に負担の少ない治療法として一層の普及が望まれている。

IVRの対象疾患と治療法

がんに対する治療法の新たな選択肢
原発性肝臓がんと高度進行肝臓がん
 原発性肝臓がん(B型肝炎やC型肝炎などの慢性肝炎や肝硬変から発症する)に対する治療法としては、直接病変に針を刺してがんを焼ききり死滅させるラジオ波焼灼療法(RF・アールエフ)やアルコールを直接注入する治療法(PEI・ペイ)、がんの細胞が栄養を取り込んでいる動脈にカテーテルという細い管を入れ、がんを殺す薬を注入したり、血管をふさいでしまう物質を注入する動脈塞栓術(TAE・ティーエーイー)、つまり肝臓がんに対するがんの薬漬け・兵糧攻め治療法があります。また、高度進行肝臓がんに対しては持続的にがんを殺す薬を動脈から注入するリザーバー動注療法があげられます。もちろん外科的手術や粒子線治療等も選択肢の一つです。
 肝臓がん治療にあたっては肝臓がんの大きさ、個数、どこにあるか、そして肝機能の状態などにより、どの治療法を選択するかが決まります。治療法はどれか一つだけしか選択できないわけではなく、状態や経過に応じて何種類もの治療法を組み合わせて行うことも可能です。慢性肝炎や肝硬変から肝臓がんが発生することが多いため、再発することも多いです。つまり1回の治療で完全に治るわけではないと考えて定期的な経過観察が必要になります。
転移性肝臓がん
 同じ肝臓がんでも、胃や大腸などの他臓器からのがんが肝臓に転移してきた転移性肝臓がんに対しては、がんを死滅させる薬の点滴や飲み薬が有効とされています。しかしながら、前述したリザーバー動注療法も有用です。
 つまり、あらゆるがんの肝臓転移に血管内治療は選択肢の一つとなります。
頭頸部がん
 頭頸部がん(耳鼻科領域の舌や咽のがん)では、手術前の治療法として、放射線療法と併用して、直接病変部位にがんを殺す薬を注入する動注療法が行われます。この手術前にがんを殺す薬を動脈から注入する治療は、手術ができなかった病変を手術可能にすることができるため、頭の先から足の先まで各種のがん(悪性腫瘍)に対して広く用いられています。
 その他、頭頸部がんからの口腔内や鼻出血、肺がんからの血痰や気管内出血、消化器がんの吐血や下血、泌尿器がんの血尿、子宮がんの不正性器出血、肝臓がんや腎臓がんの自然破裂などのがんからの出血に対しても動脈塞栓術(TAE)で止血可能です。
がん以外の各種血管性病変
がん以外の血管内治療の適応は各種血管性病変です。
動脈狭窄症
 動脈が細くなったり、つまってしまう病気に対しては血管を拡げる治療をし、その補強材料としてステントという器材を血管の中に置いたりします。
動脈瘤
 動脈にコブができて、大きくなると破裂して出血死してしまう病気に対しては、コブを塞栓物質という病変をふさぐ物質をコブの中に入れてコブ自体をふさいでしまったり、カバードステントという器材を用いてコブの入り口をふさいでしまいます。
外傷時の出血
 交通外傷の大量出血時には手術が困難なことが多く、そのときにはカテーテルを用いて緊急動脈塞栓術(TAE)を行います。
血管腫・血管奇形・動静脈奇形
 これらは血管の異常で体中どこにでもできます。治療適応にならないことも多いので、正確な診断が要求されます。
 治療法は動脈塞栓術(TAE)や直接病変に針を刺して病変を固めてしまう硬化療法が行われます。
 血管腫は生後急速に増大し、その後徐々に退縮しますが、血管奇形は出生前から存在し、外傷や感染、ホルモン変調など成長によって増大する点で大きく異なります。
  • 血管腫とは?
  • 従来「毛細血管性血管腫」「苺状血管腫」「苺状母斑」と称されていたものが該当。

  • 血管奇形とは?
  • 従来「ポートワイン色病変」「火炎状母斑」「海綿状血管腫」「静脈生血管腫」「リンパ管腫」「動静脈奇形」「単純性血管腫」が該当。

  • 毛細血管奇形とは?
  • 従来「単純性血管腫」と称されたものです。

  • 静脈奇形とは?
  • スポンジ状(海綿状)あるいは嚢(のう)胞状の拡張した血管腔で、大きさや部位は様々です。これに関する症候群として「青色ゴムまり様母斑症候群」などがあります。

  • リンパ管腫とは?
  • 血液のかわりにリンパ液を含んだ、血流のない血管奇形として扱われ、しばしば静脈奇形や動静脈奇形を合併します。従来「リンパ管腫」と称されていたものは正確には『リンパ管奇形』に分類されることになります。

  • 動静脈奇形とは?
  • 動脈が正常の毛細血管を介さずに異常な交通を生じた先天性の病変です。

 

治療前 治療後
救急外来における大量出血などでは、外科手術ができない状態になることがあります。そのため、出血を止めるため放射線医などによって、切らずに血管の中から出血を止める処置がなされます。
「がん」からの出血も同様です。エックス線透視や超音波像を見ながら、カテーテルを用いた血管内手術が行われます。

金属コイル塞栓術の治療テクニック
血管を詰めるためには、カテーテルを用いて「塞栓物質」という薬や「金属コイル」という細かい毛のついた形状記憶合金を血管内に充填します。
■解説 IVRと治療の実際
 IVR(アイ・ヴイ・アール)とはInterventional Radiology(インターベンショナル・ラジオロジー)の略称です。日本語訳として一般的に「放射線診断技術の治療的応用」という言葉が用いられますが、「血管内治療」、「血管内手術」、「低侵襲治療」、「画像支援治療」もほぼ同義語として使われています。
 X線透視や超音波像、CTを見ながら体内に細い管(カテーテルや針)を入れて病気を治す新しい治療法です。
 IVRは手術を必要としないため、身体にあたえる負担が少なく、病気の場所だけを正確に治療でき、入院期間も短縮できるなど優れた特徴を持っています。
 高齢者や状態の悪い進行がんを含めたがん治療に広く応用され、その他に緊急状態(大出血)からの救命や、血管などの閉塞あるいは動脈瘤に対する治療にも有効な治療方法です。
 IVRには以下のような種類があり、病気の種類や状態によって選択し、時には組み合わせて治療することもあります。
1.血管(Vascular)IVR
動脈塞栓術(TAE)
リザーバー留置術
静脈塞栓術
経皮的血管拡張術(PTA)
ステント留置術
ステントグラフト留置術
血栓溶解術
血管内異物除去術
TIPS
2.非血管(Non-vascular)
生検
胆管ドレナージ
膿瘍穿刺ドレナージ
経皮的腎瘻造設術
結石除去術
ステント留置術
胃瘻・腸瘻造設術
ラジオ波熱凝固術
経皮的椎体形成術
当院の特長
 画像診断・ IVRが非常に充実しています。画像診断機器の設置台数、読影件数ともに東北地方ではトップクラスの症例数です。
 また、今回発表したIVR治療件数も全国的に有数の件数です。
 スタッフは画像診断・IVR部門は7人の放射線科専門医と2名の医員、そして2名の日本IVR学会認定専門医が在籍しています.日本IVR学会認定専門医は福島県では当施設以外には在籍していません。

平成22年4月より福島県で初めて
日本IVR学会専門医修練施設として認定されました。

総合南東北病院では、日本IVR学会認定専門医・今井茂樹医師による「血管内治療外来」の診療を行っています。また、血管内治療についての相談をお受けするだけでなく、各種治療法に関するセカンドオピニオン外来も行っています。お気軽にご相談ください。

・今井茂樹ドクター外来担当日

水・金曜日 午前(受付は8時~11時30分)

・主な診療科目

・放射線科 ・総合血管内治療科


血管腫・血管奇形・肝臓、頭頸部等の各種悪性腫瘍に対する血管内治療、血管性病変に対する血管内治療 等
※今井先生は毎週月曜、東京クリニックでも外来診療を担当しております。

総合南東北病院

血管内治療研究所・総合血管内治療センター センター長

今井茂樹先生[Dr.Shigeki Imai]

●日本医学放射線学会専門医
●日本IVR学会専門医

○日本医学放射線学会 代議員
○日本 IVR学会 代議員
○血管腫・血管奇形 IVR研究会 代表世話人
○頭頸部放射線研究会 幹事

IVR平成21年度 治療実績

(平成21年4月から平成22年3月まで)

□血管系IVR

肝動脈塞栓術
102件

頭頸部塞栓術
10件

気管支動脈塞栓術
4件

出血に対するTAE
13件

内臓動脈瘤
3件

動静脈奇形・静脈奇形
16件

肝動脈動注療法
11件

頭頸部動注療法
88件

動注用リザーバー留置術
7件

その他動注療法
6件

BRTO
1件

PTPE
1件

シャントPTA
2件

血管内異物除去
3件

CVポート留置
4件

□非血管系IVR

肝ラジオ波焼灼療法
4件

食道ステント
1件

CTガイド下生検
27件

CTガイド下ドレナージ
5件

総計

 
308件

血管造影検査
14件

核医学検査等の画像診断機器

◎CT   5台(1台は心臓CT)

◎MRI  5台(1台は3T)

◎PET/PET-CT 5台

◎血管造影装置     3台

IVR治療による症例から

IVRによるがん治療法
IVRによるがん治療法には、以下の3つの方法があります。
1. 塞栓術
 がんを栄養する血管を詰めてがんを兵糧攻めにする
2. 動 注
 がんを栄養する血管から抗がん剤を注入する
3. ラジオ波焼灼
 針を刺してがんを焼く
1. 動脈塞栓術
肝臓がんが主な対象
B・C型肝炎や肝硬変と関連する症例やがんからの出血などに用いられます
2-1. 動注療法
カテーテルを用いて動脈内から病変部に直接薬剤を注入する治療法です
頭頸部がん・肝臓がん・子宮がんなどが主な対象

治療前 治療後

治療前 治療後

2-2. リザーバー動注療法
肝臓の動脈にカテーテルを留置して,皮膚の上から「リザーバー」に針を刺すだけで,肝臓に直接抗がん剤を投与することを可能とした動注療法.一度に投与する抗がん剤の量を減らし,何回にも分けて投与することが可能.肝機能障害などの副作用や患者への負担を軽減します

治療前 治療開始5カ月後

治療開始1年後 治療開始2年2カ月後

3. ラジオ波焼灼療法
3cm以内の肝臓がん,肺がん,腎臓がん,骨転移などに対して高齢者や心疾患など手術の高リスク群に対して行われます
肝臓がん・肺がん・腎臓がん・骨転移などが主な対象

左前胸部の動静脈奇形に対する血管内治療

治療前 治療後3カ月