救急医療の現場から/総合南東北病院『救急センター』

 田村市の旧都路村で、50代の男性が早朝意識をなくした。驚いた家族は119番通報し、男性は郡山市に救急搬送されることになった。高熱があり、血圧も220を超えている。駆けつけた救急隊員が搬送先の病院に受け入れを打診し、病院側はこれを了承した。
 搬送先は郡山市の総合南東北病院である。男性は日頃から頭痛と風邪のような症状に悩まされてはいたが、しばらくすれば良くなるだろうと、深刻には考えていなかった。それが、突然の事態である。
 救急車は雪が残る288号線から旧4号線に入り、1時間と少しで総合南東北病院の救急センターに到着した。待機していた医師や看護師たちが迅速に処置を開始、頭部MRI撮影など、矢継ぎ早に全身の検査が行われた。検査結果はウイルス性の髄膜炎。抗生物質の投与など、治療はすみやかに開始された。
 家族は、その段階で五分五分の生存率と伝えられたが、幸いなことに男性は山を越え、二日後には自分でも歩ける程度に回復し、入院治療を続けている。
入院病床を確保
 「救急センターの皆さんの素早い対応には、感謝しています。私はどうしたらいいか気が動転していましたが、皆さんの機敏な動きをとても心強く感じました」と、後日お話しを伺ったご家族は言う。
 ところが、病院からはあらかじめ入院病床が確保できるかどうか、もう少し待たないと分からない、と聞かされていた。もしも病院のベッドに空きが見つからなければ、容態が安定し次第、市内のほかの病院に移るということだ。
 結果的に空きベッドがひとつ見つかり、男性はそのまま入院治療を受けることになるが、救急医療の課題の一端がここに示されている。入院病床の不足である。

新たに拡充された「総合南東北病院 救急センター」

救急患者は断らない
 総合南東北病院は福島県郡山市を中心とする二次医療圏の中核的な救急医療機関だ。渡邉一夫理事長の「救急患者は断らない」という理念を実践し、これまでも地域の救急医療を担ってきた。しかし、毎年のように救急車の受け入れ台数は増え、平成20年には約4、200台を超えた。今後も救急患者搬入数の増加が見込まれるなか、2010年2月、救急センターが拡充されたばかりだった。しかし、病床は常に満床に近い状態が続いているという。入院用のベッドが不足すれば、相互に連携する市内の医療機関へと患者を移送せざるを得ない状況は続く。
 救急医療は、社会にとって不可欠なインフラである。しかし、日本各地で救急の危機的状況を伝える報道が続いている。郡山市を中心とする二次医療圏は、幸いなことに民間病院による輪番制が円滑に機能している地域だというが、それでも病床数の不足は深刻だ。
 受け入れ不能という最悪の事態を避けるためにも、地域が抱える救急医療の実情に目を向けておきたい。
救急医療の現在
 福島県は六つの医療圏に分けられている。救急医療体制は、基本的にそれらの医療圏ごとに整備されてきた。救急医療は一次(初期)、二次、三次の三つの段階に分けられるが、総合南東北病院の救急センターが担うのは二次救急である。
 診療所などでの救急措置にあたる初期の救急(一次)と高度な救命救急にあたる三次救急に比べ、二次救急は救急車搬入数の頻度の高い救急医療の主力でもある。
 対象とする地域は郡山市を中心とした県中医療圏で、郡山市内の7つの病院が交替で行う病院群輪番制の中に位置づけられている。救急車による搬送は輪番制の当番日以外にも行われ、救急センターは、24時間体制で各診療科の担当医師が当番にあたる。
 救急医療は、地域で暮らす安心と密接に結びついた、言わば社会的なインフラである。郡山市に関して言えば、市の支援も受けて病院群輪番制が二次救急を支えてきたという歴史がある。ところが、救急搬送を受け入れる際の空きベッドは、慢性的に不足しがちなのだという。
 「救急車の搬送先は、この医療圏では決まっています。おなかが痛いと言えば、内科の当番病院に搬送して処置するというルートが確立しているわけです。そこで問題になるのは病床(ベッド)数の問題です」
 総合南東北病院の場合、入院ベッドは常にほぼ満床という状況がある。病院内の外来から予定入院という形で毎日決まった数の入院があり、救急はそこにプラスされる数だ。
 「それは、まったく予定できないんですね。通常でも満床に近い状態で病院は動いていますから、必然的にベッドが足りないという状況が生まれてしまうことになるのです」
 空きベッドの不足は全国的な問題でもある。ベット数はそれぞれの医療圏で総枠が決められているから、病院が勝手に増やすことはできない。その中で救急搬送患者を受け入れるため、各医療機関は自ら知恵を絞り、対応するための努力を続けてきた。
 総合南東北病院では入院患者も多く、平成20年度には延べ入院患者数が16万人を超えている。救急搬送は4、304人で、そのうち入院したのは1、464人という統計資料がある。輪番の当番日は週で決まっていて、小児救急を含めると当番は毎日のようにまわってくる。当番日にベッドを空けておくにしても、いくつあればいいか、予測はできない。常に空きベッドを用意しておくのは、病院側の負担も大きく現実的ではない。平成21年10月には、430床から449床への増床が認可されたが、それでも満床状態は変わらないという。民間の医療機関である輪番制病院群間の連携によって、ベッド数の不足をしのいでいるのが現状なのだ。
病床不足とその背景
 ところが、思いがけない事実がある。こうしたベッド数の不足がある一方で、郡山市内では一日平均500床のベッドに空きがあるというのだ。こうした矛盾は何故起きるのだろうか。ブラックボックスのような不可解さの理由のひとつには、医療機関ごとの病床運営の考え方の違いがある。
 一般の病院では、各科の持ちベッド数は大体決まっている。たとえば脳外科の患者を入れたくても脳外科の病床に空きがなければ、他の科のベッドが仮に空いていたとしても満床ということになる。
 「それに対して、総合南東北病院では各科の縛りをゆるくして、救急に対応できる環境をつくってきました。だから、逆に言うと受け入れが進み、満床率が高くなっているのです」
 しかし、この問題はどちらが良いか、安易に論じるべきものではない、と沼澤センター長は言葉を続ける。外科の患者さんなら外科病棟の方が良い、という言い方もできるからだ。
 どちらが良い、悪い、ではなくて、問題は満床の輪番制病院がある一方で、500床の空きベッドがあるという現実をどう見るか、だろう。
 「いずれにせよ、病院単独の努力ではすまない問題があるのです。現実を見据えた議論と、救急医療を充実させるための行政の柔軟な関与が求められます」

一般財団法人 脳神経疾患研究所 附属 総合南東北病院 救急センター(東棟1階)

 総合南東北病院では平成13年から「救急センター」を設置し、処置室、応急ベッド室、緊急用心電図の設置など、救急外来の充実を図りました。脳卒中、頭部外傷、心臓血管疾患などの重症な患者さんには救急処置が必要です。収容時には最新機器を駆使して迅速で的確な診断を下し、場合によっては即座に手術などの治療を施します。このため、医師は勤務表に基づいて救急担当を決めて24時間態勢をとっています。平成21年にはさらに充実した救急医療を実現させるため、面積を約3倍に拡充、救急外来や救急搬入の増加に対応しています。

コンビニ受診ということ
 救急医療の崩壊を危惧する報道が増えるなかで、その原因として指摘されているのは、こうした空きベッドの不足だけではない。
 コンビニ受診という言葉を聞いたことはないだろうか。夜間や休日に救急外来を便利なコンビニのように受診する患者が増えて、救急医療の現場に疲弊をもたらしているというのだ。患者サイドの意識が変われば、救急の現場も少しは負担が軽くなるだろう。しかし、この問題も軽率に扱うことはできないようだ。沼澤センター長は次のように指摘する。
 「救急医療に対して皆さんに関心を持って頂き、よりよいあり方を考える契機にもなりますから、そうした視点から論じる意味はあるでしょう。
 しかし、一般の方の捉え方と医療サイドの捉え方には少しずれがあることも考慮する必要があります。医療サイドでは、何でこんなに軽いのに、と思う症例でも、一般の人は誰でも重症だと思っているから救急外来に来るわけです。
 患者さん本人の危機感は大きい。この痛みは普通と違う感じがする。異常だ。そのなかで本当に重症の人は入院です。そうでない方のなかに、一部コンビニ受診と呼ばれるような方がいないとは言えないかもしれませんが、それは言葉の定義にもよりますし、乱暴に決めつけることはできません。
 では、どんな症状のときに救急が必要か。救急車をタクシー代わりに使うのは論外ですし、自分で歩ける人は一次、ということは常識的な判断ですね。救急搬送の場合は、救急隊員の方にある程度の重症度の判断(トリアージ)をして搬送して頂くようにお願いしていますが、行政なりが積極的に広報をしないと、そうはならないでしょう。
 私は脳神経外科が専門ですが、頭の症状に対しては、患者さんが特に危機感を強く持つ傾向があります。外来をやっていると、頭痛なら8割くらいは肩凝りが原因で、数で言えば頭痛で死ぬというのは、そんなに多くないわけですが、その中には本当に亡くなってしまう人もいるんですね。それは医者が診ないとわからない。一般の方に重症度の自己判断を厳密に求めるのは、多少無理があるわけです」
 救急センターを訪れる人の中には重症の方もいれば、結果として軽傷の方もいる。そうした現実を受け止めた上でしか、医療は成り立たない。
理想の救急医療とは
 福島県内には、6カ所の『休日・夜間急病センター』が設置されている。各市町村では小児科などの休日当番医制度の充実に努め、初期救急を支えてきた。福祉や介護とともに、地域で暮らす安心を支える医療の役割は大きい。救急車の出動を伴うような救急システムは、そうした取り組みとも緊密に連動しながら多くの命を救ってきた。
 救急医療は広域的な活動である。救急の現場では、医療圏外からの救急搬送も行われる。
 「救急の患者さんは絶対に断らない。そんな理想の救急医療を構築する上で、患者さん本位の一番いい方法論が何か。その点をもっと皆さんに関心を持っていただき、議論が深まることを願っています」
 そう語る沼澤センター長の言葉が強く印象に残る。

【資料】
県中医療圏
人口:560,826人(国勢調査人口・平成 17 年 10 月 1 日) / 3市6町3村:郡山市, 須賀川市, 田村市, 鏡石町, 天栄村, 古殿町, 石川町, 玉川村, 平田村, 浅川町, 三春町, 小野町
郡山広域消防/市町別救急出場件数(平成21年)
区分 急病 交通事故 一般負傷 転院搬送 その他 合計
郡山市 7,568 1,480 1,280 970 800 12,098
田村町 1,169 133 204 154 110 1,770
三春町 438 61 98 92 46 735
小野町 286 36 47 85 28 482
管轄外 1 17 0 1 41 60
合計 9,462 1,727 1,629 1,302 1,025 15,145
須賀川地方広域消防/市町村別救急出場件数(平成18年)
区分 急病 交通事故 労災/運動/水難/火災/加害/自損/一般 その他 合計
須賀川市 1,378 275 331 293 2,277
鏡石町 250 56 63 24 393
天栄村 149 31 42 0 222
石川町 470 54 102 74 700
玉川村 126 19 32 48 225
平田村 143 25 28 47 243
浅川町 180 22 37 7 246
古殿町 185 26 44 32 287
管轄外 2 7 0 0 12
合計 2,886 515 679 525 4,605
※統計資料は県中医療圏に該当する郡山広域消防組合と須賀川地方広域消防組合の各ホームページ掲載資料を適宜編集
郡山広域消防の救急出場15,145のうち、搬送人員は13,817人