去る11月27日(日)、メディコンパスクラブ主催の医療講演会が中国上海市の花園飯店上海(オークラガーデンホテル)で開催されました。  
  これは、南東北病院グループと上海・浦南(プーナン)医院との間で締結された国際医療提携を受けて、メディコンパスクラブが上海事務所をオープンさせ、その記念セミナーとして開催したものです。  
  メディコンパスクラブは会員制の健康クラブ。南東北グループと提携し、会員の皆様に多様な健診医療サービスを提供しています。  
  さて、社会や経済活動のグローバル化が進むなかで、国は医療を新成長戦略のなかに位置づけています。その具体的な戦略のひとつにメディカルツーリズムがあげられています。  
  既にタイやインド、韓国などでは、欧米や中東の富裕層向けに外国人患者を国内の医療機関に呼び込もうとする動きが進められ、一定の経済効果を生んできました。ところが日本は、この分野での大きな立ち後れが指摘されてきました。  
  メディカルツーリズムの定義は曖昧です。現在のところ、健診を観光ツアーに組み入れるスタイルが一般的になりつつあるようですが、高度な日本の先進医療技術を世界に発信し、国際的な貢献を果たすためには、観光に比重を置いたあり方とは別の視点も求められています。  
  陽子線治療をはじめとする「ここでしかできない高度な医療」を国内で推進し、「海外の中核的な医療機関との連携の上に、有益な医療ネットワークを確立する」と視点です。それは、南東北グループの渡邉一夫総長が掲げてきた理念に共通するものであり、国際医療推進部長を務める瀬戸晥一先生がとりまとめた『インターナショナル・ホスピタル・シェア』という概念にも盛り込まれています。  
  国際的なスケールで活躍する福島孝徳先生や、中国で日本人医療に力を入れる上海・浦南医院の劉衛東(WeiDong Liu)院長、瀬戸晥一先生の講演をもとに、社会のグローバル化と医療に求められる視点を探ってみました。

 

【講演レポート】21世紀の脳神経治療

「神の手を持つ医師」、「ラストホープ(最後の希望)」とも呼ばれるアメリカ・デューク大学教授 福島孝徳医師。脳神経外科医として、救いを求める患者さんのために世界中の病院を駆け回り、休みなく困難な手術を続けています。メディコンパスクラブ上海医療講演会でのお話をもとに、国際的な視点から語られた『21世紀の脳神経治療』についてレポートします。
 
 
 

日本の医療を考える

人生で一番大切なのは健康です。どんなに権力のある首相でも、有名な野球の監督でも、脳卒中、一発で人生がダメになります。ですから、病気を予防する、ということが大事になります。いわゆる早期発見ですね。
日本のように国民あまねく高度の医療が行き渡る国はほかにありません。WHO(世界保健機構)によれば、高度医療機器の普及率、世界ナンバーワンです。実に素晴らしい。しかし、日本の国民医療費の対GDP比は先進国の中で世界一低い。日本の全医療費は34兆円です。アメリカの10分の1という医療費です。
国によって医療を取り巻く環境は違っています。中国のほうが医療費は高いと思います。中国はより優れた医療を受けるためには、それだけの支払いをしないといけない。日本の医療はどうでしょうか。
私は1年かけて医療改革についての考え方をまとめてみました。(『神の手の提言―日本医療に必要な改革』角川書店)政府の予算が限られているなら、民間の保険を活用することももっと積極的に考えるべきかもしれません。日本では医療崩壊ということが問題にされてきましたが、どんなに良い医療をしたいと思っても日本の勤務医の労働環境は厳しい。非常に残念です。ドクターや病院の努力はあまり評価の対象にはならないようです。誰もが水準の高い医療を受けられるのは何よりですが、患者さんの視点から自由診療、混合診療についての議論も求められています。
 

アメリカの医療

アメリカで内科にかかると初診料で150ドル、外科は300ドル。日本は2700円です。盲腸の手術、日本は38万円、香港、韓国より安いんですね。7日入院ですよ。盲腸はアメリカでは全部腹腔鏡でほとんど朝手術したら夕方帰るとか、せいぜい1日以内の入院です。私の脳外科の手術でも、アメリカは入院3日しか認められていませんから、それまでに帰さないといけない。そういう手術、真に患者さんを助ける真剣勝負をアメリカでやっております。
脳外科の手術室、非常に高額です。ひとつの手術室をつくるのに1億円かかります。さらに高度医療機器を揃えるのに1億円。合計2億円です。これを減価償却して採算を合わせるのにどうしたらいいでしょうか。そのほかに水道、光熱費、消耗品、看護師、技師の人件費。頭蓋骨に穴を開けるドリル、ダイヤモンドのバーがありますが、ひとつ3万円するんですね。それをだいたい5本使いますから、15~20万円かかります。しかし厚労省は一切払ってくれません。病院持ちです。病棟で使うガーゼや包帯、手術に必要な針、糸もそうです。ですから、病院にとっては一切プラスにはなりません。もちろん、私が手術しても特別な手術料があるわけではない。それでも頑張っているんですね。よく生きているなと思いますが、アメリカで何とかかせいでいるということなんですね。
48歳のとき、私はアメリカ行きを決意しました。教授職の招聘はアメリカとヨーロッパからしか来ないんですね。日本からは来ない。論文と医局主義の状況でした。
アメリカというのは実力主義で、いろいろな大学から引き抜きに来ました。20年間で100人の弟子を育てました。皆立派にチーフや教授をやっています。
 

三大成人病とドック

三井記念病院にいた1980年頃、日本人の死亡原因は脳卒中、がん、心臓病の順でした。私たちの努力もあって、その後、脳卒中で日本人は死ななくなっていきます。その代わりにがんが倍になりました。毎年1万人ずつ増えています。今では、がん、心臓病、脳卒中の順です。
現在、南東北グループの一番の主眼はがん治療に置いています。ですから、定位放射線治療やスウェーデンのガンマナイフを導入し、日本ではじめて民間の陽子線治療センターも建設しました。がんは早期発見が第一で、早期切除以外は放射線治療と化学療法しかないと言ってもいいんですね。今年夏開設予定の新百合ヶ丘総合病院にはアメリカの第4世代のサイバーナイフが導入される予定です。
新百合ヶ丘総合病院はベット数377床です。東京のヒルズとも言われている小田急の新百合ヶ丘の小高い丘の上にオープンします。がん診断治療センター、心臓循環器センター、脳血管脳腫瘍頭蓋底センターが置かれることになると思います。
さて、三大成人病を予防するために皆さんが守らなければならないのはまず高血圧、動脈硬化、肥満ですね。それから糖尿病。これはダメです。
適度な運動と規則正しい生活、十分な睡眠。塩分控えめ。私は何も特にはやっていないけど、患者さんにはそう言っています(笑)。
私の健康の秘訣は一生懸命働くことです。誤解されると困りますが、過労死というのはある意味ストレスではないか。私は毎日4~5時間しか寝ませんし、一週間に8日働きます(笑)。
煙草はダメですね。お酒は深酒すると脳の神経細胞が100万個なくなります。適度はいいんです。
健康を守るためには早期発見、早期治療が一番です。ですから、PETがんドック、循環器、消化器、婦人科、脳ドックなどを毎年少しずつ受けていくことが大事です。
東京クリニックはJR東京駅前で交通の便が良く、50人ほどの専門医をそろえ『診療の羅針盤』と称されますが、こうしたドック健診を提供しています。私はこれを全国の健診センター、クリニックのかなめにしたいと思っています。
 

頭の健康-早期発見と治療

脳には150億の神経細胞があります。大脳、脳幹、小脳、全部緻密なコンピュータになっています。
脳のがんと考えられるグリオーマ(神経膠腫)は治療が難しい病気です。グレード1から4までありますけど、グレード4の高度悪性腫瘍は1年しか生きられない。何をやってもです。何が大事かというと、早期発見です。小指の頭の先の大きさで見つけてくれれば全治できるんです。
脳の病気で多いのは頭部外傷、脳卒中、それから脳腫瘍です。脳腫瘍は日本で年間2万人の患者さんがいます。悪性と良性がありますが、脳ドックで検査すると、症状が出ないうちに見つかります。それから小児の奇形、癲癇、感染症、パーキンソン病などがあります。
診断機器は大変な進化を遂げています。CTは1970年に誕生しました。脳を輪切りにした画像化ができる。今は第4世代、超精密です。CTだけで血管撮影ができます。心臓の冠動脈も映ります。
脳の診断で、一番大事なのはMRIです。今3・0テスラですね。MRIといっても、5000万円の機器から3億円のものまであります。診療の保険点数が同じというのは不思議ですが。
くも膜下出血、脳腫瘍、助かるようになっています。脳腫瘍の7割は手術、3割は陽子線やガンマナイフ、サイバーナイフ、リニアックなどの放射線治療を用います。
脳梗塞は駄目なんですね。以前、政府要人の脳梗塞で私のところに相談があったんですが、一週間も経ってから来るんですよ。よくよく聞くとその前に前触れが2回もあったんですね。そのときにきちんと治療していれば、ということになる。薬剤とエンドバスキュラー(カテーテル等を用いた血管内治療)があります。
今、アメリカでは心臓の狭心症、心筋梗塞だと、手術は10分の1です。心臓カテーテル治療が主流です。広げる、削る。何でもやっちゃうんですね。同様に脳の血管内治療も非常に進歩しています。
良性の聴神経腫瘍も手術で治ります。三叉神経痛は手術一発、1時間です。
10セント手術、ダイムサージェリーと言いますが、入り口が小さいけれど奥が広いという逆さにしたすり鉢状の鍵穴手術を用います。私が確立した手術法です。三叉神経痛、顔面痙攣、数えきれないほど手術しています。この鍵穴手術で私は80年代に世界で有名になりました。ひとも企業も同じですが、他人と同じことをやっていてはダメ。何か新しいことを探さないといけない。
脳下垂体の手術は劉院長もご専門ですが、切らないですよ、今。経鼻的内視鏡手術、鼻の穴から蓄膿症の手術のような方法でとってしまう。入院は1日か2日です。先端巨大症、不妊症の患者さんのうち、10人に1人は脳下垂体の腫瘍です。1時間単位の手術で治る。赤ちゃんができるようになる。医療技術が進歩して、体に負担の少ない方法が採られるようになっています。
脳の動脈瘤は、100人のうち3人くらいは持っています。MRI、MRA検査で分かります。仮に破れて、くも膜下出血になると、20パーセントは病院に辿り着く前に亡くなります。病院に着いても20パーセントは合併症や、寝たきり、死亡するかですから、動脈瘤は破裂すると6割しか家に帰れない。破れる前ならリスクは1~2%で助かる。脳ドックで破れる前に動脈瘤を見つけましょう。
巨大動脈瘤も助かるようになっています。チタンのクリッピング術で破裂を防ぎ、脳幹の巨大動脈瘤も、バイパス手術で元に戻す方法があります。
 

最先端医療と国際的な視点

渡邉一夫総長とは、30年来の盟友です。南東北グループは民間の病院として、おそらく、日本で最も動きのとれる素晴らしい病院グループです。陽子線治療センター、21世紀のがん治療のメインになるでしょう。新しく開設される新百合ヶ丘総合病院では、私も全力を挙げます。
私は在米20年間、絶対に休まず、365日ぶっ通しで仕事をする毎日を続けております。どうしてか、とよく聞かれますが、全世界に困っている患者さんがいるからですね。だいたい1年に8~9カ月はアメリカで、日本に2カ月、ヨーロッパと中国で1カ月、手術で飛び回っています。福島県郡山市の総合南東北病院にも2カ月に1度は出かけています。ちなみに、風評で心配するほどの放射能被害はありません。中野の総合東京病院でも手術をしています。
アメリカもヨーロッパもまだまだですよ。レベルが7~9、10になると、なかなか手術できる人はいない。ですから全世界で教えて回っています。ドイツのトップ10人のうち6人までが私の弟子にあたります。そのくらい頑張っています。
これからの日本の医療、医学は、国際的な視野に立って考えていくことも求められることになるでしょう。社会や文化のグローバル化は進んでいます。浦南(プーナン)医院と南東北グループの医療提携が、中国と日本の医療の発展に寄与し、上海の皆さんの安心に繋がることにも尽力したいと考えております。