南東北グループは、病院創立以来30周年を迎えました。昨年の東日本大震災では地震、津波による被災、あるいは原発事故によって避難された皆様を医療と介護の両面から支え、1年以上が経過しました。思いもよらぬ激動の一年を経て、南東北グループは新たな飛躍のときを迎えようとしています。今年8月1日の新百合ヶ丘総合病院のオープン、そしてさらなる最先端医療の展開。福島の復興と医療の発展から次世代の幸福へ向けた展望まで、南東北グループを率いる渡邉一夫理事長に未来への決意をお話頂きました。

福島県を一番幸せに感じられる世界一住みやすい県にしていきましょう。

はじめに

今日は大雨のところ、たくさんの皆さんにご参加頂き、感謝申し上げます。福島を救おうという神の手、福島孝徳先生の発案で、3・11から1年を機に、『健康フォーラム』を開催することになりました。

本日は福島を元気にしましょうという健康フォーラムです。実は私の妻は飯舘村の出身で、家族皆避難しています。ちりじりです。私はその話は一切しなかったんですが、放射性物質に悩まされている地域もあります。放射線の影響についてどう考えたらいいか、大阪大学名誉教授の中村仁信先生にお出でいただきました。一緒に勉強してみたいと思います。


1981年12月1日に産声をあげた『南東北脳神経外科病院』スタッフ
渡邉一夫理事長と故・伊藤善太郎先生を囲んで

創立30周年を迎えて

最初に30周年を迎えた南東北グループの歴史をお話したいと思います。開設当時は脳神経外科の専門病院で、医師、看護師、職員、30人くらいで出発しました。今でもそのうちの11人ほどが在籍しています。

現在は約700床。南東北医療クリニックの屋上にはヘリポートがあり、急性期の患者さんが遠隔地から搬送されてきます。世界最大のPET(ペット)センターでは、1日30人~50人が受診しています。

南東北グループは、全国に医療や福祉施設を展開しています。総ベット数にすると3000床を超えるくらいです。

陽子線治療センターは、ひとつ200トンほどの回転ガントリーを何台も収容する頑丈な施設です。

東京都中野区には世界最大の福祉センター(東京総合保健福祉センター 江古田の森)があり、すぐ近くには総合東京病院があります。ここは経営が行き詰まった病院を私たちが引き受け、再建してきました。中野区内外の地域医療、救急受け入れにも貢献しています。

東京に隣接する川崎市麻生区では377床の総合病院がほぼ完成し、今年の8月1日にオープンします。福島先生にも最大限の力を貸していただくことになっています。ほかにも、著名な第一線のドクターが集結し、最先端の医療を提供していきます。

世界にも目を向けています。中国やブルネイ、ロシアなど、世界各国とも医療協定を結んで、留学生を引き受けたり、医療研究の協力も進めています。

放射能の危機を考える会

昨年の原発事故後、皆さんとともに『放射能の危機を考える会』をつくりました。200万人の署名運動です。まだ、60万人くらいですが、200万県民がひとつになれば、大きな力です。

18歳未満のお子さんの医療費を無料にしよう、という主張は一定の成果を挙げました。 すべての税金を無料に、という主張は、今のところすべてとはいきませんが、期限付きで限定的ながら、これも何とかなりそうですね。あとは特区としての税制面の優遇や柔軟な許認可制度なども実現していきたいところです。

医療の場合は最先端の医療、特にがん医療に注力しながら、ここでしか受けられないような医療を行い、世界に発信していこうということです。医薬品の開発など医療関連産業も特区として優遇する。そうすると、福島県にも企業や人がたくさんやって来るだろうということで、提案、提言し、200万人の署名を集めて国を動かそうと取り組んできました。

では、最先端のがん医療とは何か、具体的には、ホウ素中性子捕捉療法、通称BNCTです。これを5年以内に郡山市で実現しようという構想が進みつつあります。世界で唯一の施設となります。

ホウ素中性子捕捉療法

BNCTとはどういうものか、簡単に説明しますと、手術や従来の放射線治療では難しい症例でも、正常な細胞や組織を傷つけず、がん細胞、悪性腫瘍だけを標的にして殺す、という治療法です。

現在は臨床研究段階で、京都大学と東海村の研究センターの2カ所でしかやっていません。20〜30分の治療を一度だけ行えば済んでしまいます。非常に体に優しい治療法のひとつです。

原理はホウ素化合物を投与しておき、ホウ素が腫瘍細胞に集まったとき、熱中性子線を照射すると、腫瘍細胞の内部でホウ素と熱中性子の核反応が生じ、アルファ線が腫瘍細胞を殺すというものです。そのときに発生するアルファ線の飛距離は約10ミクロン(1000分の10ミリ)ですから、腫瘍細胞だけを細胞のレベルで選択的に殺すことができます。理想的な究極のがん治療と言えます。

適応症例としては脳腫瘍が一番で、頭頸部のがんや肝臓がん、肺がん、中皮腫、肉腫などです。

MRIでみると、大きな脳腫瘍なども中性子治療でなくなっているのが観察できます。耳たぶのところの悪性腫瘍などで普通のエックス線を用いた放射線治療では治すのが難しいような症例でも、BNCTだとすぐ治るんですね。

ロボット手術〝ダヴィンチ〟と新百合ヶ丘総合病院


□新百合ヶ丘総合病院
〒215-0026 神奈川県川崎市麻生区古沢都古255

最後にロボット手術についてお話します。人はどうしても手が震えたりしますが、ダヴィンチという手術支援ロボットシステムを使うと、手の震えもありません。金属の指を遠隔操作し、精密で微細な手術が可能です。出血はほとんどありません。ところが残念ながら婦人科領域と前立腺、泌尿器科領域、日本ではこの二つしか今のところまだ使われていません。普及もまだまだです。

世界では泌尿器科、婦人科だけでなく、心臓や肺の手術でも導入されており、20万例くらいの実績があります。首都圏の新百合ヶ丘総合病院は今年8月1日にオープンしますが、1台導入を予定しています。

新百合ヶ丘総合病院ではPET—CTや64列マルチスライスCT、3.0テスラMRIといった最新の高精度画像診断機器を導入し、予防医学にも力を入れていきます。総合南東北病院でつちかった早期診断と早期治療の実績をいかし、365日24時間体制の救急外来体制とともに、地域からも世界からも信頼される総合病院にしていきたいと思います。

福島県が元気になるために

皆さん、元気になりましょうね。

福島県を世界一幸せに感じる県にできるよう、皆さんと一緒に頑張っていこうと思います。福島県を一番住みにくい県から、一番住みやすい県にしていきましょう。

福島県には空港もあるし、小名浜港もあるし、交通の要衝です。観光資源も豊かです。会津若松市や猪苗代湖もあります。郡山市もあるし、福島市もあります。人間も素晴らしいですから、世界一にするのは簡単だと思うんですね。皆さん、一緒に頑張りましょう。

「神の手」、あるいは「ラストホープ(最後の希望)」とも称される世界的な脳神経外科医 福島孝徳博士。地震、津波、原発事故という三重の災害に見舞われた福島県は、日本での脳外科手術の拠点でもあります。震災から1年を前に、医師としての立場から放射線についての理解と、福島復興に必要とされる視点、そして今後の医療の発展へ向けた思いを語って頂きました。

福島県は最大の被害者です。私たちはこれを乗り越え、乗り越えた姿を世界に示しましょう。

東日本大震災と福島

渡邉一夫先生とは30年間、親しくしていますが、素晴らしい人物です。病院設立から20年ほどで郡山の総合南東北病院を日本のトップにしました。今では世界一になろうとしています。すごいプロジェクトに取り組んでいます。私も手を取り合って、福島県から、世界へ、最先端医療を広げたいと思います。

私は2日前にアメリカから飛んできました。福島県の皆さんと一緒に健康について勉強し、すこしでも元気になってもらいたい、という思いです。

去年の3月11日、私は大阪にいましたが、あんな大災害になるとは夢にも思いませんでした。マグニチュード9.0という日本の歴史始まって以来最大の巨大地震と30メートルの巨大津波です。さらに福島原発の事故、トリプルの大災害。しかし、私たちはこれに負けちゃいけない。

日本は戦後、復興しました。広島長崎の原爆もありましたが、日本人は負けずに成長してきた。私はアメリカで日本人の誇りを忘れず、絶対に世界に負けない、という気持ちでやっています。ですから、皆さん、漁業も農業も林業も観光も製造業も、福島県は風評被害もあって大変だと思いますが、負けずに頑張りましょう。

渡米、そして現在へ

47歳の頃、私は日本中を飛び回り、年間900件の手術を一生懸命やっていました。その頃はもう渡邉一夫先生とは10年来の盟友で、医者は患者さんの命を助けるのが第一、『すべては患者さんのために』という高い志で意気投合していました。ところが、日本一になっても、日本の学会はなかなか認めてくれないんですね。これはやはり世界で真剣勝負をしなければ、と新天地を求めてアメリカ行きを決意しました。

最初にロサンゼルスのUCLAの教授になりました。実力が認められると、アメリカでは必ずヘッドハントに来るんですね。日本では逆に足を引っ張られたりしますが。(笑)

実は、私はアメリカの医師免許を持たずに渡米したので、カリフォルニア州の仮免許で仕事をしていました。そこで、ペンシルベニア大学から誘われたときに、ペンシルベニア州の正式な医師免許とグリーンカード、つまり永住権をくれるなら行きます、と言ったら、2カ月で「とれたから来てくれ」、と言うんですね。すごい国です。

ペンシルベニアでも頑張りました。100人くらいの若手も育てました。たくさん教授が生まれています。1997年には、東海岸トップのデューク大学の主任教授から「福島先生を10年間見てきたが、あなたは世界一の脳外科医だから、ぜひデューク大学に来て私たちに教えてほしい」という依頼が来ました。感激しました。そんなことを言う人は日本の大学には一人もいません。ただちにデューク大学の医学部に移りまして、ウェストバージニア大学でも教えました。ウェストバージニアでは2年前に福島講堂というものをつくってくれました。デューク大学は12年勤めて、去年、頭蓋底手術1万5千例の世界記録で表彰され、今度、福島手術室というのをつくってくれるそうです。大変嬉しいことです。そのかたわら、日本にも戻ってきて、ここ数年、郡山市にはほぼ毎月来ています。

原発事故と放射線について

日本は割と放射線量の少ない国です。年間1.5ミリシーベルト。アメリカ、ヨーロッパは地面や大気からだいたい2.4ミリシーベルト浴びるんです。これはベーシックに浴びている量です。

皆さん心配だと思います。毎日空間線量の表示を見て、私大丈夫かな、と。仮に1マイクロシーベルトを1時間に浴びると、年間で約8ミリシーベルトです。これだけなら病院でCTを1回撮ると8ミリシーベルトですから、そんなに心配な量ではないとも言えます。

だけど、気を付けなければなりません。現在のところ、子どもさん、赤ちゃん、そう重篤な被害がないようですが、お母さんたちは心配だと思います。ですから、国や行政がこれからずっときめ細かに健康モニタリングをして、健康被害が起きないよう努力をすることが大事だと思います。福島県の方は10年から30年経って、何の影響もなかったよ、というデータを出してほしいと思います。そのためにやれることをできるだけ早く、科学的にかつ誠実に行うべきです。

健康であるために

30年前、渡邉一夫先生がここに病院を開いた頃は、脳卒中が日本人の1番の死亡原因で、それからがん、心臓でした。戦争直後は1番は結核だったんですよ。結核は少なくなっちゃいました。それが今ではがんです。そして心臓と脳血管。国民死亡の三大成人病です。がんは年間ほぼ1万人ずつ増えています。何とかしなければいけません。

健康であるためには、まずは動脈硬化、肥満、高血圧に注意が必要です。適度の運動、規則正しい生活、十分な睡眠、バランスのとれた食事、長生きのこつです。私、実は何にもやってないですよ。1日4時間しか寝ない。食事は夜中一食だけ。私は1週間に8日働くんです。明日は渡邉一夫先生と二人、郡山で脳腫瘍の方を助けます。日曜は福岡に日帰りで助けに行きます。土日も絶対休まない。患者さんがいますからね。だけど元旦だけは手術をさせてくれる病院がないので、明治神宮にお参りして、今年も合併症がないように、とお祈りしています。勤勉な日本人に生まれたんですね。

塩分の制限は大事です。適度のお酒はいいですが、飲み過ぎはダメ。煙草もダメ。膨大なアメリカのNIH(国立衛生研究所)の研究がありますが、受動喫煙もダメです。煙草は全がんの誘発因子。心臓病、脳卒中、肺、全部がダメですね。喉頭がん、32倍増加します。それからアルツハイマーの初期の病変、喫煙者に圧倒的に多い。がんができる原因は放射能だけじゃなくて、体質や食事、環境、煙草が大きな因子になることも忘れてはいけません。

早期発見の重要性

がん、心臓病、脳卒中で死なないための有効な手段はドックです。そして早期発見、早期治療です。がんドック、循環器ドック、消化器ドック、脳ドック、婦人科ドック、大事です。毎年少しずつやればいいんです。ところが、厚労省、保険出さないんですね。福島県民はただにしてもいいくらいだと思いますが。(笑)

私がアメリカに行く前に『40歳からの頭の健康診断』という本を書きました。脳がやられたら大変です。症状が出る頃には手遅れになっていることも多いのです。

赤ちゃんからお年寄りまで、全国民脳ドック。脳ドックなんか4~5万円ですよ。総合南東北病院には1万円のMRI脳検診があるそうですが、アメリカは50万円かかりますからね。

東京クリニックでは、日本トップの最先端、ハイテク人間ドック、脳ドックを提供し、優秀な医師が50人います。私もいます。渡邉一夫先生に無理なお願いをして、全国の患者さんが一番来やすい東京駅の駅前につくって頂きました。地代は無茶苦茶高くて、赤字です。ご苦労おかけしました。(笑)

脳の病気と脳ドック

脳腫瘍は50種類あり、7割は良性で助けられます。ところが例えば神経膠腫グリオーマ、大きくなってしまうとダメなんですね。脳ドックで小指の先ぐらいでみつけられれば全治できます。

年間で頭部外傷は全国で70万人、脳卒中50万人、脳腫瘍2万人から2万5000人。てんかん患者300万人。パーキンソン病200万人。頭の病気だけで、国民15人に1人です。今日は会場に1500人くらいいますから、100人くらいはいるでしょうか。(笑)

いろいろな悪性の脳腫瘍もあります。進行してしまうと助けようがないのですが、早く見つけかれば助けられます。

私は頭に1センチほどの穴を開けて手術する鍵穴手術で世界に認められました。

良性の聴神経鞘腫、巨大でも助かります。三叉神経痛、治ります。顔面痙攣、顔がゆがんでしまう病気ですが、これも助かります。これまで3400人くらい治してきました。

下垂体腫瘍。脳下垂体というのは、脳底部にある小指の頭くらいのものです。副腎皮質ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、成長ホルモン、乳汁分泌ホルモン、性腺刺激ホルモン、全部ここから分泌されます。ここに病気ができたら、切りません。1時間の手術で、鼻の穴からピンポイント手術で腫瘍をとります。

不妊症の10人に1人は脳下垂体の病気です。手術でたくさんの方に赤ちゃんが生まれています。私も嬉しいので、送られてくる写真をアルバムにしてとっています。

下垂体腺腫のクッシング病というのがあります。顔が太ってにきび顔になったり、黒くなったりするのですが、1時間の手術で治ります。皆、元に戻ります。

オーストラリアでこれを治したら、マジックと言われました。サムライ・サージェリーと名づけられて新聞一面で紹介されました。ところが、日本に戻ると原住民のアボリジニの方が私も白くしてくれないか、と、100通も手紙が届いてびっくりしたこともあります。

脳の動脈瘤は、脳ドックを100人やると、3人くらい見つかります。動脈瘤は破れるとくも膜下出血になり、だいたい2割は命がない。2割は後遺症が残り、帰宅できるのは6割と言われています。ところが、脳ドックで破れる前に見つかると、リスクは1~2パーセントです。バイパス手術もします。福島バイパスという名前がついています。ノルウェーの方で脳幹のまわりが全部動脈瘤、車椅子で気管切開で運ばれてきて、スウェーデンで手術しました。半年で治りました。飛び跳ねて万歳の写真を送ってくれました。嬉しいですね。

脳腫瘍で一番多いのは、脳を包む膜に生じる髄膜腫です。全脳腫瘍の3分の1を占めます。40~50歳台の女性に多いのですが、脳ドックで見つかることが多いですし、ちゃんと助かります。

医療の未来と福島県の復興へ向けて

総合南東北病院。南東北グループの中核であり、全国トップの最先端医療、最先端技術がここにあるわけです。全国でもいち早くガンマナイフを導入しました。ガンマ線で頭の病気を治します。放射線もうまく使うとがんを治すのに利用できるんですね。最新のリニアックでIMRTというものも導入しました。陽子線治療、プロトンは100億円です。日本に7か所あるんですけど、ほかは公的な施設です。民間ではここだけです。

脳神経外科の進んだオペ室にも、先進機器が1億円も入っています。私が使いやすく工夫したり開発したものもずいぶんあります。最先端医療を実現するためにはお金もかかります。もう少し国や県が補助してもいいと思いますが。(笑)

8月1日にオープンする新百合ヶ丘総合病院は、真に患者さんのためになる日本一の総合病院をつくろう、患者さんを治せる名医を集めて、若手を育成しようという渡邉先生の理想が実現します。私の夢でもあります。期待して下さい。私も全面的に協力します。

新百合ヶ丘総合病院には、第4世代の最先端サイバーナイフも導入されます。

がん治療のリニアック、ガンマナイフ、サイバーナイフ、プロトン、これらを全部持っているのは世界中で南東北グループしかありません。がんが消えてしまうんです。 私は年間3回くらいはヨーロッパをまわっていますけれど、ヨーロッパでも10か国で客員教授をしています。イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、イタリア、トップクラスの教授の多くが私の弟子です。フランクフルト大学、マルセイユ大学の名誉教授もしています。特許もいろいろとっていますが、あまりお金にはなりません。(笑)

最後になりますが、これから除染の研究もやらなければダメです。放射線は年々低減していきますが、今の原発を絶対に沈静化させ、全県民の長期健康モニタリングプログラムを徹底しなければなりません。もちろん無料の検査です。

原発が廃炉になるまで30~40年かかるんですよ。原発廃炉の研究所と放射線医学研究所を福島県につくりましょう。ソーラー、風力発電、水力、再生可能エネルギーの研究所も設立し、原発は段階的に廃止の方向に持って行きましょう。医療福祉、製薬企業、医療機器、税制優遇で企業や工場の誘致を進めましょう。特別復興プロジェクトです。

福島県は最大の被害者です。原発事故からの復興は困難をともないますが、私たちはもっと勉強して、これを乗り越え、乗り越えた姿を世界に見せましょう。世界が注目しています。福島県を日本一の県にしましょう。

講演終了後には数十分にわたり、たくさんの方のサインの求めに応じ、治療についての相談にも丁寧に時間をかけて応答して頂きました。

福島県内の多くの地域では、放射性物質による空間線量は小さな値になりつつありますが、局所的ホットスポットを見逃さず、継続的環境調査と住民への徹底した健康モニタリングを怠るべきではありません。さらに、ごくわずかな線量が健康にどのような影響を及ぼす可能性があるかを明らかにする研究も求められます。ICRP(国際放射線防護委員会)委員としての経験を持つ中村仁信博士に、がん発生のメカニズムと放射線の人体への影響について、膨大な疫学調査資料をもとに分かりやすくお話して頂きました。

4年間ICRPの委員を務めた放射線科医として、放射線被ばくの影響について、ICRPの考え方などをまとめてみました。 これからの勉強の参考になれば、と思います。

東日本大震災と福島

人間の体は70パーセントが水です。放射線が水に当たると、活性酸素ができます。電子がはじき飛ばされて、遺伝子にあたることもありますが、それはわずかです。

活性酸素はDNAを攻撃し、遺伝子にも傷を与えます。また、細胞膜や血管壁も障害します。ですから、がんや動脈硬化、老化の原因とも言われています。

活性酸素は放射線以外にも、運動、飲み過ぎ、食べ過ぎ、いろんな状況で過剰に生じます。ストレス、炎症、煙草、アスベスト、環境汚染物質、さらにこれらが重なると、放射線が微量でもよけいにがんのリスクが高まります。そういう意味では余分な放射線を浴びる必要はありません。

放射線を一度に浴びるのと何回かに分けて浴びるのでは影響が違います。比較的低い線量の場合、修復能力が働き影響は少なくなるという動物実験があります。慢性の被ばくというのはこちらで、これを線量率効果、DDREFと言うのですが、これは係数で、ICRPは2としています。2というのは慢性だと影響は半分になる、という意味です。しかし、実際に実験すると、半分から10分の1の値であり、ICRPでは安全の側に立ち、半分にしておこう、10分の1にまではしない、というかたちで安全を担保しているわけです。

これについてNHKの番組がICRPは勝手に放射線の影響を半分に低く見積もったと誤解される番組を放送し、問題になっています。番組制作側が意図的に情報を歪めたのか、理解不足なのかは分かりません。

ICRPの考え方

放射線はわずかでも危険か、ということですが、実はICRP(国際放射線防護委員会)自身が、1958年以来、わずかでも危険だ、と言ってきました。その根拠にはショウジョウバエに放射線をあてる実験があります。影響は放射線量と正比例、分割してあてても同じという結果です。発見者のマラーはノーベル賞を受賞し、ICRPはこれを勧告に採用しました。ここからは有害だという境目、つまりしきい値はない、ということになったのです。ところが、実はこのショウジョウバエの雄の精子は、DNAの損傷を修復する機能がない特殊なものであることが後に分かりました。

では、今のICRPはどう考えているかというと、少しの放射線でも危険であるとは言っていません。100ミリシーベルト以下では、いくら調査してもがんが多くなるという結果は出なかったのです。慢性の被ばくではその影響は線量率効果でさらに低くなります。ですから、今後かなりの数を調査しても影響は分からない、ほかの発がんリスクと比べて、影響が認められないほど小さいだろうと言っています。1985年、ICRPは公衆被ばくの限度を1ミリにしました。これは防護のための線量で、クルマの制限速度みたいなものであり、これを超えると障害があるという意味ではないことも説明しておきたいと思います。

内部被ばくについて

これまでは外部被ばくの話ですが、内部被ばくにも当然注意しなければなりません。しかし、内部被ばくを私たちは皆7000ベクレルほど持っています。主に放射性カリウムです。

1月の報道で、福島では3食でセシウム約4ベクレル摂取という調査結果がありましたが(朝日新聞と京都大学の共同調査並びに生協団体による陰膳調査)、その影響は0.023ミリシーベルトです。年間1ミリシーベルトという国の新基準を遙かに下回り、健康に影響が出るレベルではないと言えるでしょう。

現在、内部被ばくで問題になっているのはセシウムです。137と134がありますが、半減期は30年と2年です。それらは生物学的半減期と言って、100日以内には体から出て行きます。その間、体内の修復も受けます。

食品の新基準値は厳しい数値で、4月から適用されます。キロあたり100ベクレル、これを年間50キロ食べたらどうなるか。全体で5000ベクレル。1日で割ると13ベクレル。それによる影響は0.078ミリシーベルト。そのくらいなら、何の影響もありません。

さらに、内部被ばくの計算というのは、50年分の計算をして何ミリシーベルト、と算出しますから、実際はこれよりもっと少ないんです。そういうことも、ご理解いただきたいと思います。

放射線被ばくとがんの関係

チェルノブイリでは小児甲状腺がんを6845人が発症し、15人が死亡しました。ヨウ素の放出量は福島の10倍以上で、爆発の報道が1週間後、そして流通、摂取制限は一切なされず、放射性ヨウ素入りの牛乳が出回り、皆飲みました。さらに慢性のヨウ素不足という状況があり、たくさんのヨウ素が甲状腺に入った。こうした状況は福島ではまったく違いますので、甲状腺がんは増えないと考えられます。もちろん、十分な追跡調査は必要です。

では、何故小児だけで増えたのかというと、子どもは、特に0歳から5歳児でヨウ素の取り込みが多いことと、チェルノブイリでは、少なくとも1000ミリシーベルト、一説には10シーベルトという非常な高線量だったため、より小児のリスクが高まったということも考えられます。

放射線による発がんで明らかにしきい値があるお話もしておきたいと思います。

放射線治療を考えて下さい。一般的な放射線治療は、がんにだけ放射線があたるわけではありません。周辺にもあたります。それで周辺にがんが増えるなら、放射線治療は成り立ちません。これは長期的にちゃんと調べられていて、周辺が数シーベルト被ばくしてもがんは出ていません。

ところで、白血病は明らかに放射線だけによるがんで、しきい値があるのですが、肺がん、胃がん、大腸がんなどは、広島長崎の調査でも、原爆の影響かどうか、なかなか見えにくい部分があります。いろんなリスクがあり、それを足して複合的に増えてきたということですから、分かりにくい。だから低線量の慢性被ばくの影響は不明だ、こういうことになるわけです。

では、どの程度増えているのか、原爆の100ミリシーベルトで0.5%がん死が増えています。もともと国民の30%ががんになりますから、それに0.5%増える。数字の近いリスクを調べて比較してみると、煙草のリスクのほうが上という説明が成り立つわけです。

疫学データや、もうちょっと詳しい説明もあるのですが、今日はこのくらいで、これからの勉強の参考にして下さい。


▽活性酸素は、通常1日あたり10億個ほど生じる。放射線を浴びると、その量に応じて、活性酸素が増える。
▽DNA(遺伝子)は活性酸素によって1日細胞あたり数万〜数十万個損傷を起こす。仮に1日あたり100ミリシーベルトの放射線を浴びると約200個のDNAが損傷する。
▽DNA、遺伝子損傷はほとんど修復されるが、ときおり修復できないものが突然変異し、がんの原因となる。
▽突然変異は放射線100ミリシーベルトで1個できるかどうか。それが蓄積されるとがん細胞になることもあるが、人体の防衛機能が働き、突然変異した細胞に自爆指令を出す。しかし100%完全に防衛機能が働くわけではなく、突然変異した細胞が十数個たまるとがん細胞ができる。
▽放射能の影響に関わらず一般にがん細胞は1日数千個生じると言われるが、がん細胞は体内の免疫細胞(NK細胞)によって殺傷される。こうした免疫機能をすり抜けて増殖した細胞によって発がんは引き起こされる。

「健康フォーラムin福島2012」レポート


衆議院議員 山口和之先生

「健康フォーラムin福島2012」では、昨年3月の原発事故による放射性物質の拡散が健康にどのような影響を及ぼすかという問題意識を掘り下げるための一助として、特別講師 中村仁信先生がICRPを中心とした考え方の概要について分かりやすく解説しました。

福島県に住む者として、「慢性低線量被曝」が健康に与える影響に関しては、科学的な視点、情報の透明性とともに、国や行政などの誠実かつ真摯な対応を求めたいところです。

フォーラムでは、長く介護の専門家として活動されてきた衆議院議員の山口和之先生からも「2030年のフクシマから今を考える」と題したお話があり、参加された皆さんとともに福島県の将来像について考えました。

最後に、「福島県が世界で最も住みたいと思える県になるよう、一緒に頑張っていきましょう」と渡邉一夫理事長からの呼びかけがあり、フォーラムは盛会のうちに終了しました。

* 講演内容につきましては、紙面の都合上、講師の皆様のお話をもとに編集部にて再構成いたしております。