ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の治療装置を設置する「(仮称)南東北BNCT研究センター」の起工式が3月2日、郡山市の総合南東北病院敷地内の建設予定地で行われました。
  起工式には渡邉一夫一般財団法人脳神経疾患研究所理事長、寺西寧総合南東北病院院長をはじめとする病院関係者のほか、京都大学教授でBNCT研究の第一人者である小野公二教授ら約70名が出席し、渡邉理事長らが鍬入れをして工事の安全を祈願しました。
 起工式に先立ち、総合南東北病院北棟NABEホールでは同センターの概略について記者発表会が開かれ、渡邉理事長とともに南東北グループ総長首席補佐監を務める瀬戸晥一先生が会見に臨み、BNCTの治療原理、今後の建設と実用化へ向けた計画についての説明が行われました。
(本紙2、3面参照)
 一般財団法人脳神経疾患研究所では、昨年6月に福島県から採択を受けた「BNCTによるがん治療機器の開発・実証計画」の開発、導入を進めてきました。これまでの放射線治療とは別次元の治療と位置づけられるBNCT。手術や既存の治療法では難しい悪性脳腫瘍、再発がん、進行がんにも有効とされています。原則1回の照射で終了し、通常の手術、放射線治療、抗がん剤治療が1~2ヶ月間の入院・外来治療を要するのに対し、BNCTの実質治療期間は1日となります。
 正常細胞を傷つけず、がん細胞だけを破壊するその治療原理は、がん治療に革命的なブレイクスルーをもたらすものと期待されています。
 BNCT治療の導入は国内初、病院でBNCT 治療を行うのは世界で初めてで、すでに成果をあげている陽子線治療とともに、全世界のがん治療患者の朗報となるものです。

BNCT、つまりホウ素中性子捕捉療法とは、ホウ素薬剤を取り込んだがん細胞だけを選択的に破壊し、正常細胞を傷つけず、腫瘍だけを殺滅することができる新たな治療法です。 これまで、京都大学などによって基礎研究、臨床研究が進められてきましたが、治療の難しかった脳腫瘍や転移がん克服への革命的なブレイクスルーをもたらす治療法として、一日も早い実用化が求められてきました。 (仮称)南東北BNCT研究センターの建設は、そうした地道な研究が大きく花開き、実用化への一歩を踏み出すことを意味しています。

〝世界初〟であり〝日本発〟のがん治療として福島県郡山市から世界へ発信されるBNCT。瀬戸晥一南東北グループ総長首席補佐監による記者説明会での概要説明をもとに、その全貌をご紹介します。

ホウ素中性子捕捉療法ーBNCTについて

ホウ素中性子捕捉療法の原理は、1932年にChadwick(チャドウィック)によって中性子が発見された4年後にアメリカの物理学者Locherによって提唱されました。

臨床研究は、当初アメリカが先導するかたちで行われていましたが、1975年の段階で、日本はすでに悪性脳腫瘍に対する臨床例でアメリカの治療成績を上回る結果を得ていました。

また、京都大学では湯川秀樹博士が設立を準備した京都大学原子炉実験所(注)で、1974年から研究が進められ、その臨床研究はすでに400症例以上となり、世界でもトップの実績を誇っています。

ホウ素中性子捕捉療法、つまりBNCTの原理は、中性子とそれに反応するホウ素を利用して、正常細胞をあまり傷つけず、腫瘍細胞のみを選択的に破壊する治療法です。

その原理は、正常細胞のなかに点在するがん細胞だけに特異的に集積するホウ素薬剤を体内に注入し、透過性が高い中性子を照射します。

ホウ素原子核は中性子を効率よく捕捉するため、その反応を利用するとがん細胞だけに特異的に核反応を起こし、α粒子と原子核に分裂させることができます。これらの粒子の飛程距離は約9ミクロンで、細胞の直径を越えない範囲ですから、腫瘍細胞単位で殺滅することができる、ということになります。このため核分裂反応が生じた細胞だけが破壊され、がん細胞が消えていくわけです。

ですから、BNCT治療はがん細胞と正常細胞が混在する悪性度の高い脳腫瘍や頭頚部腫瘍をはじめとするがんに特に効果が期待でき、生活の質(QOL)を保つ上でも優れた特長を持っています。

BNCT治療の発展


BNCT照射前後の比較

BNCT治療が発展する過程にはいくつかのステップがあります。最初は、脳腫瘍に対するBNCT治療は開頭して照射しなければならなかったのですが、できるだけ低侵襲の治療を行うため、京都大学では良質な熱外中性子を利用することで、開頭せずに治療することが可能になりました。

また、ホウ素薬剤の研究開発の結果、2種類のホウ素薬剤を使用することで、腫瘍のみに大量のホウ素を取り込ませることも可能になっています。

2001年からは、熱外中性子の応用が進められてきました。一例を挙げれば、大阪大学口腔外科の加藤逸郎助教が京大原子炉実験所で行った唾液腺がんへのBNCT治療があります。

これは、ほかに治療法のない唾液腺の再発がんに対してBNCT治療が行われたもので、患者さんはその後7年間、まったく腫瘍の再発なく経過、7年後に誤嚥性肺炎で亡くなられたときにも唾液腺に腫瘍はなかったことが確認されています。


小型中性子源加速器の開発


雪の中を南東北BNCT研究センター建設予定地へ向かう
京都大学粒子線腫瘍学センター長の小野公二教授と瀬戸
晥一総長首席補佐監

BNCT治療が臨床応用へと一歩踏み出す上で、小型中性子源としての加速器の開発は欠かせないものでした。

BNCTは当初、原子炉を用いて研究が進められましたが、原子炉を用いた治療は医療現場には馴染みません。そこで、京大原子炉実験所での研究成果をもとに2005年から京都大学と住友重機との共同研究による加速器の開発が進められ、世界ではじめて加速器による中性子の生成に成功、2008年には原子炉実験所の隣に中性子源として加速器が設置され、照射研究が行われています。

加速器による治療システムのメカニズムは、サイクロトロンで水素を加速して陽子ビームを発生させ、ターゲットで中性子を発生させます。そして中性子をモデレータによって熱外中性子に変化させます。それを患者さんの体に照射すると、体の中で熱中性子に変化し、ホウ素薬剤を取り込んだがん細胞内で発生するα線が、がん細胞のDNAを断ち切り、がん細胞だけを特異的に殺滅するということになるわけです。正常な細胞は傷つけません。

BNCTの治療装置は陽子線治療装置よりも小型で単純な構造です。病院への設置は、世界でも総合南東北病院がはじめてとなります。

中性子源としての小型加速器には、原子炉では難しかった「確実で安全な装置の制止」「維持管理が容易」「メンテナンス期間が短い」という特徴があります。BNCTの臨床応用には欠かせない開発課題でした。


(仮称)南東北BNCT研究センターの概要

郡山市の総合南東北病院に建設される(仮称)南東北BNCT研究センターには、京都大学と同型のベリリウムターゲット方式のサイクロトロンが設置されます。

ベリリウム(Be)とは、中性子ビームを発生させるための加速陽子のターゲット(標的)となる物質で、この方式は京都大学での実績があり、安全性も確認されています。

照射室の設計においても、患者さんは前室で準備し、ポジショニングをして照射室に搬入するなど、より安全性を考慮しています。

また、治療準備、照射が効率的に行われるように工夫し、1日あたり6人の照射を目標にしています。

センターの建設計画については、2013、14年度に研究棟の建設、BNCT装置の設置、および安全性試験を実施し、ハード面での整備調整を実施します。2014年度には装置の性能向上試験、すなわち中性子の密度を濃くして照射時間を短くする実験をあわせて行います。周辺機器開発、関連技術の開発は京都大学と筑波大学が分担、次世代製薬ならびに免疫学的サポートについては東京理科大学が担当、その成果を順次導入していく予定です。

このほかにも大阪大学、大阪医科大学、川崎医科大学など、多くのBNCT研究に取り組む研究機関との間でオールジャパンの連携を進めていくことになります


世界最先端のがん治療拠点

今後、BNCT治療が実用化されるためには、ホウ素薬剤と中性子源がそれぞれ医薬品、医療用具として承認され、薬事法上の承認を得る必要があります。すでに京都大学では治験第Ⅰ相(フェーズ ・ワン)を開始しています。

本年3月2日にセンターの鍬入れ式が行われましたが、BNCTの第一人者である京都大学粒子線腫瘍学センター長の小野公二教授にも御列席頂きました。

2015年にセンターの建物が完成したのち、私たちは脳腫瘍、、頭頚部腫瘍の治験を京都大学と一体となって進め、2016年の終わりをめどに薬事を申請、2017年度には先進医療の届け出をして実用化を図る考えです。さらに、次のターゲットは胸部悪性腫瘍で特に中皮腫は適応疾患になると信じています。

南東北グループの院是は「すべては患者さんのために」です。病院としてBNCTの世界初の実用化をなしとげ、既設の陽子線治療センターなどとともに、最先端のがん治療拠点として、日本はもとより世界中からがんに苦しむ患者さんや研究者が集う場所を目指し、病院一丸となって前進していきます。



一般財団法人 脳神経疾患研究所 附属 総合南東北病院の2011年一年間に実施した治療実績が、読売新聞社「病院の実力 2013 総合編」に掲載されました。

同書には、渡邉一夫 一般財団法人脳神経疾患研究所理事長へのインタビュー記事が掲載されました。テーマは「脳ドックと脳疾患治療」。脳血管障害、脳腫瘍、認知症と、その早期発見に重要な役割を果たす「脳ドック」の重要性を解説しています。

また、朝日新聞出版による週間朝日MOOK「手術数でわかる いい病院 全国&都道府県別ランキング2013」でも2011年の手術件数が紹介されています。

左に一例として脳腫瘍に関する統計をご紹介いたします。